パロットグリーンの羽音

紙川浅葱

1話

「あんたが……」


 そう訊ねる彼の腕は太く、肌は赤い。


鸚鵡色の銃弾パロットグリーン、と周りにはそう呼ばれている」


 答えた男の耳は鋭く尖る。


「……オーガか」

「ああ、ロドってんだ。よろしくな」


 身長が二メートルを超えるような大男が握手を求めた。筋骨隆々な体、硬い肌、額の小さなツノ。胸につけた軍章はこの男が彼と同じく雇われの兵隊であることを示す証左である。オーガ、火山や荒野に住まう戦士の妖精。他種族をこういった場所で見かけることは別段珍しいことではなかったが、こう話しかけられた記憶は彼にはなかった。


「……それで、私に何の用だ」


 中性的な顔立ちに金色の長い髪。その横からは種族の特徴である長い耳が覗く。


「前の戦場でオレはお前さんに助けられたみたいでな」

「結果的にそうなっただけだろう、たまたまだ」

「だろうな、でも一度その顔を見てみたくなった」


 しかし彼が今纏うのは鸚鵡おうむ色、民族に伝わる衣装ではなく、軍製の濃い緑色の装備だった。


「……パロットグリーン、エルフの狙撃手のその顔を」


 その傍には長大な銃を携えて。




 鉄と火の種族に故郷を奪われた種族たちの中には、皮肉にもその種族の戦いの駒となることを望む者たちもいた。熱い気候を好む赤肌の種族であれば、その頑丈さと膂力りょりょくを買われて最前線に。静かな森で歌を奏でる一族は、狙撃の腕と飛翔能力を生かした支援兵に。ニンゲンという種族は異常なまでに「戦争」と「同族殺し」というものに慣れており、こちらのニンゲンの陣営がオーガやエルフのような種族を兵士として用い始めると、あちらの陣営も他の種族を巻き込みながら殺し合いを続けていた。


――事実、ある割合が軍に下ることで種族の領土は辛うじて残されていた。また、私のような兵たちも故郷には二度と帰れない代わりに、いい暮らしをすることができた。ニンゲンや他種族を殺すことにも慣れ、自分が生き残るためなら、私は引き金を引けた。


「……それで思ったわけよ、ヨメさんが待ってる。こんなところで死ねねぇって」


 ロドはジョッキを一気に呷り、テーブルを叩いた。夜営用の簡単なテーブルはそれだけでカタカタと揺れる。これで五杯目、かれこれ一時間はこうして相手をしていた。戦場にいる大半のニンゲンは彼らのような種族を「化け物だ」と避けるため、久しぶりに誰かとの食事でもあった。


「おい、聞いてんのか? アルヴィン」


 自分の名前を呼ばれて、エルフは不意に呟いた。


「……結婚、しているのか」

「あん?」

「オーガだと忌み嫌われないのか、軍に入ることを」


 ロドは少し考えて、納得したような顔をする。


「オーガは元々戦士の一族だ。満足な飯も肉もない環境の中で、オーガが生きるために殺した種族もある。オレたちはニンゲンと戦って負けた、それだけだ」

「……そうか」


 エルフはニンゲンを避け、ある種ニンゲンを見下しながら生きてきた。その低俗とみなしていた一族に敗れ、森を奪われ、尊厳は踏み躙られた。だから種族が生きながらも既にもう死んでいることも、私のような立場の者を激しく非難するのも理解はできた。


 どこにいても、もう私の居場所はなかった。


「アルヴィンはどうして軍に」

「稼ぎがいい。それだけだ」

「オレなんかより破格の待遇らしいな、エルフの狙撃手は」


 ロドは干し肉を齧りながら続けた。


「しかしそれは体を傷つけてまで続けるようなことなのか」


 アルヴィンの指や腕には軽い爛れの跡が見て取れた。


「関係ない事だ」


 エルフはオーガやニンゲンと比べて特別鉛や鋼といった金属に弱かった。アルヴィンも厚い革の手袋がなければ銃や鉛弾に触れれば糜爛びらんを起こす。これがエルフの一族がニンゲンに敗れた大きな要因であった。


 エルフは種族の尊厳としても体質としてもニンゲンたちの戦場には不向きであり、こちら側のニンゲンの陣営で兵士となっているオーガや他の種族と比べても圧倒的に少ない。それでもニンゲンはエルフを戦場に求めた。それは彼らがもつ狙撃の腕を買ったからであり、少数しかいないエルフの兵士たちには将校並みの扱いが与えられた。


「……そうかい」


 ロドが笑う。二言三言交わして、宴はお開きになった。

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