世界終末紀行

IZ

第1話 失われた世界

 ここは、失われた世界。

 そこを、旅する二人の物語。


「ねぇ、起きてる?」

「うん、起きてるよ」

 少年は眠たそうに応える。

「ねぇ、暇なんだけど!」

 少女は元気だ。

「僕も暇だよ。うん。疲れたね」

「そうなんだよ、私はね、疲れたんだよ。だからさ、ご飯食べようよ!」

「いや、寝るべきだね。うん。疲れているんなら寝るさ。」

「ダメなの、私、今ご飯食べないとご飯食べないと死んじゃう症候群にかかって死んじゃうの」

「そうなのか?」

「うん」

 少女は笑みを見せる。悪い方のやつだ。

「本当に?」

「そうなの。だから、お願い。私にご飯をちょうだい!」

 少女の表情はおねだりの顔に変わった。演技は女優も羨む見事な演技。ぶらぼーと賞賛しよう。

「えぇ。仕方ないなぁ、少しだけだよ?そうしないと太るからね?」

「うん、ありがとぉ!」

 少女は再び笑みを見せる。満面の笑みだ。普通の中学二年の男子なら一瞬で一目惚れして頭の中から消えてはくれない程の破壊力の笑顔だ。テストの点数が下がる原因だね。

 それから二人は、ゆっくりと動く石油式移動機械<KZ-T45、通称:かずにゃん>に揺られながら、ご飯を食べた。毎日一緒にお喋りをしている二人だが、彼らの口が止まったことはない。一体どこからそんなに話題を作り出せるのだろうか。ご飯を食べた後は、太陽にお別れを告げ、オイルランプを点けて、かずにゃんのエンジン音をバックグラウンドミュージックにしながらその荷台に寝そべった。

「かずにゃん」

「はい」

 かずにゃんと呼ばれて反応したのは人工知能だ。なおKZ-T54が人工知能なのではなく、人工知能のかずにゃんがKZ-T54を操作している。過去の時代に流行した人工知能に音声で呼びかけるといろいろなことを行ってくれる機械を改造して蒼弥そうやがKZ-T54に取り付けたのだ。つまり、KZ-T54も人工知能もかずにゃんという同一の名前を持っていることになる。ややこしい。このまま流れそうなので追記すると、蒼弥というのは少年の名前、少女のほうはゆるという。蒼弥こと佐々倉蒼弥ささくらそうや、聴こと楪葉聴ゆずりはゆるは同い年の15歳である。彼らは中学校3年生相当の年齢だが、中学校はもとい、学校という施設を含む、日本という国が消滅してから半世紀、二人は当然のように学校に通ったことがない。

 日々の宿題やテスト、部活に人間関係と体の自由を束縛され、学校というものが試練であり地獄と学生時代、感じた人にとっては羨ましい限りである。国が学校に通わなくていいと言っているようなものなのだから。その国ももう無いのではあるが。

 あるとき、国家間の小さな歪が生じた。それは小さなものではあったが、誇りというものを第一に考えた挙げ句、戦争という暴力的なことで結論を付けざるを得なくなった。人類は、戦争の恐怖を忘れていた。長らく平和な時代が進んだためだ。そのため、戦争はすぐに終わるだろうと、ゲームのように軽く考えていた。これが間違いであった、と結果論を見ればそうなる。戦争は長く、それは長く続いた。人類は世界を滅ぼす会心の一撃的な武器を行使するか、敵国を少しずつ少しずつ削り取る武器を使うかの2択だった。戦争という非合理的で非生産的な手段を選んだ人類ではあったが、世界が滅ぶということは避けるべきだという極めて基本的で理性的な判断をこのときばかりはすることが出来た。つまり、戦争は終わらなかった。試合や戦闘において最も恐れるべきは、両者に大きな力の差があり、一方的にやられてしまうことなのではなく、両者の力が極めて均一で、決着がつかないことだ。少し大きなキズを付けられても、まだまだ挽回できると信じ、やり返されても、やり返せると戦争を続ける。負のスパイラル。そういう経緯で戦争は長かった。

 戦争は終わりを最後まで迎えなかった。互角で戦い続けたがために、気がつけば、両者とも戦争を行う力は残っていなかった。するとどうだろう、どちらかにまだ余裕があれば、敵国の復興も助けることが出来ただろう。ただ、今回は否であった。共に傷ついた国は、復興を遂げることは出来なかった。いつからか、政府が政府として機能しなくなった。森は燃え尽き、川は濁り、山は無くなり、町は廃墟と化した。人類もそれ相応の数が死んだ。そうして戦争は終焉を迎えた。歓迎されることのない生還。称えられることのない英雄。聞かせられない武勇伝。兵士でさえも法を犯した。

 そんな世界は、終末を歓迎した。人類が滅ぶことを称えた。動物たちの戦争での生き残りは武勇伝となり、それに耳を傾けた。

 人類は、世界から嫌われた。

 だから、人類は、世界から消えることになる。

 そんな世界に生まれた、二人。


 失われた世界。

 人類が失われた世界。

 人類を失うことが出来た世界。

 そこを、旅する二人の物語。


 おっと、話がそれたようだ。かずにゃん、呼ばれているぞ。

「なんでしょうか」

「びーじーえむー!」

「了解しました」

 事務的なかずにゃんの声。もう少し可愛ければよかったのにと聴は考える。流石に声までは変えられないよと蒼弥。そっかと落胆する。この一連の流れがいつものかずにゃんに関する二人の日常。ただ、重い(であろう)空気も直ぐに消え去った。かずにゃんから流れる思わず体を動かしてしまうようなアップテンポのEDMが空気を変えたからだ。

「ゆる、眠たいんだよ、僕は」

「そうだね、この曲いいでしょ? すごく!」

「あのね、眠るときっていうのは静かじゃないといけないんだよ」

「そうだね、おやすみ」

 五分経過。

「ゆる」

 少し語尾を強くする。

「だから、音楽を消してって言ってるの、僕は」

「えぇ、まだ聞いていたい」

「明日、朝聞けばいいじゃん、寝ようよもう。暗いしさ。」

「ランプあるもん、明るいもん」

 幼稚園児のように文句を言う聴。笑顔が可愛い。

「ゆるはもう15歳でしょ? わがままばかり言ってたら、立派な大人になれないよ」

「大人なんかならなくていい。」

 蒼弥の大人という言葉が起因となり、聴は笑顔を消した。遠くを見るような目で、そう呟いた。蒼弥もこの言葉の何が聴にそうさせたかを理解したため、すぐに本音から「ごめん」と言った。

「もういい、寝る」

「おやすみ、ゆる」

 聴からは返事は返ってこなかった。蒼弥は今、非常に聴のことが気がかりになっている。周りの環境に左右されやすい性格をしているからだ。聴が小さいときからお兄ちゃんのように接してきた蒼弥だからわかる、聴の過去。ただ、それを時々自分で思い出させることの原因を作ってしまっていることに、蒼弥自身も自分をその都度悔やんでいた。過去というものは、恐ろしく怖い言葉だと、蒼弥は思う。過去という言葉の由来は知らなかったが、その言葉の持つ意味と音の響きがどうも自分たちに纏わりつく悪魔や孤独といった風に、寂しさと恐怖を感じていた。過去は未来を決める関数であり、因数だ。未来は変えられる。ただ、過去は変わらない。そこにある過去が全てでそれ以上にも以下にもならない。ただ、唯一いえるとすれば、過去の価値を決めるのは未来での行動次第であるとも蒼弥は考える。

 いつか、蒼弥が読んだ小説に現実についてこう書かれていた。

 『現実とは何か、と考える瞬間にだけ、人間の思考に現れる幻想だ。普段はそんな物は存在しない』

 それまでは蒼弥は現実は過去と未来の中央という概念、進行形で、二次元的な世界だと考えていた。現実が時間的に二次元であることには変わりはない。ただ、幻想である、という言葉に蒼弥は息をのみ、驚き、頷いたのだ。また話がそれた。

 蒼弥は聴の寝息を聞いてから、考えるのをやめ、自分も聴の隣で寝ることにした。だって眠かったから。人間、我慢と謙遜は体に悪いぞ。

 星の見えない静かな夜に、二人の寝息だけが響いていた。すやぁ。

 

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