第5話 鼓舞課の主任
大切な部下を失い、怪人スポーツジムでは『まゆゆ』似のモンシロ中納言にときめいて、だが挨拶すらできず悶々とした日々を過ごし、有形無形のストレスにさらされ、さすがの俺もメンタルを少々ヤラレタようだ。
「赤まむし大元帥様、お顔の色が悪いようですが」
上級戦闘員Bが心配して声をかける。
「ん? そうか? 疲れが溜まってな。ちょっと鼓舞課に行ってくる」
「それがよろしいかと」
悪の組織、ゴッドダークには色んな施設や変わった課があるが『鼓舞課』も特殊な課の一つであった。
文字通り精神を、魂を『鼓舞』する課のことである。
部屋に入ると先客が一人いた。下級戦闘員で、ものすごく落ち込んでいる。盗み聞きするつもりはないのだが、鼓舞トレーナーとの会話は嫌でも耳に入ってくる。
「で、女性の比率の高い部署に回されて」
「はい」
「体臭が臭い、とイジメを受けている、と」
「そうなんです。もう気になって気になって」
「で、風呂は入ってるんですよね?」
「それが面倒臭くて、入ったり入らなかったりです。でも僕、そんなに臭くないと思います」
「いやいやいや、自分では体臭、気付かないもんですよ。あなたにも原因があります」
「もう退職したいくらいです」
「逃げちゃダメです。自分を中から変えていきましょう」
トレーナーは映画『ロッキー』でアポロのトレーナーを務めた役者によく似た改造人間であった。
「それじゃ行きますよ。私に続きなさい」
「はい」
「俺は臭くない」
「俺は臭くない」
「俺は洗う」
「俺は洗う」
「毎日洗う」
「毎日洗う」
トレーナーはおでこをだんだんと下級戦闘員に近付けていった。
「洗うから綺麗」
「洗うから綺麗」
「絶対洗う」
「絶対洗う」
「俺ならやれる」
「俺ならやれる」
トレーナーの掛け声が徐々にスピードアップする。二人はおでこをくっつけて、トレーナーは下級戦闘員の頭を両手で鷲掴みだ。
「俺は磨く」
「俺は磨く」
「俺はこする」
「俺はこする」
「絶対綺麗」
「絶対綺麗」
「いつでも綺麗」
「いつでも綺麗」
熱気がこっちにまで伝わってくる。さすが鼓舞課のトレーナーだ。青ざめた顔で相談していた下級戦闘員は、見違えるように自信満々な顔つきとなり、私とすれ違いざま、目をキラキラと輝かせて親指を立てていた。
「これはこれは赤まむし大元帥様、今日はいかなるご用件で」
「いや、すまない。私も鼓舞をお願いしたくてね。それで君の腕を信用していないわけではないのだが、私は幹部で時間がない。治療を一発で確実に終わらせたい。主任の指導でお願いしたいのだが、ここの主任ははて、誰だったか」
「私でございますよ」
背中から声がした。振り返るとそこには全身肌色、衣類をつけてはおらず、小太りな改造人間、しかし裸といっても平坦な箇所はどこにもなく、コブがいたるところに隆起して体の動きに合わせて柔く揺れている。コブの全身吊るし売り、と形容してもいいかもしれない。
「ここ鼓舞課の主任、コブとり爺さんです」
俺は『あぁ、名前考えるの面倒くさかったんだな』と内心思った。ゴッドダークも創建時は『デススパイラルスパイダー』とか『デーモンヘルシャーク』といった怪人がいて、名前にも個性があったが、最近の改造部による命名は『そのまんまやん』というものばかりである。
鼓舞課の主任怪人でコブとり爺さんである。先日ウチの組に配属された改造人間『トッポギハンマー』同様、そのまんまなネーミングが氾濫している。
「この胸元の大きいコブを巨乳を見るようなヤラシイ目で見ておるでしょう。やめて頂きたい」
「見てないわ!」
「で、どういったご用件でしょうか?」
「ええ、実は、まぁここの主任と見込んで腹を割ってお話ししたいのですが、どうかこの相談内容は内密にして頂きたいのですが……」
「あっ、ちょっと待って。実は私、子供の頃から友達に『秘密にしといてな』というお願いをされると、人に話したくて仕方がない性分なんですわ。だから仲のいい二、三人にだけ言ってもいい?」
「ダメですよ。何を言い出すんですか。最初に『腹を割って』ってお願いしとるでしょうが。それも一人ならともかく二、三人って、結構な人数に言いますね。まぁ仮に一人でもダメですけども」
「なんで?」
「いや、なんでて。っていうか、なんでそっちが主導権持ってますのん? こっちの方がなんで? ですわ」
「いや、秘密にしたい理由によりけりでしょうが」
「理由はどうあれ秘密にしてくれ、と言うとるんですわ。人の嫌がることをせんといてもらえますか」
「人の嫌がることが好きですってゴッドダークの面接で言うたから、ここ受かったらんやろガァ。お前の方こそ悪の組織の真ん中でどない言うとるんじゃゴラァ」
コブとり爺さんの言うことの方が正論である。俺は反省した。
「すいませんです。申し訳なかった。秘密にしたかったけど諦めます。なので出来るだけ多く、全職員でも構いません。私の秘密を吹聴しまくってください」
「あっ、ちょっと待って。全職員? 考えただけで面倒臭くなってきた。やっぱり言いふらすのやめとくわ」
最初からこのアプローチでいけばよかった。
「で、ご相談は」
「実は私、怪人スポーツジムに通っているのですが、そこでモンシロ中納言のことが気になって仕方がなくて、その、友達になりたい、って言うか、挨拶とか軽い会話とか、できたら素敵だな、と思うんですが、結構長く思い続けているのですが、1ミリも進んでいなくて」
「そういうことでしたか。最初の一発目の勇気がない、と。わかりました。私の全身のコブに誓って鼓舞いたしましょう」
コブとり爺さんが立ち上がった。全身に肌色の水風船をぶら下げているようで、柔らかく揺れて見た目気持ち悪い。
「それにしてもすごいコブの数ですね」
「あぁ、これ? これ、戦闘時に引きちぎって投げますと」
「ほぅ」
「とりもちになりまして」
「爆弾と違うんかい!」
「結構ひっつきますよ」
「頑張れば取れるんかい」
「じゃあ行きますよ。行動はメンタル次第です。私が高めて差し上げます。準備はよろしいか?」
「お願いします」
コブとり爺さんは私におでこをくっつけ、頭を鷲掴みにした。
「挨拶できる」
「挨拶できる」
「笑顔でできる」
「笑顔でできる」
「俺ならできる」
「俺ならできる」
コブとり爺さんの目力が凄く、高まってきた。
「相手も好きだ」
「相手も好きだ」
「お前が好きだ」
「お前が好きだ」
「入れなきゃセーフ」
「入れなきゃセーフ」
コブとり爺さんの全身のコブが激しく揺れる。術はピークに来たようだ。
「あんたが次長」
「あんたが次長」
「あんたが部長」
「あんたが部長」
「あんたが課長」
「あんたが課長」
「あんたが社長」
「あんたが社長」
「あんたが大将ぅ〜♪」
コブ取り爺さんは揉み上げの所のコブをかき上げながら、武田鉄矢のモノマネを少し入れてきた。なんか腹立つ。
「さぁ、向こうはあなたが話しかけるのを待っています。女性から話しかけることはまずありませんから。だって相手に『どんだけ淫乱やねん』って思われますからね。女性は待つものなのです。次にジムに行った時には、ごく自然に挨拶を、あっ」
見れば先ほど、コブとり爺さんが武田鉄矢のモノマネをしながらもみあげのコブをかき上げた時、うなじのコブが引っかかって取れてしまい、足元に落ちたようで、コブとり爺さんはとりもちに捕まって身動きが出来なくなっていた。
それを見て俺は一気に冷めた。術が解けてしまったのだ。魂の鼓舞は人にしてもらうものじゃない。自分が自分の方法を見つけて変わらねば、変われるはずがないのだ。
振り返ればどうだ。学生時代、あんなに嫌いだった歴史の勉強。
親には散々脅された。
「勉強しないと落ちこぼれて橋の下で寝起きすることになるよ」
それを聞いても怯えるどころか、なんとかなるだろうとさえ思っていた。勉強しないと乞食になる、という図式にリアリティがなかったのである。
そしてその脅しが勉強に繋がることもなかった。今ではどうだ。割と勉強は好きになっている。興味のある歴史、戦国時代や新撰組関連の研究書を買い込み、読みふけっているではないか。
乞食になる、という恐怖ではなく、自分で『好き』になり自然に行動したのだ。
自分を変えるのは人(親)に言われて、ではない。自分で対象や問題に向き合い、好きになり、のめり込んで学び成長していくのだ。
「他人に鼓舞してもらって簡単にステップアップしよう、と考えていた俺が間違っていた」
俺は鼓舞課を後にした。コブとり爺さんは、まだとりもちに引っかかったままであった。
悪の幹部 赤まむし大元帥 呉エイジ @Kureage
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