安物の仮装

剣月しが

安物の仮装

 慣れない助手席で身を強張らせていた私は、次の集積所までの沈黙が苦しかった。


 カーステレオからは何も流れてこず、朝の陽射しがいやに眩しく感じられる。


 黒い手袋をつけたままハンドルを握っている先輩、武村隼人が、ホルダーに納められている缶コーヒーを手に取ろうとして止め、「吉田さんってさぁ、俺より年上なんだっけ?」と、突然言った。


「え、あ、はい。すいません」


 私は決して臆病という訳ではないのだが、昔から自己評価が高くなく、どうも上辺を取り繕う癖があるようで、他者からの興味を察すると、後で気疲れをしてしまう程、鋭敏な反応を示してしまう。それゆえ、私は年下の武村が掛けてきた言葉の裏側まで読みとろうとしてしまい、少し吃った後、根拠の掴めない謎の謝罪で応えてしまったのだった。


「いや、緊張しすぎでしょ! 俺って、そんな怖い感じ?」


 武村は場を和ませようとしてか、進行方向から一瞬だけ、ちらりと視線を私に向け、笑いかけてきた。しかし、私の目には、薄く剃られた武村の眉が蟷螂かまきりの刃のように鋭く映った。


「えっと、そういう訳じゃないんですが……」

「まぁいいや」


 マンションの集積所に到着したので助手席から降りると、途端に霜月の秋冷が差し迫った。はためいている集積所の貼り紙には、濃い藍色で「もやせるゴミ」と書かれている。


 武村がアルミ製の扉を開けると、仄かに人々の生活を感じさせる有機的な刺激臭が拡がった。私は作業着のポケットから皺だらけのマスクを取り出した。


「……そういえば武村さんは、なんでこの仕事をしようと思ったんですか?」


 腹を空かせた獣のような唸り声をあげ活動し始めた鋼鉄の回転板に、可燃ゴミの袋が次々と巻き込まれていく。


「嫁さんと子供がいるから」と、武村は手際よくゴミ袋を塵芥車の投入口に放り込みながら言った。


 その躍動する細い身体の形容には、肉体的な若々しさというよりは、まだ無邪気な幼さが相応しいように思えたが、身体の芯まで響く轟音の中、リズミカルに獣に餌付けをし続ける武村の目の輝きには、父親としての頼もしさが確かに備わっていた。


「ロマンも糞もないでしょ?」

「いや、立派だと思います。凄く」


 私も慣れない手付きで袋を投げ入れていくが、武村のように上手くタイミングが掴めず、獣の嚥下えんげ量を超えて口内に溜まり、咀嚼そしゃくされるのを待っている袋の山にぶつけてしまい、地面に溢れさせてしまった。


 こぼれ落ちた袋に手を掛けると、透明なビニールの中に、ハロウィンの衣装が入っているのが見えた。それが何の化け物の仮装であるかは分からなかったが、安物を窺わせる品の無い光沢を放つ化学繊維は、とてもよく燃えそうに思えた。


「吉田さんは?」

「え?」

「さっきの話。吉田さんは、なんでこの仕事やろうと思ったの?」

「えっと……なんとなく」


 掻き消されないように私が大声で返答すると、武村が作業の手を止め、急に笑い出した。


「え? 何か面白かった?」

「いやぁ、この前テレビで心理学の先生がさぁ。他人に何かをたずねるときは、自分にも聞き返して欲しい質問のことが多いって言ってて。試しに聞き返してみたら、なんとなくだったからさ」

「はぁ」


 動揺が隠し切れない私の口から、間抜けな声が漏れる。


 再び車外に弾かれてしまった袋を拾うため前屈みになると、リアタイヤの裏に泥除けの幕が取り付けられているのが分かった。その幕の“車体を汚れから防ぐ代わりに、燃費が悪くなる“という性質を思い出して、何だか自分の性格に似てるな、と釣られて私も笑った。


 収集作業を終え助手席に戻る際、塵芥車の側面に一本の熊手と遠い地方のゆるキャラの縫いぐるみが挟まれているのが視界の端に入った。ある種潔さをはらんだ縫いぐるみのはりつけ姿を見ていると、どこか私も腹を括らなければならない気がした。


 次の集積所までの沈黙の苦しさは、相変わらず和らぐことはないだろう。ただ、見すぼらしい自分の内面を必要以上に偽飾している安物の仮装は、いつか捨てられるべきなのかもしれない。


 今日から11月が始まる。何かを変えるには丁度良いタイミングにも思えた。


 まだ辺りには嫌な残り香が漂っている。マスクを下げ大きく深呼吸をすると、高くそびえるマンションの強く清澄な隙間風が、無精髭の残る私の頬を冷やした。

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安物の仮装 剣月しが @shiga_kenzuki

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