男は脱出できるのか6

庵字

北の扉を開けろ

 扉の向こうは暗闇だった。一切の明かりのない、真の暗闇。どういうことだ、とカラスに訊こうとした刹那、


「うわっ!」


 俺はそのカラスに突き飛ばされて暗闇のただ中に放り込まれてしまった。しかも、やつが突いたのは俺の肩の辺りだったため、俺はコマのように回転しながら床に倒れ込んでしまった。尻餅をついたところで、タイミングを見計らったかのように部屋の明かりが点き、俺はようやく自分がいる部屋の様子を確認することができた。


「これは……」


 部屋は正方形で、四方の壁の中心に一枚ずつ扉が取り付けられていた。壁も扉も床も真っ黒に塗られている、そこは黒い部屋だった。俺は床に一枚の紙片が落ちているのを見つけ、拾い上げた。何か書かれている。


〈北の扉が次に続く道。それ以外の扉を開けたら、死 制限時間は三分間〉


 ……何だよこれ。すると、またしても俺がその紙片を読み終えるのを待っていたかのようなタイミングで、四方の壁それぞれに〈3:00〉というデジタル数字が浮かび上がった。それはすぐに〈2:59〉〈2:58〉と刻々と表示を変えていく。カウントダウンが始まったのだ。

 俺は立ち上がり、四方の扉を順に調べていく。四枚の扉は全て同じものだったが、そのうちの一枚にだけ、表面に何か書かれていた。


〈この扉は南か西である〉


 ヒントはこれだけ? 俺はその扉を背にして立つ。この扉が南だったら正面の扉。西だったら左の扉が正解である北の扉ということになる。とりあえず右の扉が不正解ということだけは分かった。だが、これだけではまだ確率は二分の一だ。俺は正面と左の扉を何度も交互に見て、デジタル表示に目をやる。〈1:20〉もう半分以上時間が経過してしまった。どうする? 二分の一の博打に命を賭けるしかないのか?


「冗談じゃない」


 俺はもう一度四枚の扉を入念に調べる。が、やはり他には何も書かれていない。ドアノブに手を掛けて、慌てて引っ込める。〈それ以外の扉を開けたら、死〉

 残り時間は? デジタル表示は〈0:15〉あれから一分以上も消費してしまった! もう運を天に任せるしかない……?

 俺は項垂うなだれて床に両手を突いた。目に入るのは床と壁が接する角。その上に水平に走る溝はドアと壁との境界だ。


「……?」


 俺はそこに何かを見つけた。壁から何かが生えている? いや違う。ドアの隙間に何かが挟まっているのだ。それは小さく、さらに黒い色をしていたため、壁やドアと同化して今まで目に留まらなかったのだ。手を伸ばして触れてみる。柔らかい。ドアに挟まっていたのは黒い羽根だった、まるでカラスのような――カラスの羽根? これは、俺をここまで連れてきたあのカラスの翼から抜け落ちた羽根? これが挟まっているということは、俺はこの扉からこの部屋に入ってきたに違いない。「次の部屋に進むのが目的」であるなら、つまり、「俺が入ってきた扉は〈北の扉〉ではありえない!」この扉は不正解だ!

 俺は立ち上がって位置を確認する。羽根が挟まった扉とヒントが書かれた扉は向かい合っている。つまり、「あの扉は南ではない、西だ!」となれば。

 脱兎の如く駆け出した俺はためらうことなく「北の扉」を開けて飛び込んだ。瞬間、視界の隅に捉えたデジタル表示は〈0:01〉から〈0:00〉に変わった瞬間だった。急いで後ろ手に扉を閉める。直後、ついさっきまで俺がいた部屋から異様な音が響いた。それはどう形容しようもない、無理やりに表現するならば、「死そのもの」とでも言うしかない恐ろしい音だった。

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