第2.5話 遠い人
センセイはおんな遊びこそ激しかったが、側に置く女中だけはいつも決まったものを選んでいた。特別美人というわけでもない。毎日馬鹿みたいに丁寧に野暮ったい黒髪を両側に振り分けて三つ編みにしている。笑顔も何もあったもんじゃない。事務的に最低限のことだけを口にする女中だ。ただし家事は驚くほどにできる。どこからともなく現れて、役目を終えるとまたどこかへ消える。いやそれが女中の仕事と言われて仕舞えばそれまでだけど。
センセイに一度問うてみたことがある。あの女中はセンセイの良い人なのかと。今思えば下世話極まりない質問だったが、幸いに彼はそんなことを気にするような質の人ではなかった。
「いや、あの女中自身に執着はないね」
確かそんな風な答えだった。
ではどうして女中だけは特定のものを選ぶのです、と続けて聞くと、センセイにしては珍しく自身の過去の話をしてくれた。
センセイがまだ子どもだった頃、彼は大変裕福な家庭で育ったのだという。
そこには当然のことながら大勢の女中が仕えていた。その中で彼の世話を主に担当していた女中にみね子という女性がいた。
みね子は女中たちの中では若い方で、いつも笑いながらセンセイの話し相手を務めていたという。学はなかったが、愛嬌は人一倍だったそうだ。
そのみね子が今の女中の元になっている、ということだった。しかし、みね子とその女中の共通点は三つ編みをしていたことと、その容姿しかないのだという。
「そのみね子さんを好いていたのですか」
「いや、奇特なおんなだとしか思わなかった」
自分が馬鹿にされていてもヘラヘラと笑いながら怒ったフリをする変なおんなだった。とセンセイは続ける。
「じゃなんであの女中は笑わないんです」
「ワタシにはあの笑い方がわからないからだよ」
その時のセンセイはすこし寂しそうな顔に見えた。
「なぜだろうね。みね子がずっと笑っていたことは覚えているのだが、どのように笑っていたかがワタシには少しも思い出せない」
みね子はセンセイが家を出る少し前に暇を貰ったそうだ。結婚が理由であったという。
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