自分勝手な王子と流されてしまう魔女

ありま氷炎


「君は!」


 感情が高ぶるまま、とっさに放ってしまった風の魔法で、意地悪をした子が転んだ。それを見咎めた王子は、私を睨みつけた

 それが、彼との最後の思い出。

 私は彼に怒られたことに傷つき、そのまま城を抜け出し、森まで帰ってきた。


 無礼な態度だったと思う。だけど、私の一家は魔女の一族。だから、お咎めはなくて、ただ、もう二度と彼に会うことはなかった。


 当たり前だけど、それがちょっと寂しかったりして、まあ、過ぎたこと。

 終わったことでくよくよするなんて、おかしいわよ。

 だいたい、私は王子とはまったく別世界の存在、魔女の一人。

 王子に恋するなんて、最初から間違いだったんだ。

 ああ、もう白状するけど。あの時、私は本当に彼のことが好きだった。だから、誘われて嬉しく、馬鹿みたいに城まで行ってしまった。

 お母さんも止めたのに。本当馬鹿だったわ。


 あれから二年が経って、私は十六歳になった。

 魔女の決まりで、十六歳になったら、一人で世界をまわらないといけないの。なんでも社会経験を積むとか。よくわかんないけど。各場所で魔女からその場所を訪れた証拠として、リボンをもらうようになっているの。だから嘘はつけないんだけど。

 あ、もう一つ条件があって、小動物を連れて行かないといけないの。どうも昔からそういうしきたりとか。小動物は普通猫で、私も黒猫のエルを連れて行くつもりだったんけど、出発一週間になって、お母さんがなぜか大きなネズミを連れてきた。全然役に立ちそうもないネズミを押し付けられて、私は出発することになった。

 このネズミ、本当にムカつくやつで、従者のくせに注文が多い。餌とか散歩とか、話すわけじゃないけど、ぐいぐい服を口でひっぱるの!その度に服が伸びそうになるから頭にくるわ。

 そうしてこのネズミと旅を続けて一ヶ月後、三番目の魔女のところを訪れた時、変なことを言われた。


「あなたのお母様も相当悪趣味ね。よくこんなことして」

 

 ネズミを見ながら、シャンタンの森の魔女は苦笑していた。どういう意味かと聞くと、なぜかネズミが服をひっぱって、それを見てシャンタンの魔女も黙ってしまったわ。

 いったいなんなの?

 その後も他の魔女からおかしなことを言われたけど、その度にこのネズミが邪魔をした。

 だから、私あったまにきたの。

 だいたい、このネズミ、態度でかすぎるわ。

 私の従者という自覚がないのよ!


 「お母さんに言われて、ここまで連れてきたけど、もう限界よ。次の魔女のところで、あなたを置いていくから。お母さんも、我慢できなくなったらいいって言ってたし!」

 

 私がそう言うとひどく慌てた様子だったけど知らないわ。

 私は六番目の魔女のところにネズミを置いていくことにした。ネズミは緑色の瞳で懇願するように私を見ていたけど知らないわ。

 あの緑色の瞳に見覚えがあって一瞬迷ったけど、私は追いすがるネズミを無理やり置いてきた。


 森を抜けて、次の目的の地図を見ていると、あの緑色の瞳が頭にちらついた。

 どこかで見たことある。

 あれは、そうだ。あれは王子の瞳と一緒だわ。

 馬鹿ね。

 一緒って、ネズミと王子が。


 ーーイヤイヤかわいそうに。あんたも馬鹿だねぇ。

 ーーこの子のお母さんを相当怒らせたのねぇ?

 ーーこれまた、醜い姿に変えられて

 ーー王は怒らないんだね。


 魔女たちの言葉がいくつも頭に木霊する。

 そして私は一つの結論に達したわ。


 あのネズミは王子よ。

 きっと、一方的に私を責めた王子に対して、罰としてお母さんが魔法を使ったのね。だって、家にもどった私から事情を聞いてお母さんは本当に怒っていたから。

 

 でも、なんで、そのネズミを私に預けたの?この旅はそう簡単に終わるわけじゃないのに。


 ーーひひひ。ありがとうよ。大切にさせてもらうよ。若い子はいいねぇ


 答えは出ていない。でもネズミ、いえ王子を預けた魔女の最後の言葉が気にかかる。

 若い子、若い子って何をする気なの?あのクソ婆あ!


 私はちょっとだけ不埒な想像をしてしまい、居ても立ってもいられなかった。一方的に私を責めた王子のことはまだ許せない。だけど、ひどい目にあって欲しいと思っているわけじゃないから。


「ひひひ!いい肌だねぇ」

「なに、やってるんですか!」


 森にとって返し家に近づくと、そんな言葉が漏れてきて、私は扉を蹴破る勢いで開けてしまう。

 そこにいたのは、やはり上半身裸の王子で、私は彼の白い肌にうっとりながらも、魔女を睨みつけたわ。


「変態!若い王子になんてこと!魔女の風上にもおけないわ!」

「メラリー!なんってこと言うんだ!あんたは」

「メラリー!これは違うから!」


 上半身裸にされている王子にまでそう言われ、私は振りかざした拳を下した。

 服を着た王子と魔女に事情を説明してもらい、なぜ彼は裸であったか理由がわかった。

 王子は体について傷を癒してもらっていたらしい。

 傷?私は何もしてないわよ。

 どうやら城での剣の稽古中に、お腹に負った古傷を治してもらっていたらしい。ネズミの時はお腹を見せることなんかなかったし、気が付かなかった。


 ネズミから王子になった、いえ、戻った彼は私にその綺麗な緑色の瞳を向けた。


「あの時は本当にごめん。僕は事情は知らなかったからって一方的に責めて」

「いいわ。そんなこと。わかってくれればいいの」


 嬉しかったくせに私はこんな言い方しかできなかった。

 二年ぶりの王子は、背がグンと伸びていて、顔つきも精悍になっていた。見惚れそうになる自分を叱咤する。


「お母さんがごめんなさい。しかも旅にまで付き合わせて」

「ううん。むしろお母様に感謝だな。メラニーと一緒に旅ができて楽しかった。邪険にされるたびに、面白いなと、もっとって、邪魔したくなったよ」


 えっと、何かよくわかんない言葉が聞こえた気がしたけど。


 結局、王子とわかったので、私の旅にこれ以上付き合わさせることもできなかった。だから私は王子を連れて一旦に帰った。

 プリプリと怒る私に対してもお母さんは反省した様子もなかった。王子もなぜかへらへら嬉しそうだったし。だけど、腐っても王子。いや、腐ってませんけど。私は彼を城にすぐに帰すことにしたわ。もちろん、城の近くまで送りましたとも。城なんて行きたくなかったけど。


「メラリー」

 

 門番が訝しがる中、とっとといなくなりたいのに、王子は私を呼び止める。

 しかたなく、立ち止まると、な、なんと、王子が私にキスをしてきた。


「な、なんてこと!」

「君を城で正式に雇いたい。そのための契約だよ」

「は?え?」


 息ができなくなるくらい驚いている中、王子は笑いながら城に戻って行った。

 さっきまで厳しい顔をしていた門番の二人に、なぜか同情に満ちた視線を向けられ、私は逃げるように家に戻る。

 お母さんに話すと、キスで契約なんて洒落てるわと変なことを言われ、その上、契約は一年だから、あっさり。

 これはすでに話していたことみたいで、私だけが完全にのけものだった。

 だいたい、ネズミにしたのはお仕置きだったんじゃないの?

 そう聞くと、「違うわ。王子の希望だったのよ」と返され、もうぐうの言葉もなかった。


 優しい顔して自分勝手の王子なんて知らないと言いたかったけど、キスの契約はかなり効果的で、私は拒否できなかった。

 そうしてお城で働くようになって、一人部屋まで用意してもらった。それがなぜか王子の隣の部屋だった。しかも扉が続いているってやつで。

 好きだったのは確かだけど、急展開すぎて、私の心は落ち着かないままだ。 

 

 だけど、王子は本当に私の動揺に構わず、今夜も隣の部屋から侵入してくる。

 メイドさんには意地悪な人はいないけど、今夜もがんばってとかいうのはやめてほしい。


(完)

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