ちょっとだけオレの話

 就職して一週間が経過し オレはイルカ担当チームの湾内と言う場所に配属された

 この水族館は東京ドーム一個分程の敷地面積があり海岸に造られ 入江を利用しての飼育をしている為 他の水族館では見られないような生き生きとしたイルカが見られるのが特徴だ

 そんな湾内では チャンプ ミカン サン ボーロ ヨシオ ウェーブ キンメ ブウと言う名の8頭のイルカを飼育していた

 名前の由来は 大昔の飼育課長がボクシング好きでそこから来たり公募で募ったり地元名産の魚だったり○ラゴンボールの悪役から取ったりしたらしい

 中々の適当さ加減がまた素晴らしいと思う そう 名前にセンスなんていらないのだ

 チャンプはオキゴンドウと言う種類で頭が丸く全身真っ黒 8頭の中でも体が一番大きい 体長は4m程

 どんな感じの生き物なのかと一言で言えば 「ぬらり」としている

 ドス黒くデカイ図体のくせに愛嬌のある小さな目をしており 全体的に見るとでっかいウナギに見えなくも……いや ないな

 でもこの湾内の群れを纏め上げるリーダー的存在らしい

 その他7頭はバンドウイルカ 誰もが知ってる種類で 体色は薄い灰色 口先が尖っており チャンプよりも一回り小さくこれぞイルカ!と言うイルカ達だ


「あそこで二頭寄り添って泳いでるのが サンとボーロで あっちにいる手前がミカン 奥にヨシオだな」

「アカメさん よく分かりますね イルカ達まで20mぐらい離れてるのに」

「そうそう ほんますごいと思うわー」

「町井君もオオ君も各イルカの背鰭の特徴まだ覚えてないの?」

「いやー大体は覚えてるんですけどね 水面から呼吸の為に出てくる その一瞬で個体識別するの難しいんですよ」

「そやなー チャンプ以外をあの一瞬で見分けるなんて中々の技っすわー」

「まぁ 俺も入ったばかりの頃は全然覚えられなかったけどね 毎日接していれば次第に覚えてくるさ」

 繰り返す白波とザザザーっと響く波音が懐かしくも心地良い

 入江には長さ10m程の砂浜があり 小さな海岸が出来上がっていてその砂浜を見下ろす形で木製の柵が取り付けられている

 その柵に三人が寄りかかるように両肘を突き 入江を見つめての会話だ

 中央で話すアカメさんは就職4年目の先輩で湾内担当 四国出身で大阪の専門学校を卒業後ここで働いていると言う ここS県が関東にあるせいか関西弁は出なくなったらしい

 その左隣りで話す関西弁は これまた湾内担当で同期のオオアリクイ

 見るからにイケメンで 女の子なんかがホイホイ寄って来そうな顔付きだった


「だった」とは 過去での出来事 もう見る事の無い顔だったと言う意味だ


 人間は生物学上「ヒト」と言う 所謂動物でありサル目ヒト科ヒト属である

 だが オレは人間を知らない ヒトの顔を認識出来ないのだ

 詳しく言えば 一度見たら最後 次の瞬間には別の生き物に成り代わっているのである

 例えば横で話しているアカメさんは ヒトの時には色黒で夏が似合いそうな顔だったが 今はアカメアマガエルと言うカエルの種類で大きな目が赤いのが特徴的 手なんか何処にでもくっ付きそうな粘着性がある

 その横の元イケメン ヒトの時には鼻が高く二重の凛々しい目付きをしていたが 今じゃオオアリクイが水族館の制服を着て長い舌をベロベロさせながらアカメさんと世間話に花を咲かせている

 体格はその人間に合わせた背格好なのだが 顔や体は生活環境や生きてきた軌跡、性格等々を模しているのか その人物に似た動物に成るのだ

 何故こうなるのか未だに理由は分からず このまま生きてきて20年 自我が目覚める前から持ち合わせている特異体質で 別段困る様な事は特になかったと思いたいのだが 改めて思い返してみるとまあまあ不便な事に気が付いた

 小学生の頃 両親の絵を描いてこいと言われ クロオオアリとカスミサンショウウオを丁寧に描いていったら担任の先生に相当怒られて さらには親に病院へ連れて行かれた事もあったっけ 上手く描けていたのに悔しかった思いがある

 それに TVを見ても動物だらけ 芸能人の顔だって誰一人として覚えていないので「昨日のドラマの子役すっごい可愛かったね!」とか「あの映画の主役 めっちゃイケメンじゃね?」とか言われても全くピンと来ない でも黒いサングラスをしたモグラが出てたお昼の番組は好きだった

 そして彼女が出来ない いままでずっとだ これから先も恐らくずっとそうだと思う いや 出来ないわけじゃなく 作らない と言う言い方が正解か

 この特異体質を誰からも理解されず認められずに生きてきたせいか 自分が普通で他がおかしいんじゃないのか?なんて思いもあるけどもやはり他の人とは違う様だ

 そこでオレは自分の事を 通常と異常の堺に存在するものだと考えている ある意味で唯一無二 ある意味で変人だ

 そんな訳の分からない男が 女を幸せに出来るはずもない

 でもただ普通に恋だってしたいし 普通の幸せを噛みしめたいとも思う反面 そんなものないものねだりでしかないと考えてみるけども やっぱり欲しいし でも このオレを分かってくれる人なんて一生出会う事なんかないだろう……とそんな葛藤をしている場合じゃないのだ 今は新たに人生の船を漕ぎだしたばかり 新しい発見と未知なる可能性が待っているじゃないか そうだ 確かな明日が待っている!

 と自分に言い聞かせて現実逃避の終幕に至る

 兎にも角にも 全てのヒトが動物に見えてしまう事が重要では無く 目の前の仕事が今のやるべき事 それをこなして一人前のイルカトレーナーになる事がオレの夢の続きなのだ


「一応 イルカ達の背鰭や顔付きの写真は取ってあるからさ それ見てゆっくり覚えていってよ 因みにここからの距離で見分けるには二ヶ月は掛かるんじゃないかな」

 アカメさんは微笑み混じりの真剣な赤い眼差しでギョロリと入江を見つめる

「まじっすか 先は長いなぁ」

 オオ君が得意の舌をペロリと出すとアカメさんがうちら二人に向かい直してこう言い放つ

「まぁ 気長に行こうよ 新人達!でも湾内だけじゃなくうちの施設に飼育してるカマイルカ3頭とアシカ5頭アザラシ6頭ラッコ2頭も覚えてもらうからねぇ〜!(笑)」

「ぎゃーーーー無理だーーーー!!!(二人)」


と こうして新入社員の大して忙しくも無いが大変な一日が終わるのであった

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