不穏の春

巡里恩琉

第1話 慶応三年十一月十九日 油小路七条辻

 次第に明るくなる辻道には死体が四つばかりあった。誰だったかまだ分かる比較的綺麗な物が二つ、滅多斬りにされ判別付けにくい物が二つ。その他に大きな宍はなく、打ち捨てられた羽織や裂けた端切れ、欠けた金属片が幾つもあるばかりだった。他にいた筈の四人程は如何にか何処へか逃げ失せたらしい。辺りは激しい剣戟があった事を明らかに、至る所が赤黒く汚れていた。

 辺りと共にさっさと立ち去ればいいのに、俺は根が生えたように立ち尽くしていた。人を斬るのは初めてではない。不逞浪士も同志も此れ迄に何人も斬り伏せてきた。だと言うのにその光景は妙に鮮烈で、寄せられるように僅か歩むと膝をついた。

「……へいすけ」

 舌の足りない、恐ろしく幼い声が零れた。喉が酷く強張っていた。悴むような指先で転がる遺体の内、最も小柄な物に触れる。額から鼻に掛けて七寸ほどある刀創は存外深く、力ない紅い液体が薄く広がり、淵から既に乾き始めていた。同い年なのに幾つも幼く見える肢体に靭やかさは既になく、凍てつくような外気に仄かな熱すら失われ、如何見ても疾うに事切れている。勇ましい迄の表情に酷い苦痛がない事がせめてもの救いだろうか。

「へいすけ」

 江戸を発つ以前より交友のあった同年の実力者。浪士組生え抜きの同志。数少ない対等。その癖、平助は己の体格故に間合いが一歩劣るからと、魁たろうとした。其れを自ら良しとする隊内きっての盛なる壮士だった。凝縮させた力を身の内に漲らせて、酷く目を惹く男だった。

 近藤さんはあんたをまだ若いから、有為の財だから、出来るだけ生かしたい様な事を言っていたのに、刀を見なくても立ち回りの激しさが解る、あまりにも平助らしい死に様だった。でも、あれで敏い男だったから、屹度この結末まで予測済みだったのだろう。

「へい、すけ」

 許せなんて言わない、どうか頼まれてくれ。年の割に幼さを残す貌をぎりぎり引き絞って、酷く真面目な声で懇願したのを思い出す。空ろな瞳が淀んだ硝子球の態で洞と暗んだ。山梔子と為って尚うつくしい男との永劫の境だった

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不穏の春 巡里恩琉 @kanataazuma

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