少年はそして鬼になる

鹿子

第1話 森のなかで

 目の前には巨大な口と牙があった。人の頭がまるまる入ってしまわんとばかりに開かれた口には,唾液が滴り,その牙はあまりに鋭利だった。

 ハァハァ,と生臭い呼吸が鼻につく。唾液が獣の口から今か今かと溢れる。

 静かな森の中ではただ,その四足の獣の呼吸だけが響いていた。


 獣に相対して,少年は立っていた。切れた額からは血が流れ,左目は血に覆われている。

 しかし,肩を震わせながらも,その目は獣を捉えていた。


「来いよ化物,格の差ってもんを見せてやるよ」


 少年は化物に対して発した。拾った棒きれに力を込める。

 獣は少年を睨みつけつつも,周囲をうなりながらゆっくりと回っている。


「びびってんのかよ」


 少年はまた声を上げる。


「来いよ,化物ォ!」


 少年は怒鳴り上げた。

 その声に呼応するように,


「ブァァ!」


 獣の牙が少年に飛びかかった。

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