お話は、これでおしまい。

 俺がさっき話したのは、おまえたちのお母さんと――たぶん、お父さんの話だ。

 確かなことは言えないけど、そういうことなんじゃないかと思う。

 おまえたちのお母さんとお父さんは、俺が生と死の狭間の町に迷い込んで帰ってきたあと、何十年もして、同じように町をさまよってるお互いに出会ったんだ。

 そして……――。


 おまえたちを見つけたあと、俺は、この山の近くに引っ越して、この山小屋をちょくちょく手入れしながら、ここでおまえたちを育てた。


 うん。

 だから、その箱の中身は――……


 一応、何もわからないおまえたちの目に触れるのはどうなんだろうと思って、鍵付きの長持買ってきて、それに入れて隠しておいたんだ。

 ほら、鍵だよ。渡しておく。

 顔を見たければあとで見るといい。


 おまえたちは、見つけたときは……おまえのほうが大きかった。

 おまえは食べ物がなくても勝手に大きくなるもんな。でも、今は同じくらいに育った。

 おまえのほうは……肉を食べないといつまでも姿が変わらないから、本当の歳は俺にもはっきりとはわからないな。

 だけど、生者と死者との間にできた子どもを産めるのは一度きりだそうだから……おまえたちのお母さんとお父さんは生者と死者ではないけど、それでもその話が当てはまるとしたら――……おまえたちは、たぶん一緒に生まれた、双子だ。


 この歳で、毎日山に登り下りして、十年以上の子育て。

 よっぽどのことがなければ万一のことが起きる心配はないっていっても、けっこう大変だったぞ。

 でも、おまえたち、ほんとに大きくなったな。

 もう、俺がいなくても、おまえたちだけでもいろんなことができるよ。


 今日はな。

 おまえたちに、お別れを言いに来たんだ。


 いや、そりゃだって、俺ももう歳だから。平均寿命だって越えてるんだ。


 これだけ長く生きたし、やりたいことはだいたいやったし……それに、おまえたちにも会えたし。満足だよ。


 この栞、さ。

 おまえたちのお母さんは、栞のほどけた紐の端から死者の世界への道が伸びてるって言ったけど、その道は、今もまだあるのかな。

 その道、彼女の所に、つながってるかな。

 ――そうだといいなあと思って、この栞を、いつも肌身離さず持ってたんだ。

そうしてれば、向こうへ行ったとき、彼女に会えるような気がしてね。おまじない、だよ。


 ん……?


 ああ、うん。

 俺は元気だよ、いつも通り。


 けどな、その「いつも通り」が、少しずつだけど、日に日に弱まっていく感じだ。

 自分のこの体が、あとどのくらい持つかわからないが、なんとなく、もう長くはなさそうなんだ。

 だから、お別れ、言えるうちに言いに来たんだよ。

 ちょっと早いだろうなとは思ったけど、まあ、念のためだ。

 箱のこともあったし。

 おまえたち、いいタイミングで箱を見つけたもんだな。

 いや、どっちみち今日は箱のことを話すつもりで来たんだけどさ。

 この鍵を渡せないまま向こうに行くわけにはいかない、と思ってな。


 それに……。

 向こうに行ったら、もう、二度とおまえたちに会うことはないから。

 俺の行き着く先は死者の世界でも、おまえたちは、いずれあの町にたどり着いて、そこからどこへも行けない。

 だから、この世界でおまえたちとさよならしたら、それは本当に、永遠のさよならなんだ。


 じゃあ、念のためのお別れ、言っとくよ。


 さよなら。


 …………。




 明日から、俺はもう、山には来ない。

 最近、ここまで登ってくるのがつらくてな。この体で山歩きはそろそろ限界だ。


 ああ、いいよ。

 俺に会いに来たければ、好きにするといい。それはおまえたちの自由だ。


 これから先どうしようと、おまえたちの自由だよ。

 ずっとこの山小屋にこもっててもいいし、山から下りて外へ旅に出てもいい。

 ……そうか。そうだよな。

 止めやしないさ。

 おまえたちはもう大きくなったから、大丈夫だろう。でも、あんまり無茶はするな。


 おまえたちは、普通の人間とは違うから。

 生きても死んでもいないから。

 外に出れば、そのために、いろいろとつらい目に遭うかもしれない。

 苦しいことがあるかもしれない。


 でもな――。


 ドアと窓があって壁がない。

 壁があって入口がない。

 壁と入口があって屋根と床がない。

 そんな建物ばかりの町を一人さまようところを想像してほしい。


 おまえたちのお母さんとお父さんは、ずっと、そうやってさまよってたんだ。


 二人とも、ずっとずっと、本当に、孤独で寂しくてたまらなかったと思う。

 けど、やっと自分と同じ、生者の世界へも死者の世界へも去っていかない、永遠にあの町をさまよい続ける仲間とめぐり合ったんだ。

 二人はきっとうれしくて、迷いやすいあの町で離ればなれにならないように、また一人になってしまわないように、片時も離れず一緒にいるんじゃないかな。

 それに、あの町では声が届きにくいから、話をするにはうんと近くに寄らないといけない。

 そうなると……。

 きっと、そういう縁あって巡り合った二人なんだよ。

 お互いに同じその気持ちを抱いたって、仕方ないじゃないか。


 おまえたちが生まれるかもしれないこと、二人も、予想できなかったわけじゃないと思う。

 二人は苦しんだかもしれない。

 それでも、離れるなんて考えられなかったんだよ。

 どうしようもなかったんだ。きっと。


 だからさ。

 もしもこれから先、おまえたちにすごくつらくて、苦しいことがあったとしても、おまえたちのお母さんとお父さんのこと、できれば、あんまり恨まないでやってほしいんだ。


 さいわい、おまえたちは双子として生まれてきた。

 おまえたちは一人じゃない。互いのできないことを補い合って一緒にいられる。

 それはきっと、とても心強いことだよ。




 ――さて、と。


 ずいぶん長々と話し込んだな。

 もうすっかり日が暮れてるじゃないか。


 そろそろ、俺は帰るとするかね。



 それじゃあ、な。



 俺と、おまえたちのお母さんと、お父さんのお話は、これでおしまい。





 ここから先は、おまえたち二人の物語だ。





 -終-

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不生不死奇譚-フショウフシキタン- ジュウジロウ @10-jiro

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