2話
戦況が変わった、という知らせが入ったのは次の日の昼だった。
十キロ先に陣を張っていた別動隊との連絡が取れなくなった。
「全滅、でしょうか……?」
「バカな、戦車も登れないような崖だぞ!応援を要請する間もなくやられるなど!」
「しかし……」
ニンゲンたちが慌てふためいた。重い空気に呼応するように雨が降り始めた。
「……どうみる?」
ロドが訊ねてきた。兵士たちの間でもその噂は流れていた。
「風に昨日はしなかった鉄の匂いがする。十中八九、戦車だ」
ニンゲンが発明したその鉄の塊は飢えた獣のようにあたりを殺し尽くした。戦場におけるその数こそまだわずかなものだが、一台だけで戦況を大きく傾ける力を持つことは故郷の森を焼かれた時に知っていた。
「ぐぬぬ……先遣隊を出す。あのオーガと一個小隊に偵察に行かせろ」
エルフの耳には上官たちの会話がわずかに届く。オルヴィンは目の前のそのオーガに悟られないよう耳を傾けていた。
愚策だ。エルフを使えばわかる事だが、こういう時にニンゲンが他の種族を頼らないのは前の戦場で嫌なほど痛感している。共闘する気など最初からなく、私たちは兵器でしかない。このままだとその兵器を、ロドを失うことになる。
「偵察隊だと」
数分後、命令を下されたロドが言った。
「……戦車だ、いざとなったら逃げろ」
「見張りも兼ねた部隊が一緒だからな、どうだろうな」
雨は少しあがった。それでも嫌な雰囲気があたりを覆っていた。ロドが発ってから一時間ほど。オルヴィンは仮設の櫓の上で風を読んでいた。ここからだと辺りの様子が把握しやすい。数キロ先までは森が広がりその先は崖の下に荒地が広がっている。この森も近々なくなるのだろう。戦争がそういうものだということは既に知っている。
「敵襲ーッ!」
本隊に、ロドたちが向かった方角とは異なる方向から歩兵隊の襲撃があった。鼻につく鉄の匂いと雨で、オルヴィンもこの接近に気が付いていなかった。
「この奇襲で別動隊は全滅したのか……!」
ニンゲンの上官が唇を噛んだ。が、それが正解だとは思えなかった。
――戦車は確実に来ている。別動隊がやられたのもおそらくそれだろう。だとすると
オルヴィンの中で敵の作戦が繋がる。
なるほど。挟み撃ちか。
敵はこの隊にオーガとエルフがいることを掴んでいた。偵察隊にオーガを出すと踏んでそちらに誘導させ、兵力が落ちた本隊を歩兵で襲撃。時間を稼ぐことで戦車が偵察隊を突破した後挟撃が出来上がる。
エルフの鼻が戦車の強い鉄の匂いで潰されることまで考えていたとすると、あちらさんの方が狩りが上手だ。
戦車がどうして崖を登れたかという疑問は残っていたが、それでもこのままだと全滅することは彼にはわかっていた。銃弾を躱しながら指令室へと向かった。
「中将殿」
オルヴィンは告げた。
「何だ貴様は」
「敵は戦車です。先遣隊を戻して陣を撤退させてください。全滅します」
「あぁ?」
「我々エルフの嗅覚ならわかります。敵は間違いなく鉄の戦車を有しています」
「何を戯言を! こそこそ卑怯な狙撃しかできない癖に将校気取りの化け物が! 貴様は命令通り動けばそれでいいのだ!」
その時だった。恐らくはこのニンゲンにも聞こえる大きさで砲撃音がした。
「せ、戦車だぁ!」
「このままだと持たない!」
動揺が兵士たちに広がった。その動揺は陣営の防御の歯車も次第に狂わせていく。
「……。」
「撤退を」
押し黙る上官にオルヴィンは繰り返した。
「ならん! 歩兵隊を殲滅した後、対戦車榴弾で応戦しろ!」
エルフごときに、というプライドが判断の邪魔をする。やはり、ニンゲンは愚かだ。
この手はあまり使いたくなかったが。
オルヴィンは素手で腰の拳銃を抜いた。驚いた顔をしたニンゲンの心臓に確実に一発。
「……これくらいの痛みならつけといてやる」
手袋なしで銃を掴んだ右手が痛んだ。
「中将が被弾」
冷淡に告げた。
「准将の私が命を下す。全員撤退して後方本隊と合流せよ」
これで、とりあえずの役目は果たした。
オルヴィンは建物から飛び降りると、その羽を広げた。鉄と血にまみれていても、その羽は変わらずエルフの色をしていた。
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