エピローグ
学生は時間に縛られすぎだ、しかも中学と高校は、受験に一年間丸々持ってかれる。
だから早く大人になりたい、ストレスは少しは減るだろう。
…そんな甘い考えを持っていた学生の頃の自分を、しばき回して東京の端から端まで走らせてやりたくなる。
「ブラックではないんだよ、それは確かなんだよなぁ…」
会社のトイレで、俺は一人そう呟いた。今さっき、上司からきつい駄目出しを受けていたところである。
結局、5人組は離れ離れと言えど、東京を出る者はいなかった。
倉之助は、父親とのツテで都内の居酒屋で修行中である。大学生の頃は洒落た店で働いてもいいかと思っていたらしいが、その四年間で居酒屋の仕事をすることを決めたらしい。
「酔ったお客さんって、性格が悪くなるんじゃなくて、素になるんだって思ってる。その素のお客さんと話すのって、昔から割と楽しかったんだよなぁ」
そんなことを話した時、既に倉之助は付き合っていた人と籍を入れていた。
それに対し、捺実と相太は未だに式をあげない。
「自信満々な態度とるくせに、こーゆーことに関してはチキンだよね」
うっかり研がこう口を滑らして、2人に押さえつけられていたことがある。そこはやはり息ぴったりで、その後に研に一言を言わせずに沈めた。
ちなみに、2人がまだ終着点まで行かないのにはれっきとした理由がある。
「誓太…どうしようまじで…。俺さ、お義父さんの茶碗目の前で割っちまったんだよ〜…。お義父さんって割と持ってるものにこだわりあるだろ?もう合わせる顔がねぇ…、どうしよう…」
「誓太ぁぁぁ〜、助けてぇぇぇぇ〜!私うっかりパスタ作るのに素麺茹でちゃっててさ〜、茹で直そうかと思ったら、そうのお母さんが知らずに盛り付けてて、食事の時に気づかれてもう駄目…」
お互いがお互いの親に対して失態を犯したというこれまた息ぴったりで、こっちとしては惚気ているとしか思えない。
というか、昔からの仲なんだから、大目に見てくれると思うけどなぁ、と思うが、どうやら2人とも先に踏み込めないらしい。そういう意味ではチキンである。
いつになったら式に呼ばれるのか。期待しているような呆れているような、そんな気持ちで時々近況を聞く。
ちなみに、俺と研はサラリーマンとなり、相太は工場、捺実は飲食店で働いている。研以外とはあまり会えないが、時々倉之助の店などに集まって雑談や近況報告に興じている。
そんな生活が日常と化した頃、俺に葉書が届いたのだった。
しかもあろうことか、差出人が、
(…めめめめ、盟子!?)
しかし、盟子ならやりかねないと思うと、思わず笑みをこぼす。
すぐに全員に連絡した。土曜日だということもあってか、その日の夜のうちに全員が集合した。最後のやつが来た時には、既にみんなの興奮は最高潮だった。
「おっせーよお前、土曜日だってのに何してんだよ」
「るっせ、こっちはてめーらサラリーマンと違って飲食店だ。これでも店長に頭下げて早退してもらったんだぞ」
「私サラリーマンじゃないもん。もちろんサラリーウーマンでもないし」
「でも土曜日は暇なんだろ?いいなぁ畜生」
「サラリーマンだっていいわけじゃないぞ。うちはブラック企業じゃないけど、課長が怒るとめんどくさいし」
「こっちだって料理失敗したら客にも店長にもどやされるからな。ったく最初は大変だったぜ」
騒がしくなる皆をまあまあとなだめる。マンションだから、あまり騒がれると他の人に迷惑がかかる。
ある程度落ち着いてから、例の葉書を回すと、皆は手に取った瞬間に喜びの声を上げる。
『久しぶり。最初に文章を書く時に丁寧語を使ってたけど、違和感しかなかったから書き直したから、ちょっと汚いのは許してね。
実はね、冥界の長みたいな立場の人(詳しい情報はあげませーん)の意識を操って、無理矢理葉書を送れるようにしちゃいました。全然大したことなかったよ(笑)。でも流石に他のところからバレそうだったから、この一通しか送れなかったから、みんなで回し読みしてね。
あれから5年以上は経ったかな?みんな色々不安だろうけど、みんななら大丈夫、それだけ伝えに来たよ。だって、私の親友だもん。
こっちは割と楽しいよ。冥界でもいろんな能力者に会って、全然退屈じゃない。みんながこっちに来る時には紹介するからね。
ところで、葉書を送る時に見たけど、倉之助くんって結婚してたんだ!おめでとう!でも捺実ちゃんと相太くんはいつ結婚するのかなー?相太くんのこと「そう」とか呼んでおいてまだ焦らすつもり?研くんはそもそも相手見つかるかな〜?
そして誓太くん、あの時の約束ちゃんと守った?今フリーみたいだけど、確認が取れ次第祟りに行くからね(笑)。
それじゃ、みんな元気でね。
P.S.今から3年以内にお嫁さん捕まえなかったらそれでも祟る。覚悟しておいてね!』
「なっつかしー、この字」
「なんか涙出てきそうだわ」
「ほんとほんと」
皆は何回も裏表をひっくり返し、懐かしむようにそれを何度も眺めた。
「おいてめー、全くいいやつだよな」
相太が俺の肩に腕を回して絡んでくる。「何がだよ」と突っ込むと、
「だっててめーしか受け取ってねぇんだろ?それ。ずるいよなぁ。ま、贔屓ってやつだろ?」
明らかにからかっている笑い方が気にいらないので、「ウッセェ」と一蹴する。
「ほんとだよー、私も欲しかったー」
「仕方ないさ、なんせこいつの特権だからな」
「俺たちは諦めてやるよ」
面倒くさいことに敵が増えた。どうしていいかわからずにそっぽを向くと、「やーい、照れてやんのー」とからかってくる。既に成人してるくせに中身は子供か、お前ら。
居心地が悪くなって、盟子をほんの少し恨む。だが盟子のことを思い出すと、どこか優しい気持ちになった。上手く言えないけど。いや、一応言葉では言い表せるけど。
「しかし、盟子に言われてんだから、とっとと式あげたら?」
研に釘を刺され、う、と捺実と相太が固まる。お互いに探り合って、どうするかを相談しようとしている雰囲気だが、
「2人とも同時に謝ればいいと思う。俺は大丈夫だと思うよ」
倉之助が続けると、2人とも目を剥いて口を揃えて叫んだ。
「「知ってるの!?」」
「ん、まぁ、えっと」
「ちょっと誓太!?」
しどろもどろになる倉之助を無視し、捺実が俺に顔を向けた。慌てて葉書を読んでいるフリをする。
「…どうする」
「うん、…謝ろうか」
「だな」
とりあえずは、そういう方向に落ち着いたらしい。実行に移すまでに時間がかかりそうではあるが。
安易にそのことを口にした研が、またあの時のように沈められる。
「何よ!恋愛に疎いくせに!」
捺実がそう言って研の背中をバシバシと叩くが、
…案外そうじゃないぞ。
「研ってさ、結婚願望はないわけ?」
同じサラリーマン同士で、俺と研はよく呑みに行く。いつもは倉之助の店に行くが、その日は何故か別の店を研が選んだ。
「うん、そのことについて聞きたかったんだけどさ」
研はジョッキをダンとテーブルに置き、ずいっと俺に顔を寄せる。
「幽霊に恋してる、って言ったら笑う?」
「…え?」
確かに笑ってしまう案件ではあるが、言っているのが研なので、俺は呆気にとられていた。
「いや、あのだな、その、」
急に居心地悪そうに座り直す研。どうやら店を変えたのはこのことを俺以外に聞かれたくないかららしい。
「萌恵沙さん、いただろ。ちょっとその、そういう気持ちになって…」
「えっ、嘘、マジ?」
「嘘言うか?ここで」
不機嫌そうに研がビールを口にした。
しかし驚いた、まさか研が…。俺がいない間に色々あったらしい。
とりあえず、ここは先輩としてアドバイスをするもんだ、と俺は酔ったなりの判断を下す。
「そうだなぁ…、気がすむまで考えたらいいよ。先のことまで考えなくていいと思う」
「そんなんでいいのか?」
「俺も未だに盟子のことしか考えられないからな。大学の頃に1人の女子と付き合ったけど1ヶ月も保たなかった」
「もしかしてその1人だけだったりする?」
「うん」
「なんつー純粋さ…」
「でも約束守ったことにはなるじゃん?」
「そーゆーことじゃないんだよなぁ…」
研はそう言ってヘラヘラと笑った、と、不意に真面目な顔して、
「そういやお前、『かいせいさんめい』って調べたか?」
「え?…ああ、あれか…。感情が昂ぶってたから今の今まで忘れてた」
「お前なぁ…、まあいい、ちょっと見てみな」
研がそう言ってスマホを取り出し、検索をかける。
「ほら、海誓山盟。簡単に言うと、非常に固い誓い、ってこと。もし誓太と盟子が結婚するようなことがあったなら、ぴったりの言葉だと思う」
「うん…そうだったらいいな」
「ところがここで話は終わらない」
「へ?」
俺が間抜けな顔を上げると、研は少しいたずらっぽい顔を見せ、スマホのメモ機能に文字を打ち込む。
「ほら」
それを俺がみた瞬間、
————背筋がゾワっときた。感動の意味で。
「な?だろ?…うん、待てよ、今改めて考えると嫉妬が…」
目つきが悪くなる研を無視し、俺は研から受け取ったスマホの画面をずっと見つめていた。
…運命、だったのかな。おこがましくも、思わず俺はそう思った。
やいのやいのと騒ぐ4人を置いて、俺は、切手もついていない葉書を手に取ると、その送り主の名前をもう一度見た。
そして、自分のスマホのメモ機能に登録してある。たった2行の8文字を眺めた。
内海誓太
霧山盟子
「…さて、出会いがあるかな」
強制イベントの約束のことを考え、そう呟くと、俺は葉書を置いて、自分の冷蔵庫から皆の分の飲み物を取り出した。
海に誓い、山に盟う 水無神 螢 @minakami_hotaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます