wave

フカイ

掌編(読み切り)





 わたしは海を見ている


 誰もいない砂浜


 九月二五日


 寄せては返す波


 それはあなた


 それはわたし


 受け入れるもの


 突き放すもの


 生まれるもの


 消えゆくもの










 わたしは海を見ている


 頬をなぶる風


 三月一五日


 オンショア・オフショア


 南海上には低気圧


 海面を渡る風が波頭を崩すとき、わたしのこころも形を無くする


 吹きすさぶ白い泡


 無限階調のブルー


 透明な風


 理不尽な要求と不条理な結論










 わたしは海を見ている


 嵐の予感


 一一月二六日


 耳をろうする雷鳴と、砕け散る波


 それはふたりの考え方の違い


 答えにたどり着けない疑問


 投げかけられたままの質問


 およびそれにまつわるいくつかの焦燥と失望


 すべてはこの嵐の中に含まれている


 横なぐりの雨と激しい風に、海は様相を変える










 わたしは海を見ている


 おだやかな陽気


 四月二日


 透き通るような大気


 ゆっくりと東南東に移動する雲


 ジェット機の白い軌跡


 何もないおだやかな日々


 静まり返ったこころ


 頭上の太陽のもとで、こころだけは真夜中の静けさ


 整合される論旨


 答えのないまま解凍蒸発する、いくつかの根本的疑問


 そして、沈黙の予感










 わたしは海を見ている


 真冬の砂浜


 二月一日


 グレイの世界


 波のリピート


 静まり返った世界


 音のない波しぶき


 乾燥しきった流木


 打ち上げられた鮫の死骸


 歩き出したい


 どこまでも、寒風の中を


 波打ち際に沿って


 冷たい水に素足をさらしながら


 彼の言葉が聞こえてくる


「海の中にいるのは辛い。上にあがる理由が見つからないから」


 ある種の直観


 悦びの気配










 わたしは海を見ている


 盛夏の喧噪


 八月一一日


 夕暮れに染まる空


 それを映す海


 わたしのこころをも染める


 オレンジ、オレンジ、オレンジ


 わたしは泣きたい


 顔の皮の下で流す涙


 無表情


 過ぎゆく時間


 墜ちてゆく記憶


 全ては終わる










 わたしは海を見ている


 満天の星空


 一〇月二二日


 恐ろしいほどの数の星


 それは全てのわたし


 悦びと、哀しみと、快楽と痛みの結果


 全ては星になる


 そして毎日、ひとつずつ、気づかぬうちに、それらは空から滑り落ちる


 あなたへの想いとともに










 わたしは海を見ている


 めぐる季節


 一二月三一日


 地球は変わらず回り続ける


 ろくでもないことをさも重大事のように書きつける新聞


 犬のように吠えたてるテレビ


 ここできこえるのは、ザトウクジラの子守歌


 イルカ達の笑い声


 わたしもまた、つまらないことにこころを砕き続ける


 あなたとの諍い


 自己嫌悪


 世界の巡航とは全く関係なく、打ち寄せる波


 そこにシンクロするこころ


 安らぎ


 解放










 わたしは海を見ている六月四日










 わたしは海を見ている三月二二日










 わたしは海を見ている一月四日










 わたしは海を見ている一〇月二三日










 わたしの時間はずいぶん過ぎてしまった


 次第に衰えてゆく肉体


 逆に研ぎ澄まされてゆく精神


 あなたは既になく、わたしもいつまでここにとどまれるだろう


 しかし恐れる理由はいささかも無い


 わたしは


 自然の成り行きのままに消えて行く


 あの海へと


 まるで退いてゆく波のように


 wave


 それがすべて



















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