第54話 嵐を呼ぶ女
「何だって!?」
俺が思わず叫んだとき、キャシーがキッと塔の方角を睨むと弓に矢をつがえてスキルを発動した。
「必中貫通、『ダイレクトショット』!」
放たれた矢は、城壁を越えてきた一羽のヒュージガルーダを見事に射貫くと、そのまま背後を飛んでいた二羽目の翼も貫いた。二羽ともたまらずに城壁の内側の地面に落ちていき、そのまま墜死する。
一射で二羽を射落としたキャシーだが、厳しい表情のままで言う。
「本当にモンスターが城壁の内側まで入ってきていますわ。ここで食い止めないと市民に被害が出ますわよ!」
「領軍はまだか!?」
「もう来るはずだが……布陣にはもう少し時間が必要だ」
俺の問いにマイケルが答えるが、確かに城壁に登ってきたところで、それですぐ戦闘開始とはいかないのが軍隊だ。まず陣形を組まないと話にならない。
「何とか時間を稼がないと。レインボゥ、こっちに来い!」
城壁の外で戦っていたレインボゥを城壁の上に呼び寄せるが、いくら無双できると言ってもレインボゥ単体では膨大な数のヒュージガルーダを防ぎ切れない!
「『プラズマブラスト』!」
クミコが強力な熱線を放射する攻撃魔法を放ってヒュージガルーダをなぎ払う。
「『アローレイン』!」
今度は、対多攻撃用のスキルを発動したキャシーが
「『真空斬』!」
遠距離攻撃スキルを使ってイリスが放った一撃で一羽のヒュージガルーダが真っ二つになる。
だが、絶対的に相手の数が多い。このままでは……
「火のエレメンタルよ、この街を守って! 『ファイヤーバリアー』!」
そのとき、アイナが今まで見たことのない精霊魔法を使った。城壁の上に炎の壁が立ち上がる。クミコが以前につかった「ファイヤーウォール」に似ているが、もっと広範囲で高さもある。
「ヒュージガルーダは鳥系のモンスターだから、本能に従って火を恐れるわ。これで少しなら時間を稼げると思うけど、あたしのMPだと長くもたせられないわよ」
「おお、さすがエレメンタラー! おい、この間に領軍を展開させるんだ!!」
「わ、分かった!」
ちょうど階段から領軍の弓兵たちが姿を現したので、マイケルが指揮をとって陣形を整えさせる。
「六時間……いや、四時間持ちこたえれば、その間に行軍時の野営陣地設営用の移動式結界魔道具を設置して、崩れた対モンスター結界の応急処置はできるはずだ」
マイケルが見通しを伝えてくる。四時間の連続戦闘か……かなりキツいが、領軍も予備兵力と交代しながらなら、何とか持久できそうではあるな。
「分かった。領軍が持久できるように俺たちも手伝おう」
マイケルに答えてから、俺は仲間たちに自分たちの作戦を伝える。
「俺たちは、領軍が討ち漏らしたヒュージガルーダを倒していこう」
「基本的には賛成だね。だけど、その前にひとつやりたいことがあるんだ」
イリスはうなずきながらも、追加の提案をしてきた。
「何だ?」
「レインボゥを、ウインドを中心にスクランブル合体させて、エアロビッグスライムにして欲しいんだ」
「? 別にいいけど、何をするんだ?」
「前に試しに合体してみたときのエアロビッグスライムの最強攻撃技は、大きな竜巻を発生させる『トルネードキャノン』だったろう? 攻撃範囲が広いし、空を飛ぶモンスターへの攻撃力は高いから、風属性への耐性があるヒュージガルーダにも効くはずだ。あれで先制攻撃して、少しでも数を削っておいたら、さらに持久できるだろうと思ってね」
それを聞いて俺は手を打って賛同した。
「なるほどな! レインボゥのMPは空っぽになっちまうが、MP回復ポーションはあるから、俺たちがヒュージガルーダを倒している間にウェルチにレインボゥのMPを回復してもらえば、あとで二発目も撃てるようになるし」
「回復は任せるですぅ!」
ウェルチもMP回復ポーションを何本かインベントリから取り出して準備万端だ。一本じゃあ足りないだろうしな。
「よし、レインボゥ、スクランブル合体だ!」
ふにょん! 俺の命令に大きくひとつうごめいたレインボゥが、さっそく分離してウインドを中心に再合体する。
「ごめん、あたしのMPも限界が近いわ。ファイヤーバリアーはあと少ししか持たないから、そろそろ『トルネードキャノン』のチャージを始めて!」
アイナが叫ぶ。そうだな、レインボゥの最強攻撃は発射までのチャージ時間が必要だから、早く開始した方がいい。
「よし、それじゃあ『トルネードキャノン』を……って、何じゃこりゃあ!?」
念のため
「『トルネードキャノン』が無い……それに、この『ストームブリンガーキャノン』とは一体?」
クミコも困惑した声でつぶやいている。
「たぶん、スキルがパワーアップしたんだろうね……ボクの気持ちが変わったから」
「「えっ?」」
前半はハッキリと言っていたイリスの声だったが、後ろの方はつぶやくように小さくなっている。だが、その内容がしっかりと聞こえていた俺とアイナは思わずハモってしまった。
「とにかく、撃ってみるでござるよ!」
「時間が無い」
オリエとカチュアが急かす。確かに今は何が起きたかを検証している場合じゃない。
「そ、そうだな。レインボゥ、やれっ!!」
ふにょん!
大きくうごめいたレインボゥの前が大きくへこむと、そこに緑色の光の粒子が集まりだす。このあたりはトルネードキャノンと大きな差は無さそうだ。
その間にも、俺たちの前方にある城壁際では領軍の弓兵隊や魔術師部隊が陣形を整え終えつつある。これならファイヤーバリアーが消えてレインボゥが攻撃したあと、すぐに防衛戦闘を開始できるだろう。
フィーンフィーンフィーンフィーン……
コンプリートビッグキャノンのときよりも更に甲高い音とともにウェイトゲージが溜まっていき、レインボゥの先端の凹みの中に緑の光球が形作られていく。
「ファイヤーバリアー、切れるわよ!」
アイナが警告した。だが、そのときにちょうどウェイトゲージが溜まり切る!
次の瞬間、俺たちは心をひとつにして叫んだ!!
「「「「「「「「放て、『ストームブリンガーキャノン』!!」」」」」」」」
レインボゥの前方の凹みから、緑の光球が放たれる。ブラックホールキャノンのときと同じように、それは高速で前方に飛びだしていくが、城壁を越えてもヒュージガルーダに直接当たりはせずに、そのまま遥か前方まで飛んでいってしまう。
「あ、あれ? トルネードキャノンのときは、レインボゥの前の凹みから直接竜巻が吹き出して相手を吹き飛ばして砕いたよな?」
困惑した俺が誰にともなく尋ねたとき、それは起こった。
キィーン!
何となく小さいが甲高い音が聞こえる。いや、違う! これは……
「耳鳴り?」
カチュアが不審そうにつぶやく。
「カチュアもか?」
「え、リョウも? あたしも耳鳴りがするんだけど」
アイナも耳に手を当てながら言ってくる。
「ボクも耳鳴りがするよ」
「わたしもですぅ」
「拙者もでござる」
「あたくしもですわ」
みんな耳鳴りがするとはどういうことだ? と思ったときに、ひとりで考え込んでいたクミコがボソっと言った。
「気圧が急激に下がっているのだ……」
「「「「「「「え?」」」」」」」
俺たちの疑問の声に、クミコは手に持った杖で緑の光球を指して口を開く。
「見よ、あの『ストームブリンガーキャノン』の光球を中心にして、急激に気圧が下がり、風が吹き始めているのだ……」
見ると、光球の周囲を飛んでいるヒュージガルーダが風にあおられるような感じでよろめいている。
俺たちの周囲でも、軽い風が吹き始めた。背後から、あの光球に向かって、ゆるやかな風が俺たちの頬をなでていく。
「風は気圧の高い所から低い所に向かって吹くんだったね」
確認するように言ったイリスに、うなずきながらクミコが答える。
「いかにも。そして、気圧の差が大きいほど風は強くなる。台風の中心の気圧はもの凄く低い。あの光球の周囲の気圧は、今も急激に下がり続けている。恐らく九百ヘクトパスカル……もとい九百ミリバァル以下……それこそ、超大型で猛烈な強さの台風の中心よりも低くなっているはずだ……」
ミリバァルってのは気圧の強さの単位だったな。確か嵐の神バァルが由来だったはずだが、ヘクトパスカルって単位は聞いたことないぞ。昔の単位だろうか?
とか思っているうちに、俺たちの周囲の風もどんどん強くなってきていた。
「みんな、伏せろ!」
俺は叫ぶと、自分も城壁の上に伏せる。仲間たちも風に飛ばされないように体勢を低くする。風属性攻撃が無効なレインボゥだけは平然とぷるぷるしてるけどな。
マイケルや領軍の兵士たちもその場で伏せる。
そんな俺たちの上を、結構な強さの風が通り過ぎていく。このあたりの風は、かなり強いが、街の建物や城壁を破壊するほどじゃない。城壁の上に立っていた旗竿はミシミシと音を立てて歪んでるし、上がっていた旗の中には紐が切れて飛ばされてるのもあるけどな。
だが、城壁の外のヒュージガルーダたちの周囲は、それじゃあ済まなかった。
凄まじい暴風に、羽根をむしられたり、翼を折られたり、互いに接触したりして飛行不能になったヒュージガルーダが落ちていく。
「正に『
クミコが、感心したとも呆れたともつかないような声でつぶやいている。
ゴオォ、ゴオォ……
風がこんな轟音を立てているなんて、初めて聞いたぜ。城壁の外のかなり広範囲の部分が緑の光球を中心にして猛烈に渦巻く暴風に巻き込まれている。無事に飛んでいるヒュージガルーダは一羽もいない。すべてが風に巻き込まれて、中心付近に吸い寄せられては、飛行不能になって落ちるか、猛烈な風に引き裂かれて魔素に戻って消えていく。
どれだけの時間がたったんだろうか? 凄く長かったようにも、短かったようにも思えるのだが、いつの間にか飛んでいるヒュージガルーダは、まったくいなくなっていた。そして、緑の光球が徐々に光を弱めるのに合わせるように、風も弱くなっていく。やがて、光が消えるのと同時に風も完全にやむ。
立ち上がって城壁際まで行って外を見下ろすが、地上にもヒュージガルーダは一羽も残っていない。落ちたやつも全部落下の衝撃で死んで魔素になって消えたようだ。
と、そんなことを確認していたら、俺は久しぶりに自分やレインボゥがレベルアップしたのを感じる。ヒュージガルーダは一羽あたりの経験値はそんなに高くないけど、あの数を倒しゃあ、そりゃレベルアップするよな。
「何だか、一気にすごくレベルアップしたんだけどね」
イリスが苦笑しながら言う。あ、イリスはレベル一に戻ってたんでレベルアップに必要な経験値が少なくて済んでるんだ。
「ともかくも、これでメイガスの陰謀は防げたな。TAIとしての役割は果たせただろう」
俺が言うと、みんなもうなずく。そこへマイケルがやって来た。
「モーガン家の一員として礼を言おう。ありがとう、君たちのお陰で我が町は助かった」
「いや、これも俺たちの仕事だからな。ただ、お前さんには帝都のTAI本部まで付きあってもらう必要があるんだが……」
俺が言うと、マイケルも顔を引き締めて答える。
「分かっている。知らなかったとはいえ帝国の敵に協力してしまったのだからな。メイガスに何を言われて、どんな協力をしたのか、すべて報告しよう」
「あんたが騙されてたってことは、俺やイリスも証言するから、厳罰にはならないと思うぞ」
俺が言うと、イリスもうなずきながら続ける。
「ああ、個人的にはいろいろと思うことはあるけど、それで元の同級生を悪く言うつもりは無いよ」
そして、俺の左腕に抱きついて寄り添ってくる。そう、俺たちはこいつの前では「婚約者」の芝居中なんだよな。だけど……
「元の同級生か……」
その言葉の意味が分かったのか、マイケルも少しほろ苦い顔になる。
「ほら、見せつけてないで行きましょう!」
そう言いながらアイナが、マイケルに見えないように鎧の後ろの隙間から器用に俺の脇腹をつねってきたので、俺はみんなを集めるとテレポートの魔法を使って帝都に飛んだのだった。
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