第48話 光は、闇へ

勇者。ふふ、勇者ですって。


ワタシは魔王様にお仕えする身。


勇者は、魔王様の敵。


魔王様にお仕えするワタシにとっても、敵。


だけどね、おかしいの。


この勇者、嫌じゃない。


好ましい。


「ねえ……勇者サマ」


「やめろ。思ってもいないくせに」


ええ、そうね。思ってないわ。勇者だとは、思えない。


言うなら……ああ、こればかりは嫌だけど。この勇者には、魔王様と同じ。魔王の名こそが相応しい。


勇者が善で、魔王が悪なら。


魔王様は勇者ね?


「……ふふ、なら魔王。ええ……。魔王がいいわ……」


「…………」


不機嫌な顔で何も返さない。


これは良いと取っていいかしら?


「ねぇ魔王……。あのお人形、中身は……無くしていいのよね……?」


ワタシにとってあの中身は邪魔なの。


動きに不具合が出るの。抵抗力が、強いから。


「中身?中身も何も、もう死んでるんだ。もう無いんだよ」


「……そうね。……そう、よねぇ…………ふふふ、いいわ……カンペキなお人形さんを、作りましょうね……」





「アラ……?魔王、髪……そんな色だった……?」


「髪?……色が、変わって、る……?」


ブラウンゴールドの髪は黒が混ざる色に変化してる。


ほら見て、瞳だって。魔王様と同じような、赤が。


「本当に、魔王……」


嫌な顔。でも本当のことだもの。


「……いいさ、大したことじゃない。それにもう勇者など必要ないだろう」


そうかしら。魔王様はまた戦いたいようだったけど。ああ魔王様。もう少しだけ、待っていてくださいね……。


すぐ、貴方様のために新しい力を手に入れて戻りますから。


「ええ。アナタの目的にも、ワタシの目的にも……関係ないこと」


ワタシは作品を取り戻したいだけ。


アナタはワタシの作品を動かしたいだけ。


勇者であるかなど、全く関係ない。


「ああ。目的が達成できればお前も殺せる。それまでの辛抱だ」


そうね、そうなるわね。目的は同じでも敵同士だもの。


「お人形さんを動かせるのは……ワタシだけよ」


「ふん。術式を乗っ取ればいいだけだろう。あれはお前なんかの物じゃない。生きている時もお前の魔紋で苦しんでいたのに、死んでまでお前に苦しめられるのは許せない」


この勇者、ワタシのお人形の魔紋、ワタシがつけたものだと知らなかったの。


お仲間さんは気がついていたんでしょうね。そういうのが得意な人、いたもの。でも教えてもらってなかった。いえ、言わなかったんでしょうね。


ホント、羨ましいくらいの魔力量のお仲間さんがたくさんいて。でもお人形さんを取り戻せれば、お人形さんの魔力をワタシが使うこともできる。兵器として使わなくても、魔力タンクとして使うのもアリね?魔王城で見た時に、魔力を感じなかったのが気になるけれど。


「できる……かしら?」


「やってやるよ。“俺のレノ”だ。誰にも渡さない」







◼️◼️









「ですからぁ。今動いても何もわからないんですし、無駄ですって。わかってます?」


「わからないから、何かわかるように動く、と言っているんですわ。あなたこそ理解してますの?」


部屋の中で言い合う2人の男女がいた。明るい茶髪の男、クラム。燃えるような赤髪の女、リルア。


「……何もしないよりマシ、なのです?……あっ。ごめんなさい……」


その部屋にはその2人以外にも人はいた。水色の髪、小柄な少女。フィアだ。この言い合いに辟易しているのか、うんざりした顔をしていた。


だがフィアはその言葉を言ったあとで、やってしまった、というような表情をして両手で口を塞ぐ。


「いいですわ。だって、その通りですもの」


「……あー。『何もしないより、マシだと思わない?』でしたよね。何かするか迷った時によくレノが言ってた言葉。いや、そうなんですけど。その通りなんですけど」


「ならいいじゃありませんの。ていうかあなたはやらなければいい話ではなくて?」


フィアだけは、少し悲しそうな顔になったが、2人が沈むことなく言い合いを続けたため、すぐに元のうんざりした顔に戻った。


「そうもいかないですよねぇ?巻き込まれるのは目に見えてますし。考え無しに動かないで、ってよく言われてたじゃないですか。レノに」


「もうそのレノはいないですわ。レノには頼れないんですの。これから先。ずっと。わかってます?だからわたくしは自分できちんと考えて、行動するんです。これも考えた上でのことですわ」


「うわぁ……リルアが考えることなんて絶対ないと思ってましたよ……。考えるんですね。成長しましたねぇ。リルア」


「わたくし、売られた喧嘩は買う主義なんですの。そういうあなたは考えませんわよねぇ。これからのこと。怖いんですの?行動するのが」


ヒートアップする2人は今にも掴み合いの喧嘩が始まりそうな雰囲気だった。フィアは慣れているのか、止めることもなくゆっくりと部屋を出ていく。


「考えた上で、しない方がいいという判断をしているのですが?さっきから言っているじゃないですか。ついさっき言ったことも忘れるような頭なんですかぁ?ああ、中身は筋肉でしたね。すみません」


「あら。そんなこと言っていいんですの?わたくしより筋肉が無いと言っているのと同じでしてよ」


「男より筋肉があるって自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」


言い合いは止まる様子がない。


先に動いたのは、リルアだった。


「這い蹲りなさい。【魅了】!」


「リルアにならギリ効きますよねぇ【捕らえ縛るグレイプニル】」


「させません」


2人の魔法が形として現れる前に、掻き消される。部屋の入り口に現れたのは、長く白い髪の女。セラだ。


「あうっ」


「うがっ」


魔法の発動を失敗させられたことで、反動が2人に返る。2人して同じように顔を歪め、セラの方向を向いた。


「私の城の中で喧嘩はするな、って何度言えばわかるのかしら?今さっき結界を張り直したの。魔法の発動を抑制するものよ。大地と一体化させたから、2人でやっても壊れないわ。少し不便だけど仕方ないわよね?」


はぁ、とため息を吐きながらセラは2人を見る。


「いやっえっと」


「わたくしはただっ……」


「言い訳はいらないわ。言い合いの分にはまだいいの。うるさいだけだもの。上に行けば聞こえないし。でもね?魔法使って喧嘩されると、この家が壊れるの。まだヴァルとかレノみたいな破壊系の魔法じゃないから被害は少ないけど、壊れるの。わかる?直すの、私なの。前にも説明したけど、建物自体に結界を埋め込んでるの。それも直すの。大変なの。わかる?何度も言ってるんだけど、わかってもらえる?まだ、言わないといけないのかしら?文句があるなら前の家に戻ればいいわ。まぁ、もう廃墟になってるでしょうけど。それがいいのかもしれないわね。レノ、言ってたもの。慣れないことはするものじゃないね、って。どういうことかわかる?世界が終わった後、あの家にレノが結界を張ってたのよ。レノの魔法が消えた時点で結界も切れてるでしょうけど。ええ、リルアもレノが言ってたように、『何もしないよりマシ』、そんなにそう思うなら戻ればいいわ。レノの思いが無駄になるものね?」


セラの途切れることのない言葉に2人は何も返せず、黙り込んでしまった。


再戦後、そのままセラのへと戻り、そのまま森へと移動した。仲間として、家族のようなものとして今まで行動していたのだから、それは別におかしいことではない。


目的もなく、ただ1日1日をダラダラと過ごしていて、もし他の者が見ればこれが魔王と戦う勇者たちだとは思えなかっただろう。


「終わらせたです?終わりです?セラ、今のレノの話、本当です?」


静かになった部屋の中にフィアが戻ってきた。


「ええ。本人から聞いたもの」


「そうなのですか。なのですね?じゃあ、リルア、私あの家見に行きたいなのです。付き合ってくれますですね?」


断られるとは微塵も思っていない、満面の笑みをフィアはリルアへと向けた。


「も、もちろんですわ。フィアの頼みですもの」


普段の行動もあってか、滅多に自分へ向けられることのないフィアからの笑みでリルアはくらっとしつつ、返事をする。


そこへ、また新たにやってきた人物がいた。


落ち着いた赤の髪の少女、シュティルだ。彼女も、この勇者の仲間たちとこの家へそのままやってきた。時々勝手に遠くへ出掛けてはリルアとセラに怒られるということを繰り返しているのだが、懲りずに何度も出掛けている。どこへ行ったのかは、誰にも話さない。


「失礼。私も行きたいです。連れてってください」


「シュティ。わたくしは歓迎……いえ、もちろんいいのですけど」


1人では決められない、とフィアへ視線を向ければ、肯定するようにフィアは頷いている。


「いいわ、離れれば落ち着くだろうし、シュティルがリルアへ着いていてくれるなら反省もしてくれるわよね?クラム?あなたはお説教ね。何度言っても聞かないんだもの」


「引き受けました。勝手に。姉にはきちんと反省させます。具体的に、これからここへ帰ってくるまで私とフィアさんへの接触禁止という罰で」


2人のそれを聞いて、クラムは説教されるのは嫌だけれどセラと2人でいられるということは嬉しい、という2つが混ざった微妙な表情に、リルアは絶望的な表情になった。









◼️◼️






体へと巻きつく黒い蔓。振り払っても振り払っても、キリがなく巻き付いてくる。


逃げて、捕らわれて、逃げて、捕らわれて。


気がつけばその空間は蔓で黒く染まっていた。


逃げ場がない。


「……僕は、死んだんじゃ?」


ならばなぜ、こんな所にいるのか。


胸元の傷はそのまま、グズグズとした気持ち悪さと痛みを伝えてきている。だがそれはこの場で動きを阻害するものではない。


痛いことには痛いし、苦しいことには苦しい。


だけど動ける。動けてしまう。


「嫌だな……あれに捕まるのはなんだか癪だ。……でもこれ以上逃げることは……」


不気味な黒い蔓は、じわじわと確実に迫り、その精神を捕らえようとしていた。

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