第47話 夢に、囚われて

捻れて、絡まって。


溜まって、汚れて。


想いは募り、曲がっていく。




歪んでる。


どうしようもなく。


生き方、在り方。全てが、歪んでいる。歪んでしまっている。


「利害は、一致。……要は、動けば。それでいいの」


「本当に動くのならな」


お互いが思うように。


悪夢に堕ちた者と、悪魔のような者が行動を開始する。





◼️◼️






そこは、何とも言い表せない場所だった。


広いと思えば広く、狭いと思えば狭い。綺麗だと思えば綺麗で、汚いと思えば汚い。白いと思えば白く、黒いと思えば黒い。


そんな場所。


「普通だ。全て普通」


もちろん、そう思えばそうなる。本人が思うものが、事実として現れる。


しっかりと認識できるものは少なく、ほとんどがもやもやとしている。


そんな中で1つ、数少なくきちんと認識できるものがあった。その場所のなかでも、1番異様な雰囲気を放っている。


「ああ、厄介だ。……あっ、間違えた」


その言葉で、ソレは異様さを増した。


黒い、荊の蔓が何かを包むように絡み合っている。繭のような形をとり、とても複雑に絡んでいて、中のものはよく見えない。隙間からわずかに見えるのは……肌?


「……これでまだ保っているのなら僕は彼に対する認識を本当に変えた方が良さそうだ」


蔓が中身を隠すように蠢く。


「さて……お目覚めの時間だ、銀のお姫様。……いやほんと、姫って言っても違和感ないよね、彼」





◼️◼️





夢の中のような、ふわふわして、曖昧で、はっきりとした区別がつかない場所。


ここが何なのか僕にもよくわかっていない。何度か来たことはあるけれど、できるだけ来たくない場所だ。


目の前の、黒い荊を掴む。中のものを出すために。ここでは魔法は使えない。自分の思考が大切になってくる。


荊へと手を突っ込めば傷つくのは当然のことで、僕の認識でもそれは当たり前のこと。だからすぐに手は血だらけになってしまった。


痛む手に顔をしかめながらも、僕は手を止めない。蔓は動いて邪魔してくるが、僕が蔓を退かす方が早い。


すぐに中身が見えてきた。


蔓が巻きつく体の1部。白い腕が見えた。シャツの色じゃない、肌の色。現実の、向こうの世界で肌を覆っていた魔紋は、ここでは無い。だけどその白は少なく、棘がびっしりと生えた荊が巻きついているから血で染まる面積の方が多い。


「……生きてる?よね。取り込まれてなくてよかった」


蔓を退かす速さを上げ、手だけでなく腕まで突っ込んで切り傷を作りながら、中身を取り出す。


銀の髪が現れる。髪に蔓が絡まってるな。取るのが大変そうだ。


「おい。起きろ、レノルアム」


傷だらけの顔に巻きつく荊を退かし、揺さぶりながら彼の上半身を持ち上げる。揺さぶった時に傷が増えたけど、それはわざとじゃない。仕方ないことだ。


「レノルアム!」


起きない。……まあ、そうだよね。1度は体の機能が停止している上に、本人は自分が死んだと思っている。いや死んでるんだけど。


先に出した方が良さそうだ。起きて、自分でもやってくれればもっと早いと思ったんだけどな。そう上手くはいかないか。


少し乱暴になるけど仕方ないよね。だって、急がないとまた荊の中だし。


「……ぃ……た……」


気がついたのか?表情が歪んでる。


「レノルアム?」


「………………る……な……?」


薄く開けられた目から青い瞳が覗く。棘が全身に巻きつき突き刺さる痛みで歪めているが、どこかぼんやりとした表情だ。


「ああ、気がついた。そうだよ、ルーナフェルトだ。久しぶりだね。……いや君にとってはそうでもないのかな?」


声をかければレノルアムの表情はだんだんとしっかりしていく。痛みよりも驚きが勝つのか、目が見開かれる。


「なん……いたっ」


荊に巻きつかれたまま、手を動かそうとしてすぐに顔を歪めた。そりゃ痛いよ。ここが現実でなくても、ダメージを負ってるのは自分自身。生身の体じゃなく、その中身。意識だとか、精神だとか。そういう人の根本的なものに傷を負う。じゃあここが精神の世界なのか、って聞かれると違う気がするけど。


現実でも痛いか。


「とりあえずこの中から出ようか。このままだと本当に消えることになる」


「……あ、ああ……」


彼が起きたら楽になるとか思ってたけどそんなことなかった。きっちり荊に巻きつかれてて、ほとんど動けない。下手に動けば鋭い棘が深く突き刺さってくる。


「ぅぐ……」


「無理しないでくれるかな?ただでさえこんな邪魔があって、君が保っているのは不思議なのに、最後の最後で壊れたら僕が傷を負う意味がなくなるでしょ」


レノルアムに強く当たってしまうのはもう癖なんだろうな。それで慣れてしまったから。意識しないようにはしていたけれど、どこか少し、似ているような部分があることも。原因なのかもしれない。


力づくで無理矢理引っ張って、荊の塊の中からレノルアムを引きずり出す。


塊からは出せたけど、蔓が手足に絡まりながら引っ付いてきている。


「髪やば。こんな状況なのに笑っちゃう……」


髪に絡まった荊が……荊に絡まった髪かな?いやほんとどうでもいいんだけど、髪に絡みついてるせいで、レノルアムの髪がボサボサで変な……ああ駄目だ、笑ってしまう。


「…………」


そんな僕を見て、彼は手足に巻き付いた蔓をある程度取ると、すぐに絡まった髪を解き始めた。


「怒んないでよ……ぶふっ……」


それを手伝いながら、蔓を伸ばす荊を追い払う。


指先に刺さって痛いなこれ。


「刃物が欲しい」


「物騒だな……」


仕方ないよね、誰だって同じように思うはずだし。それにここでは、認識するものが事実になる。だから僕は今刃物を持っている。そう思えば、ほら。


「……そんな気はしたけど」


現れた短剣で、蔓を切っていく。蔓は細いから、ざくざくと簡単に切れる。レノルアムの髪も一緒に切れたけど仕方ない。解けないんだから。


絡む蔓が取れても、荊は塊から蔓を伸ばしてくる。まるで、離さないと、渡さないというように、レノルアムに向かって蔓を伸ばす。


短剣でそれを追い払いながら、レノルアムを引きずって塊から少し離れる。


「……状況の、説明を」


「えっと。君は生きてる。いつになっても起きないから起こしに来たの。僕が。わざわざ。で、あれは君に刻まれてる魔紋の元みたいなやつ。だからほら、今は体に魔紋がないでしょ。でもあれは術者を倒さないと消せないな。だからとりあえず起きてくれない?起きればたぶん大丈夫だから」


意味がわからない、という顔をされた。僕でも同じ反応すると思う。


「生き、て……る?僕は……死んで…………!ルトは!大丈夫なのか!?」


自分より勇者の心配か。さすがだな。互いを想う気持ちは誰よりも強い。


だからこそ、勇者は堕ちた。


「……いいや。大変だよ、彼、居なくなっちゃった。どこへ消えたんだろうね?」


「居なくなった……?」


「うん。早く君が目覚めてあげないともっと大変なことになる。だから────」


起きてよ、と。そう続けようとしていた。


だけどその言葉は、レノルアムの胸から生える荊が目についたことによって止まってしまう。


「ぁ……、かふっ」


何本かの蔓が寄り集まり、レノルアムの背中から胸へと貫通している。レノルアムは顔を歪め、血の塊を吐いた。


「……は?こんなことしてもアイツは……ああ、そうか……クソっ、レノルアム、起きろ!取り込まれるぞ!」


「は……っふ……。ああ……無理、だな。だって、こんな……。僕は、もう死んでるんだろう……」


生きている。それもまた、言えなかった。





「がはっ……」


咳とともに、血が吐き出される。酷く体が痛む。


海からきらきらと反射する日の光が目に入ってきて眩しい。


ベッドの横へ体を預けた状態から体を起こし、ベッドで眠るレノルアムの様子を見る。


「……やっぱり、そうか」


自分の傷は、勝手に治る。今は彼が先だ。


あの世界で傷つけば、現実のこの世界では倍以上に傷つく。なぜかは僕でもわからない。できるだけ行きたくない所だから、調べることもできない。


勇者に刺された傷が、僕が治した傷が。


大きく開いていた。


シーツがどんどん赤く染まっていく。ただでさえ悪かった顔色が、もっと白く、血色が消えていく。


「……なんで、起きられない?なにが、いけない?」


呟きながら、レノルアムの傷を塞いでいく。魔法の効きが弱いな。普通の傷じゃない、ってことか。


今すぐ完治はできない。僕でも、できない。


「大変な時に……」


そして僕は、1つの気配を感じていた。

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