第2話 センセイとおんな/おとこ
僕の芸術の対象はどちらかというと女性になることが多い。但し、僕の場合、絶対的な基準は性別ではなくウツクシさであるので、男性が対象となることだってざらにある。
それに対してセンセイの芸術の方向は女性のみである。センセイの作品は確かに女性に向けたものばかりであったし、かなり早い時期にセンセイ自身からもそう聞いていた。
彼は男性に食指が動かない、というよりは男性嫌いなのだ、というのがどうも正解らしい。
その細い手指がいつでも白い手袋に包まれていることも男性嫌いに起因するという。
「キミ、男なんてロクなもンじゃあないよ。ワタシは男なんて触りたくもないし、触られるのなんてもってのほかだ!キミもワタシにはゆめゆめ触れないでくれよ?」
とは彼自身の言である。
と言っても、彼が拒絶するのは接触のみであり、普通に話はするし、鑑賞の対象にだってなりうるらしい。
元々人嫌いの傾向のある人だからあまり公になっていないのだろう。とはお付きの女中の言だが、僕にはそれがひどくしっくりきた。
しかし、どうやら本当のところは違うらしい。
僕がそれに気づいたのはセンセイのところへ来て2度目の夏を迎えた頃だった。
その日は特に暑い日だった。画材を買い足すために街に出ていたのだが、あまりの暑さに耐え切れず、近くのカッフェで涼もうとあたりを見渡した。
そこで、ショーウィンドウの向こうにセンセイを見つけたのだ。向かいには当時センセイが贔屓にしていたモデル(名前は失念した)が座って談笑していたことを覚えている。
意外に思えるかもしれないが、センセイは女性あそびが激しい方だった。それも1人のおんなと付き合うのではなくあれこれととっかえて、懇意の相手は作らないのだ。深い関係になる相手を探している風でもなかった。徹頭徹尾あそびに終始していた。だから僕も一々名前を記憶していない。
さて、センセイである。女性と遊ぶのはよく見る光景であったから僕はそれほど驚かなかったし、なんなら交ぜてもらおうと思い立ってそちらへ近づいていった。
問題が起こったのはその直後だった。
おそらく給仕を呼ぼうとしたのだろう、センセイはおもむろに立ち上がり給仕の方へ片手をあげた。その時、後ろから歩いてきた男性が彼にぶつかったのだ。それほど勢いよくぶつかったわけではないと思う。精々肩と肩とが触れた程度だ。
けれどその瞬間、センセイの長身は糸が切れた人形のようにその場にくずおれた。当然いきなり人が倒れこんだのだからそのカッフェはざわざわと騒ぎになっていた。
僕もこれは由々しきことだと一目散にそこへ向かった。人をかき分けながら渦中へ向かうと、先ほど彼にぶつかったらしい男性と、顔を真っ赤にして横たわるセンセイ、その彼に心配そうに寄り添うモデルの女性、そしてどこから現れたのかセンセイを介抱しているいつもの女中だった。
「お、おれは何もしてないですよ…少しぶつかっただけで……なあ、あんたも見てたよな⁉︎」
男性は真っ青な顔で無実を訴えている。彼としては軽くぶつかっただけなのだからそうなるのも当然だろう。
「大丈夫ですよ、落ち着いてください。貴方に問題があるわけではありませんから」
慣れた様子で受け答えをしていた女中は群衆に僕の姿を認めると手伝ってほしいと告げてきた。意識を失っている成人男性を担ぐのは彼女一人では難しいだろうと進みでる。モデルの彼女には心配ないからと告げ、女中と二人家路についた。
僕はあまりこの女中と話したことはなかった。お互いに口数の多い方ではなかったし、僕の方が気配のしない彼女を苦手に思い避けていたのだ。それでも短くはない家路、そして意識の無いセンセイを抱えているとどうしても無言が気になってしまって僕の方からポツリポツリと話をした。
その時に話した内容はもう殆どを忘れてしまったが、センセイの男性嫌いの症状は幼少期のトラウマが原因なのだと聞かされたことだけは覚えている。
自室に寝かされたセンセイは程なくして意識を取り戻し、二日ほど静養するとまたいつものように仕事やおんなあそびに精を出すようになった。
静養していた二日の間、退屈だとぼやく彼の話し相手を務めたが、ついぞ彼の症状についての話は出なかった。
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