謎解きは昨日のきみと遭遇

カワサキ シユウ

謎解きは昨日のきみと遭遇

「昨日、昨日のきみと遭遇したよ」

彼は突然そんなことを口にした。なに言ってんだこのボケナスは、と私は思った。

「なに言ってんだ、このボケナスは」

思うだけでなく、思わず口にしていた。思ってるのに、思わず口にするって、なんかシニカルな表現じゃない? え、どうでもいい?

「いや、そうじゃなくてさ。昨日、昨日のきみと遭遇したんだよ。やばくない?」

その拙い表現によって、私の共感を得られると思うその感性こそがやばくない?

「昨日、昨日の私と会えるのってフツーじゃない? てか、昨日学校で会ったし」

話が進まなすぎて、思わずやばいと思ったので、私はシニカルに常識的な返答で話題の進行を促してみた。

「違う違うって。昨日なのに、昨日の昨日のきみに会ったんだって」

まぁ、ここまでくるとだいたい言いたいことはわかってきた。彼との付き合いの長さは伊達じゃないのだ。

「つまりさ、昨日すなわち1日の火曜日に、昨日の昨日すなわち31日の月曜日の私に会ったってこと?」

ずばり私の名推理が冴える。

「そうだよ。でも、それが本当かどうかはこれから確かめなきゃいけない」

確かめるって、なにを? 私たちはタイムマシーンを持っていない。すなわち頼るべきは彼の記憶の中にしかないのだ。

「具体的な状況を教えたまえ、ワトソン君。私は昨日きみが出会った私とは違う私かもしれないからね」

私はしれっとして聞いてみる。

「昨日、学校できみと別れた後にね、ああ、学校で会ったきみは昨日のきみだよ。そのあと、僕が公園でぼんやりしているときみがやってきたんだ。あれ、部活はどうしたのって訊いたんだ。そしたら、そのきみが言うんだ『私は昨日からやってきた私であって、今日の私とは違う私なのだよ』って」

なるほどなるほど。私は被った探偵の皮を剥ぎ取り、笑う。

「くくく、見事に引っかかったな! 昨日きみが出会った私は、昨日の昨日の私ではなく、昨日の私だったのでした! そして、昨日の私は嘘をついていたのです! 『昨日からやってきた』っていう嘘をね!」

「ううん、それは違うんだ」

「あれ、違ったかな?」

「うん、違うよ」

「ごめんなさい、早とちりました。続きをどうぞ」

私は神妙に彼が話すのを待った。

「……それで、その自称昨日の昨日のきみが本物かどうかわからなかったからね、僕はこう言ったんだ」

その後の言葉を思い出して、私は思わず顔を赤くする。

「『僕はきみのことが好きだよ』そしたら、なんて、答えたと思う? 『うん、私も』って」

私の顔は、きみを想っていたのに思わず赤くなっていた。これじゃあシニカルじゃないなと、私は思った。

「今のきみに、もう一度言います。僕はきみのことが好きだよ」

「うん、私も」

私はシニカルに笑おうとしつつ、はにかんだ。合わせてハニカルだ。

「ほら、やっぱり昨日公園で会ったきみは昨日のきみじゃなかったんでしょ」

そう自信ありそうに言いながらも、きみもハニカルだった。

彼のことを好きだなんていう、そんな嘘をつく昨日の私は存在しなかった。彼の推理は珍しく冴えていた。

そんな4月2日の午後、屋上から見渡す空はどこまでもハニカルに青かった。

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