第3話 センセイと僕

センセイとの別れもまた唐突だった。

別に亡くなられた訳じゃあない。今でもあの人はテレビや雑誌の注目をほしいままにしている。

ただ、僕と一緒に住まなくなった、というだけのことだ。


その日は初めて僕が大きな賞を受賞した日のことだった。センセイの処へ来てから何度か季節の巡りを繰り返した頃だったろうか。

あれから僕は地道に作品を発表し続けた。最初はモチロン冷笑ばかりだったが次第に理解者も増えていった。けれど、賞というハッキリとしたカタチで成果が認められたのはこれが初めてだった。

その頃の僕はもう今のように自分の道を大分進むようになっていたけど、それでもやはり嬉しいものは嬉しかった。

高揚した気分のままに家に帰り、早速センセイに報告した。


「オヤ、これはメデタいことだね。実に素晴らしい、とうとうキミも独り立ちの時期がきたのだね」

「……エ?」

「うン?何を驚いているんだ、最初からそのように言っておいたろう?」


確かに彼は「僕が名を上げるまで」ここにいればいいと言っていた。それは僕も覚えている。しかし、こんなにアッサリと別れを告げられるものなのか。祝福を述べたその口で、舌の根も乾かぬ内に自立を言い渡す。僕には到底信じ難かった。

今から思えば当然のようにセンセイと共に居られると思っていた自分の厚顔さがただ愚かしいが、その時の僕は必死だったのだ。


余程悲愴な顔をしていたのだろう。センセイは呆れたように(あるいは困りきったように)息を短く吐くと、僕に向き直った。


「ワタシは本当は弟子の世話なんて得意じゃないンだけどね、初めて会ったときキミの才能は他ならぬキミ自身によって手折られようとしていた」

「それがワタシには我慢ならなかった。だからキミを弟子として迎えいれて、土壌を作った」

「けれど、ワタシがこれ以上キミの側にいるとキミは甘えが出るだろう。その甘えはキミの才能を腐らせてしまう」

ワタシはそれを望まない

そう真っ直ぐに視線を合わせて告げるセンセイは今までのどれよりも真剣な目をしていた。

僕はそこでようやく センセイがどれだけ自分を買っていてくれたのかを思い知ったのだ。

そしてそこまで言わせてしまったからにはここに居続けるわけにはいかない。

揺籠に包まれているのは心地が良いけれど、必ず巣立ちの時はやってくるのだ。


僕はその日の内にセンセイの家を出た。

その後すぐにセンセイは家を引き払ったと風の噂に聞いた。


それ以来センセイとは一度も会っていない。


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揺籃/あるいは若き旅立ち 高良 洲 @kakiflyjam

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