第2話 教室と違和感

「えーであるからにして,ゆえに豊臣秀吉はえー」


 歴史の小川先生の声がお経のように教室に響き続けていた。傾き始めた太陽は,教室に光を指し,外からは体操の号令がほのかに聞こえる。クラスメートは,ノートを取るもの,肘を立てながらダルそうに聞くもの,うとうとと船をこぐもの,寝るもの――,それぞれ30人が思い思いの行動を取っていた。


 篤川晴人はそんな中,険しい目つきで座っていた。


(何かが変だな……)


 違和感を感じていた。この違和感はなんなのか,まだ彼の中でも説明することはできない,もやもや感だ。

 晴人は隣に座る――船を漕いでいる友人,智也に小声で声をかける。


「智也」

「……」


 返事はない。晴人はペン先で突っつく。すると,智也がびくんと跳ね起きて,大声を出した。


「いや! 寝てませんよ!」


 ぎょっとしたようにクラスメートと先生の視線が智也に集まる。

 小川先生は呆れたように言った。


「はぁ,君たちも二学期に入って高校もなれてきた頃だと思いますがね……。

 起きているだけじゃ小学生でもできますよ,高校生らしい勉強を期待しますね」


 くすくすと笑うクラスメートたち。晴人も思わず笑ってしまう。智也は気恥ずかしそうに答える。


「……はい」

「はい,それでは再開しますよ。えーであるからして安土桃山時代は――」


 チョークのコツコツという音ともに,授業は続いていく。

 智也は納得の行かない表情で晴人を睨み,静かに文句を言った。


「んだよ,晴人。人が気持ちよく過ごしているときに」

「わるいわるい」

 晴人はテキトーに謝りつつも,笑ってしまう。しかし,すぐに神妙な顔に戻って言った。


「そんなことより何か違和感を感じないか?」

「そんなことよりかよ,俺は盛大に恥を書いたわ――違和感? 違和感ってなんの?」

 ケロッとしたような顔で聞き返す智也。

「何かいつもと違うような,何ていうんだろう」

「それじゃわかんねえよ,俺は何時も通りだと思うけどな」

 そう言って智也はだるそうに肘で頭を支えて授業を聞き始めた。


 智也は何も感じていないようだった。晴人はうーん,と唸る。

(この何というか,いつもと違う感じがするんだよなぁ)


 教室を見渡す。

(何時も通りだよなぁ)


 ふと校庭の方を眺めた。校庭には準備運動を終え,生徒たちはハードルを飛び始めていた。中央にはトラックが書かれており,端っこにサッカーゴールが倒されて2つ置かれている。その脇には用具入れの倉庫があり,その奥には外部活棟だ。


 校庭を眺めていると,少し校庭の外れを黒い影が走り抜けるのが見えたような気がした。


(ん? なんだ?)

 その影はもう後もなく,何時も通りの校庭だった。


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少年はそして鬼になる 鹿子 @KanoYasu

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