Summer time

たままる

Summer time

「まだ若いから」なんて言うバカげた(と僕は思う)周りの反対を押し切って、僕たちが結婚したのは去年のクリスマスだった。


 ってことはこの夏は僕たちが夫婦になって初めて迎える夏と言うことになる。

 だからってわけでもないんだろうけど、今年の夏はとても暑く、暑いのが嫌いな僕にはたまったもんじゃない。だけど彼女は


「夏は暑いから夏なんじゃない」


 とか言って僕がエアコンをつけようとするのを阻止してくる。


 でも、僕は知ってる。彼女もエアコンの方が涼しくて良いって思ってる。

 単に彼女は扇風機の前でぼーっとしている、あの感覚が好きなだけなんだ。

 僕は彼女のそう言うところが好きだから、何も言わないけれど。


 で、午前中暑いからってうだうだしてると


「ね、午後からプール行こ」


 なんて急に言ってくる。随分急だなぁなんて言っても


「だって急に行きたくなったんだもの」


 すっかり慣れっこになった僕は午後には出かけられるようにする。

 海パンなんてどこにしまったっけなぁ……。


「あ、いい。私が出しておくから」


 あれ、知ってたっけ?あれは僕の荷物に入ってたから、自分で片づけたと思うんだけど。


「ふふーん。新しいの買っておいたの」


 あれ、何時の間に。あ、でも僕の分があるって事は……。自分のも?

「え……あ、うん……」


 別にそんな顔しなくても僕は怒んないよって言ったら


「ホント?」


 嬉しそうな顔で見上げてくるもんだから、


「ちゅ」


 なんてね。



 お昼ご飯を食べ終わったら、二人で片づけだ。これは結婚したときからの決まり事。

 ご飯を作るのは彼女。片づけは二人で。偶に僕がさぼるときもあるけどね……。

 二人で片づけを終わったらお出かけ。僕はいつものTシャツにジーパン。これが一番楽でいい。


 彼女は薄い黄色のワンピースに麦わら帽子。

 僕が小学生みたいだって言ったらむくれてた。

 ホントは似合ってるんだけど恥ずかしくてそんなこと言えそうになかっただけなんだよね。


 ごめんごめんって謝ると、いつもキスをねだるから、そうしてあげる。

 それが僕らの仲直りの方法。


 さて、荷物は僕が持つ事になってる。右手に彼女で左手に荷物だ。

 彼女は両手で僕の腕に抱きつくのが癖だから、このほうが良い。


 近くのバス停まで二人でお散歩気分。こういう時間が僕は好きだ。

 え?車?一応あるけど、「お出かけ」の時はバスか電車にしている。


「だってそっちのほうがお出かけしたって気分になるから」って言うのが彼女の意見。

 エコロジーを考えてるって言うのが僕の意見。


 二人分の回数券を料金箱に放り込んでバスに乗り込む。


 で、揺られてしばらくするとプールに着いた。

 いてもたってもいられない調子でバスを降りてプールに向かう。

 いわゆる市民プールってやつだけど、最近建て直したとかで随分広く綺麗になった。


 入り口でお金を払うと更衣室を出るまではお別れ。勿論荷物は渡しておいた。


 ささっと着替えて更衣室を出る……けど僕は男で彼女は女だ。着替えにかかる時間が違いすぎる。

 だから待ってるんだけど、太陽が差し込むところで彼女を待っていたらこのまま来ないような気さえしてくる。


 しばらくたって彼女が出てきた。ビニール製のイルカと一緒に。

 外に出てから膨らませば良いのにって言っても、ポンプ持って出るのが嫌なんて言い返してくる。

 ……本当は早く膨らんだところが見たかっただけだと思う。


 かんかん照りで焼けたプールサイドを歩く。ちょっと恥ずかしいけど、同時に嬉しい。

 だって、彼女ときたらお揃いの柄(生地そのものかな?)の水着を用意してるんだもの。

 なんだか、いかにもって感じで、嬉しい。けど、恥ずかしい。


 僕は泳ぎが得意じゃないから、適当にプールに浮いたり沈んだり。

 大丈夫、そのうち彼女が僕を見つけたら、絶対連れて行かれるに決まってるから。


「あ、いたいた。ね、ウォータースライダーに行こ」


 ほらね。


 色々はしゃいでそれなりに疲れた僕たちは早めにプールを後にした。

 何せ冷蔵庫にはもうほとんど物がない。

 だから、もう一回バスに乗って近くのスーパーまで買い出しに出る。


 今日の晩ご飯はカレー。僕が作れる唯一のメニューだ。


 僕も気が向いたときには彼女にかわって料理をする。ま、滅多にないけどね。

 一人暮らししてたころはもっとメニューも多かったんだけど、彼女が作ってくれるようになってからは料理もしなくなってめっきり腕が落ちた。


 タマネギとジャガイモは買い置きがあるから、人参と肉を買えばいい。

 安い人参と肉を選んでかごに入れる。と、彼女がどこからか花火セットと、小さな打ち上げ花火を持ってきた。線香花火じゃないところがらしいと言えばらしい。


「買ってもいい?」


 僕は無言でうなずく。夫としての最低限の威厳という奴だ。

 もっとも、そう思っているのは僕の方だけで、彼女からすれば背伸びしているように見えてるんじゃないかと思う。


 家に帰ってご飯を食べる。今日の晩ご飯はさっきも言ったけど僕が作ったカレーだ。

 僕も彼女も一口頬張る。うん、今日のは美味しくできた。


 でも、彼女は動きが止まって……顔が赤くなって……。

「辛いぃぃ」泣きそうな顔で水を飲み干している。

 ……うん、そうかなって思ってたよ。ごめん……。


 晩御飯の後片付けもやっぱり二人ですることになっている。これも偶に僕がサボる。

 でも今日はちゃんと手伝っているから、まぁ、勘弁してよ。


 片付けている間中、彼女はずっと上機嫌だった。この後の花火が楽しみなんだと思う。

 ……実は僕もちょっと楽しみなんだけど。


 庭に出て(実はウチは庭付き一戸建てなのだ。平屋だけど)花火をセットする。


「ねー、花火つかないよ。おかしいのかなぁ」


 一応ちゃんと火はつけたはずなんだけど、上手くつかなかったようで上がってくれない。


 だからって顔近づけたら危ないってば。彼女を無理矢理退かせてもう一度花火に火をつける。

 今度は上手く火がついたらしく、筒の先から小さな火の玉がポンと上がって、空で弾けた。


「綺麗だね」


 そうぽつりと呟いた彼女はとても儚げで、とても綺麗に見えた。

 だから……その……ちょっと抱きしめたりなんかもして。


 それから、ずっとこの幸せが続きますようにとそっと星空に願った。

 そんな、夏の日。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Summer time たままる @Tamamaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ