第55話 ボクらの修羅場王

 俺とアイナとイリスは、最初に相談したのと同じような「討竜亭」のレストランの個室で夕食を食べていた。スーラたちも、取り分けてもらった料理を食べて満足そうにふよふよしている。


 俺はマイケルをTAI本部に送り届けたあと、リーダーとしてモーガン領で起こった出来事を報告したときに聞き込んできた情報を雑談がてらに話していた。みんなはマイケルを送り届けた時点でさっさと帰っちゃったからな。


「じゃあ、大陸の東の方でも同じようなインベーダーによる流通妨害作戦があったのね」


 アイナに聞かれた俺はうなずきながら答えた。


「ああ、そっちは偶然居合わせたゴブリンテイマーズや地獄の復讐者ヘルズリベンジャーが対処して何とか被害を最小限に食い止めたそうだ。それで地獄の復讐者ヘルズリベンジャーもTAIに勧誘されたと言ってたぞ」


 それを聞いたイリスが俺に問いかける。


「ケネスたちに会ったのかい?」


「TAI本部でな。それで勧誘を受けることにしたってさ。これからはTAIの仲間だな。どこかでまた顔を合わせそうだ」


 そんなことを話しているうちに、一通り食事が終わってデザートも出た。フルーツの盛り合わせの食器以外をウェイターが下げたところで、俺はようやく今日の食事会のを切り出すことにした。人間ってのは美味いものを食って腹一杯になったあとだと怒りも起きにくいものだからな。


「さて、イリスの婚約騒動は無事に切り抜けられたワケだが……」


「当然、お芝居は終わりなワケよね?」


 俺の言葉を遮るように、ジロリと睨みながらアイナは聞いてきた。いや、これは質問形式ではあるが「はい」や「イエス」以外の答えは許さないぞという問い詰め方だ。


「ああ」


 だから、俺はうなずいた。


「「えっ?」」


 イリスとアイナの声が綺麗にハモったあと、そのことに驚いて互いに見つめ合う。なるほど、問い詰めてはみたもののアイナの方も俺が素直にうなずいたことを不審に思うわけだ。それを見ながら、俺はおもむろに口を開いた。


、終わりだ」


 俺が殊更ことさらに「芝居は」を強調して言ったことに気付いて、アイナの顔がひきつり、イリスが一瞬だけパァっと笑顔を浮かべると、慌てて無表情に戻る。


「それって……」


 言おうとしたアイナをさえぎるように、俺は既にフルーツの小皿を横に避けておいたテーブルの上に両手と額を突いて謝った。


「アイナ、すまない。俺はイリス好きになってしまった」


 そして、顔を上げる。目に入ってきたのは、泣きそうな顔のアイナと、無表情のイリス。


「だけど俺は……」


 言葉を続けようとした俺だったが、次の瞬間には咄嗟に歯を食いしばっていた。


「こンの浮気者おおおぉッ!!!」


 その叫び声と共に、アイナ渾身の右ストレートが俺の左頬を直撃した。テーブル越しで不十分な体勢だったとはいえ、全体重を乗せたその一撃は俺を椅子ごと後ろへ吹き飛ばした。


 咄嗟に受け身は取ったものの、歯はグラグラするし頬も背中も痛い。口の中も切ったらしくて鉄くさい血の味がする。だけど、俺はすぐに立ち上がって言った。


じゃあ、ないんだ」


 それを聞いてアイナの顔がさらに引きつり、イリスの無表情が崩れて隠しきれない笑みが浮かぶ。それを見ながら、俺は決定的な言葉を口にした。


「俺は、アイナもイリスも本気で愛してる」


 その言葉が放たれた瞬間、アイナの顔が真っ赤に染まり、再び無表情に戻ろうとしたイリスの顔には、一瞬だけ隠しきれない失望の表情が浮かび上がった。そして……


「バカぁ!!」


 バシィン!


 今度は平手打ちが俺の左頬を襲う。俺は甘んじてそれを受けた。


 そして次の瞬間、アイナは踵を返すと個室の扉を乱暴に開けて走り去った。


「アイナっ!」


 俺も咄嗟にあとを追おうとして、一瞬躊躇してイリスを見る。そんな俺を見たイリスは、軽く頬をゆがめてフッと自嘲じみた笑みを浮かべて言った。


「行きなよ。前も言った通り、ボクは二号だ」


「すまない」


 そう一言謝って、アイナを追う。部屋を出るときに一瞬だけ見たイリスの表情は悲しいくらいに寂しげだった。


 グラグラする歯をくいしばりながら全速力でアイナを追うと、アイナもレストランを飛びだすほど理性を失っていたわけではないようで、あまり人が来ない従業員更衣室や倉庫の方につながる廊下の片隅で壁に向かって立っていた……いや、泣いていた。


 そんなアイナを背中から抱きしめながら、俺は再び謝った。


「ごめんよ、アイナ。だけど信じてくれ。俺の一番はいつもアイナだから」


 それに対してアイナは……


「嘘つき」


「え?」


「イリスと一緒のときはイリスが一番なんでしょ?」


「そんなことは……」


 言い返そうとした俺だったが、次の瞬間には言葉を失っていた。振り向いたアイナの唇が、俺の口をふさいだから。


「……血の味がするね」


「誰のせいだよ!?」


 顔をしかめながら言うアイナに、俺は思わず口答えしていた。だけど、アイナはフンと鼻で笑って俺を指さした。


「……ごもっともです」


 俺としては頭を下げるしかない。そんな俺を呆れるように見ていたアイナだったが、ひとつだけ大きくハァっとため息をついてから口を開いた。


「もういいわ。あたしが好きになったリョウっていうのは、そもそもだってことは、薄々は分かってたんだから」


「え?」


 ハトが豆鉄砲をくらった、という表情をしてるんだろうなと自分でも思っている俺に対して、アイナは呆れたような顔になって言葉を続ける。


「誰に対しても優しいし、誰に対しても本気で心配して、本気で向き合って、本気で一緒に解決しようとしてくれる人だってこと」


「いや、それは……」


 咄嗟に何か答えようとした俺の言葉を遮って、アイナは話を続ける。


「だからね、助けようとした相手も本気でリョウのことを好きになっちゃうし、そうしたらリョウも本気で応えちゃうんでしょ。分かるわよ」


 そして、精霊魔法を唱えて俺の頬の傷を癒やす。


「すまん」


 謝礼とも謝罪ともつかない言葉しか口にできなかった俺に、アイナはにっこりとほほえみかけて言った。


「さ、イリスの所に戻ろ。これからのことを話し合わなくっちゃね」


 そうして個室の前まで戻ると、イリスの声が聞こえる。これは独り言というよりは、部屋に残された三匹のスライムを相手に話しかけてるっぽいな。


「……あ、リョウ、アイナ!」


 扉を開けると、イリスが机の上のスーラたちに向けていた顔をこちらに向けて跳ね上げる。


「ごめんね、イリス。ちょっと感情的になっちゃった」


 謝るアイナに、イリスは首を横に振りながら答える。


「いや、当然だよ。同じ立場だったら、きっとボクだって同じように反応したさ」


 それに対して、アイナは自分の椅子に腰掛けながら反論する。


「イリスなら違うと思うわ。だって、イリスはリョウと同じで男が複数の妻を持つことが当然の文化で育っているんだもの」


 だが、イリスは再び首を横に振って言った。


「だからって、納得できるかどうかは別の問題だよ」


「そういうものなの?」


 不思議そうな顔になったアイナに対して、イリスは苦笑いを浮かべながら答える。


「そうさ。だけど、割切るしかないんだ、だって……」


「「それでも好きになっちゃったんだから」」


 二人の声がきれいにハモった。


 そして、はじけたように二人で笑い出す。


 何か二人の世界を作られてしまったので話しかけられずにいると、ひとしきり笑ったあとで再び俺を無視して二人で話を進め出す。


「あたしが一号って所は譲らないわよ」


「そこはOKだよ。でも、それ以外は対等ってことでいいかな?」


「ええ。正々堂々、公明正大に行きましょ」


「了解」


 何となくポリポリと頬をかきながら二人のやり取りを見ていた俺だったが、ようやっと口を挟めそうなタイミングが見つかったので、問いかける。


「いいんだな、二人とも?」


「ええ」

「ああ」


 うなずく二人だったが、それに続けて口をそろえて、きれいにハモって言った。


「「そのかわり、きちんと二人とも愛してね」」


「もちろんだ」


 うなずくと、俺はまずアイナにキスをして、続けてイリスにもキスをした。これからは、こうやって何事につけても対等平等に扱っていかないとな。


「「それじゃ、この席のお代はよろしく!」」


 これまたきれいにハモりながら言って、ルージュとウインドを連れて出ていくアイナとイリス。


 やれやれと肩をすくめて伝票を取った俺の頭の上に、スーラがぴょこんと飛び乗ってきた。


「お、スーラ、どうした?」


 聞いた俺に、スーラからあるイメージが送られてきた。お、感情とか気持ちを伝えてくることは結構あるけど、ここまで明確なイメージが送られてきたのは初めてだな。これは……イリスの顔? もしかして、さっき俺たちが出ていったあとに残ったイリスがスーラたちに話しかけていたときの様子なのか?


 スーラの視点なのだろうか、イリスがこちらを真っ直ぐに見つめながら口をひらいた。


「ねえ、スーラ。ボクは君のご主人様も好きだけど、アイナも嫌いになりたくはないんだ。いい友達だからね。だから、今はアイナに譲るんだよ」


 そこで一度口を閉じたイリスだったが、手を伸ばすとスーラの体を抱き上げたらしい。イリスの顔が近づいてアップになる。そしてイリスは、口の端に軽く笑みを浮かべながら、こう言った。


「だけど、君のご主人様にはこう伝えておいて欲しいな。『ボクは決して都合の良い女になる気は無いよ』ってね」


 そして赤い唇に浮かべた笑みが、今まで見たことも無いほど妖艶だったので、俺は背筋にゾクッとくるものを感じながら、思わずつぶやいていた。


「そんな女じゃないと思ったから、俺も好きになったのさ」


 そして、メッセンジャーの大役を果たしたスーラを撫でてやりながら、二人の後を追ったのだった。


~~~~


 これで第3章は終了です。本来は6月末には投稿する予定が、リアルでの引っ越しに伴う生活環境の激変によって遅くなったことをお詫びいたします。ある程度生活スケジュールが整ってきたので、第4章については第3章ほどはお待たせしないで済むかなと思います。


 この章は、生活のことだけでなく、内容的にも難産でした。ただ、私がハーレムものを書くにあたって、絶対に書きたかったシーンは今章最終回で書くことができました。


 そのシーンは「ハーレムを作ろうとした主人公がメインヒロインに怒りの右ストレートを喰らう」です(笑)。この作品を書くにあたって、絶対に需要は無いだろうけど、自分的にはこのシーンは絶対に欠かせないし、書きたいシーンでした。需要が無いどころか、これでブックマークとか削れるかもしれません。


 でも、これは私が今までハーレムものを結構読んできて一度も見たことが無いけど、絶対にこれが無いのはおかしいだろうってシーンなんですよ。


 まず間違い無く「ハーレムものが好き」な層には要らないシーンだと思います。モテモテ主人公がハーレム作ると言っても従順なヒロインたち。それが需要なんでしょう。でも、私にはそんなヒロインって全然魅力的じゃないんですよ。


 だから、私のメインヒロインはハーレムを許容はしても、その前に主人公に右ストレートと平手打ちを叩き込みますし、サブヒロインはメインヒロインを立てつつも「(主人公にとって)都合の良い女にはならない」と宣言します。


 きっと、これからメンバーが増えるたびに、また色々とやらかしてくれるでしょう。そのシーンは、既に私の頭の中にあります。


 この、私的には魅力的な、しかしWeb小説の需要からすると一風変わったヒロインたちと主人公を、これからもどうぞよろしくお願いいたします。


追記


 誠に申し訳ございませんが、家族が長期治療を必要とする重病に罹患したため、執筆を継続する精神的及び時間的な余裕が無くなりました。このため、本話までで連載を中断させていただきます。いつか、続きが書ける状態になったら再開したいとは思っておりますが、いつになるかは現時点では全く分かりません。

 続きを楽しみにされていた皆様には誠に申し訳ございませんでしたが、何とぞご了承ください。

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スライム・ハーレム 結城藍人 @aito-yu-ki

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