3話

「なんだこりゃあ……」


 ロドはその戦車を見て呟いた。それには短い四本の脚がついていた。亀のような鉄の塊が砲塔を背負っているようだった。黒煙を吐き、爪を食い込ませながら戦車は前へと歩いた。その亀が脚を動かす度、軋むように低い音が響いた。


「あれなら崖も登れるってわけかい」


 茂みに潜みながらロドが漏らした。

――やりあって勝てる相手じゃねぇな、撤退かい?

 道を挟んで反対側に潜んでいた偵察隊の隊長に目で合図する。


「とりあえず撤退して中将殿に報告えぶっ」


 隠れていた偵察隊めがけて戦車が火を吹いた。爆発が起こり、隊長を残して偵察隊の姿がなくなる。


「臭いがする。くっさいニンゲンの臭いがするぞ!」


 砲台の脇のハッチが開き、土気色の肌をした醜い老人のような姿の男が顔を出す。


「ドワーフか……!」


 ロドが小声で唸る。それはエルフやオーガと同じようにニンゲンに故郷を奪われた妖精。暗い洞窟で暮らす鍛治と知能に優れた小柄な種族。ただひとつ違うのは、この種族があちら側の陣営ということだった。


「ば、かな……!」

「ニンゲンはいいぞ。殺し甲斐がある。多少の知能もあるし数が多い。味方側を殺せないのは残念だが、これで金までもらえるとは言うことがない」


 蓄えた髭を撫でながらドワーフの男は気味悪く笑う。


「うわぁぁぁぁ!」

 残ったニンゲンが逃げ出した。


「ほれ残りも駆除、せんとな」


背を見せて逃げるその男を軽く潰すように砲撃する。その跡には何も残らない。

 ロドは思わず目を背けた。そのドワーフのに寒気を感じた。


「さて。残りひとり。出てこいオーガめ」


 少しの逡巡の後、ロドは潜むのをやめた。


「……何だ気づいていたのか。このまま帰ろうと思っていたのに」

「我々の鼻を舐めるな」

「ひとつ見逃しちゃくれませんかね。あんたも戦争に巻き込まれたクチなんだろ?」

「まあそういう形ではあるな。忌々しいが」

「だったら」

「だが、儂にはニンゲンと同じようにな」


 ドワーフが細目で睨みつける。


「貴様のような知能の低い種族が嫌いなんじゃよ! 虫唾が走る程にな!」


 ドワーフは再び戦車に乗り込むと、砲塔をロドに向けた。


「死ね! 知恵足らずが!!」

「やっべぇな……」


 ロドは走った。狙われないよう左右に回りながら戦車と距離を取らずに逃げた。


「ちょこざいな!」


 戦車の脚が前方に突き出されてロドを襲った。ロドが転がって仰向けに倒れると身体を鉄の脚が踏み潰す。


「うぉおおおぉお!」


 身体が軋む。アバラが歪む。その過重に大声を叫んで耐える。次第に視界が霞む。脳裏に彼の妻の姿が浮かぶ。


――すま、ねぇな


 潰されそうになるその時。

 鉄脚の装甲が狙撃されて吹き飛んだ。


「なんじゃ?」


 ドワーフがその狙撃の方向に砲撃を返す。爆発の後、別の方向からまた脚が狙撃された。それ自体は大きな損害になっていなかったが、神経質なドワーフは、鉄の戦車は蚊のようなその一刺しを振り払おうとする。


 エルフの狙撃手がニンゲンと違う点。それは彼らが空を飛ぶことができることだ。狙撃手はその狙撃の都度に相手側に自分のいる方向を教えることになる。狙撃されないよう絶えず場所を変えることが、エルフ達にはできた。絶えず飛び回り、時には飛びながら狙撃することで、市街戦においても野外戦においても彼らの位置を狙撃から追うことは不可能だった。


「ええい、くそッ」


 姿の見えない狙撃手を追うのに夢中で、踏みつけていた脚が緩む。

 その隙にロドは両腕を身体と鉄脚の間に滑り込ませる。鉄脚の底をしっかりと掴むと歯を噛んで力を込める。


「うぉぉぉぉぉらぁぁぁぁ!!」


 雄叫びと共に戦車の脚を持ち上げる。手を放して横に転がり拘束から逃れると、そのまま戦車を無理やりよじ登っていく。


――戦車からこいつを、引きずり出す……!


 性能が優れているのか、それともドワーフのプライドなのか、戦車の乗員はこのドワーフひとりのようだった。


「貴様ぁ!」


ロドを振り落とそうとドワーフは戦車を揺らす。持ち前の体力でそれに耐えると主砲を抱え込む。捻じ曲げようとロドが力を込めると、ドワーフはたまらず小銃を持ちハッチを開けた。


 勝負は、そこで決まった。


 ロドを撃とうと身を乗り出したその瞬間、丁度真横からドワーフは狙撃される。

 一瞬痙攣をしてそれは息絶えた。


「……終わったか」


 ロドががっくりとうなだれた。夢中で気付かなかったが肋骨が数本折れているようだった。思い出したようにこみ上げるその痛みに呻いた。その横にエルフが降り立つ。鸚鵡色の民族のものではなく濃い緑色の軍装備を着て、厚い皮手袋に長大な狙撃銃を携えて。


「また助けられちまったみてぇだな」


 黄色いゴーグルを外す。その下には見覚えのある顔がある。

「……この借りは高くつくぞ」 


 そう言ってオルヴィンは笑う。ロドも笑みをこぼした。

 今日も生き残れたことをふたりは祝う。それは妖精たちの戦場がなくなるまで続いていく。


(終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パロットグリーンの羽音 紙川浅葱 @asagi_kamikawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ