「毒にも薬にもならない」

「婿入りしてくれますか?」

 息子が突き付けられた条件は、何とも信じがたい物だった。

 せっかくあらゆる意味で理想的な見合い相手から突き付けられた唯一無二の条件が、私たちにはあまりにも重い物だったからだ。

「どうしたんですか?」

「いやその、あれでしょ?お残しは許しまへんでーとかって」

「はあ?なんですかそれ」

「わかりました、正式にお断りいたします」


 そしてためらった所に続いた向こうからのその一言をきっかけに、見合いは破談となった。

 せっかくご大層に着物まで来て場を設けたと言うのに、もう少しで決まるはずだったのに。


「どうしてこうなったの?」

「わからん……」

 主人も私も、大層この見合いに気合を込めていたのに。


 私たちは誰よりも真面目に子育てをして来たつもりだった。

 何せ一粒種である。御家の跡取りとして、決して甘やかさずに育てた。

 人並みにやんちゃ坊主だった時もあるが、途中からはとてもおとなしく真面目な子になっていた。

 その甲斐あって大企業に就職し、三十路前にして年収も八百万まで持って来た。文字通りの勝ち組であり、後は妻をもらうだけのはずだった。


「父さん、母さん……」

「お前が悪いんじゃないよ」

「いや気晴らしに何か食べようよ」

「お前が好きなものでいいわ」


 落ち込む私たちをすぐさま慰めてくれるほどには出来た息子により、私たちは牛丼屋に入れられた。めったに食べない代物の味になぜか舌鼓を打ってしまう。



 決してぜいたくをしないように、教えたはずなのに。

 時間もお金も、無駄にしないように教えたはずなのに。

 すべてが血となり肉となるのだから、何でも食べるように教えたはずなのに。

 そして、決して親が言うからではなく、自分の意志でそうできるようにしたつもりだし、実際成功したのに。

 一体何が悪いと言うのか。

「で、仕事の方は」

「今度、支社長になる。しばらくは日本には帰って来られない」

「おおそうか!」

「現地の人と、仲良くしようと思う。あるいはそこで、見つけるかもしれない」

 これほどまでに、立派なのに。


 どうして誰も、寄り付こうとしないのか。




 こんな息子に。


 必死になって箸の使い方からズボンの上げ下ろしまで教え、身に付けたはずの息子に。


 なぜ皆、いい加減なのだろうか。

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