図書館暮らし。3

 人々が巨大な本の谷間に暮らすようになって数百年が経っていた。その本が時折天空より引き抜かれ、そして戻されるたびに世界は泥流に埋まり津波に沈んだものの、それでも人類は滅びなかった。


 本はすべてが移動するわけではない。地面に生えたまま動かない、すなわち神の手の触れない本があったのだ。知恵ある人々はその本の周りに集まり、町を広げ、人口を増やしていった。だが。


 その神の触れないはずの本たちが、ある日怒濤の如く引き抜かれた。あの日、初めて世界が本に埋まったとき以来となる絶望的な天変地異が世界を襲い、人類は今度こそ絶滅するかに思われた。


 それでも、人類は滅びなかった。そして泥の中から立ち上がった人々は見た。立ち並ぶ本のない広大な世界を。もちろん遠くにはまだ巨大な四角い影が見える。すべての本が消え去った訳ではない。だが残された数少ない人類が暮らすには充分であろう、真っ平らな何処までも続く平原がそこにはあった。


 人々はそこに神の意志を見た。完全にではない、だが幾分かは神の怒りは解かれたのだ。とうとう人類は許されたのだと。


 広大な平原の出現の報は、地球全土を駆け巡った。遠くから、果てしない距離を歩いて人々はやって来た。そしてその平原に集まり、いくつもの町を作り、広げ、やがて国家が再び勃興した。さらに数百年の時間が経ち、その平和と豊かさを当たり前のものと人々が感じ始めたとき。


 空を四角い無数の影が覆った。人々は思い出した。伝説に聞いた、何世紀も前のあの日のことを。再び見た。モノリスに埋まった空を。


 そして誰かがようやく気付いた。神話によれば、人の世界と神の世界では流れる時間の速さが違う。人の世界の数百年は、神の世界の一晩に過ぎないのだ。


 空を埋める巨大な直方体は、一見地上に並ぶものと同じに思えた。だが少し違う物が混じっている。厚みが違う。何倍も分厚い。しかしそれに気付いたとて、人々にできることは何もなかった。人類の暮らす平原に向けて、その分厚い巨大な本たちが、大気を裂く轟音をあげて天空より一斉に落下した。


「こちら秋の長編ミステリー特設コーナーになっております」


 そんな神の声と共に。

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図書館暮らし。 柚緒駆 @yuzuo

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