アクアキーパー!

cell

期待を胸に

「何があろうと この一戦で勝負な」

「かかってこいやー!せーのっ!じゃんけんぽんっ!!」

 柴犬がパーを出した 手のひらの肉球が薄ピンク色で中々可愛い

 オレは若干遅れてチョキを出す

「まてまて!!それ後出しだろ!!」

 柴犬の荒い言葉にニヤリと笑う

「何があろうと でしょ?」


 就職先が地方のS県S市の水族館に内定し 動物の専門学校を卒業

 この柴犬と共に同じ職場で 社会人一年生を迎える事になるとは思ってもいなかった

 専門時代じゃ 気が付けばいつもオレの横にいたし

 ケンカもよくしていたので仲が良いのか悪いのか問い質したい気分だ


 そんなじゃんけんは 就職一週間前 不動産屋での出来事

 アパートのトイレが和式か洋式かでの大勝負

 就職してずっと住む場所 だからこそだ

 お前日本犬なんだから和式選べよ 全くめんどくさいなぁと思いつつ

 勝ったオレは洋式トイレ有りの契約書へ早々に判子を押した

「てめぇー!やりやがったなぁー!!」

 柴犬は怒った口調で犬歯を剥き出し フンフンと割と短い鼻を鳴らした

 まぁまぁ 吠えるな吠えるな

「落ち着けって 勝負の世界は厳しいんだよ 後で飯奢ってやるからさー いつもの事じゃーん?」

「それと柴さー 飯食ったら水族館に挨拶しに行こうぜ」


「いらっしゃいませ!当館は海棲哺乳類をはじめ この地域に棲息する数多くの魚類の飼育もしており 300種2000匹の生物をご覧になる事が出来る 地域に根差した水族館です 入館料は1800円になります!」

 笑顔で話すのは エントランスの受付嬢

 長い黒髪が綺麗な可愛いメガネっ娘だ

 この言葉だけで心踊ったが 残念ながらオレはお客じゃない

「あ 違います違います お客さんじゃないんです」

 後ろから柴犬のぱたぱたと小走りで歩く音がする

「え?あぁ 業者の方でしたら 裏手の事務所の方へ……」

 メガネを掛けたベニイロフラミンゴは丁寧に言うが 話の途中でオレは口を開く

「オレ 来週からここで働かせて頂く事になった町井亮太と言います よろしくお願いします!」


 ここに立っているのは夢が叶ったから

 憧れの職業 水族館飼育員

 小さい頃から生き物が好きで 見る事も触る事もアリの巣爆破もカエル爆竹も何でもやってきた

 映画やテレビで良く見かけたイルカが特に好きだった あの流線型が素晴らしい 爆破はしないけどね

 愛読書はシートン動物記にファーブル昆虫記生き物図鑑も溢れる程持っている

 話せない相手だからこそ 動物達が思っている事を理解したい そして その生命に触れていたいと思っていた

 そんな「好き」が仕事で出来るなんて夢の中にでもいるかの様で

 この人生の先にある 大きな希望と小さな不安が オレの心を仄かに光り輝かせていた

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