第2話 登校
登校時間は約一時間。歩いて最寄りの地下鉄の駅まで行く。地下鉄に乗って、20分かけて大きな駅に出る。大きな駅で乗り換えて15分程度。それを下りて、10分かけて学校まで歩く。自転車通学と電車通学は半々くらい。
私の通う学校は、とにかく普通の学校だった。偏差値は50よりちょい上、男女比は少し男子生徒が多いくらい。6対4くらいの割合だと思う。部活動が盛んなわけでもなく、みんなはあきらめに近い感じで青春を楽しむ、といったところか。私はどの部活にも属さなかった。小・中と続けていたバスケも、あれは部活動やクラブ活動を強要されていたからやっていただけであって、高校生になってまで続けるようなものではなかった。
私は一人歩いていた。イヤホンからは、知らないクラシック音楽が流れている。名前も知らない、意味もないその音楽を聞くのが、最近のお気に入りだった。
学校に着き、昇降口で靴を履き替えようとした、が、上靴が見当たらなかった。持ち帰ったわけでもない。上靴は、先週ちゃんとここに入れたはずだった。私はため息をつきながら外靴を入れた。そして靴下のまま歩き出した。職員室に行けば、スリッパを貸してもらえると思った。
あまり見られたい姿でもなかったので、教室がある西棟ではなく、校長室や会議室など来賓用の施設が並ぶ南棟の階段から職員室へ向かった。イヤホンを外しながら職員玄関の前を通ると、見慣れない大人の男性がおどおどしながら校内の地図を見ていた。私のことを見つけると、こっちへ向かってきた。
「あの、君はここの生徒さん?」
青いネクタイをしたスーツ姿の男性。私よりも頭一つ分背が高い。黒髪をきれいにすいてある。きっと赤の他人が他人として現れたら、こんな感じに見えるのだろうな、と思った。
「はい、そうですけど」
私は男性に返答する。男性はほわっと表情を崩して、笑みを見せた。えくぼができた。
「そっか。職員室に用があって。でも地図を見てもよくわかんなかったから、案内してもらってもいいかな?」
きっと営業の人なんだろう、と私は思った。爽やかな笑顔で私を見ている。私は少し息苦しさを感じ、いいですけど、と小声で返した。
「ありがとう。僕は
よろしくお願いします、と頭を下げた。私もこちらこそ、と頭を下げる。職員室まで二人で歩き始める。私はそっと一歩半下がる。
「君は何年生?」
「1年です」
「へぇ。僕も一年生の担当って言われてたよ。同じクラスになれるといいね」
「そうですね」
ならない方がいいと思いますけど、と私は心の中でつぶやく。彼のように爽やかな人は、私のようにどす黒く染まった女子高生に関わらない方がいいと思う。思っても口に出さない。
「ねぇ、君の好きな教科は何?」
「好きな教科?」
「そう。もしかしたら教科担当かもしれないし」
「……ないです」
「そっかぁ。僕はね、数学と国語と理科と社会と英語が好きなんだ」
「そうですか」
変な人だ、と私は笑った。
「お、笑ったね」
私はそういたずらが成功した子供のように笑う男性を見て、もやっとした感情を持った。彼はしてやったり、という顔をしていた。きっと彼が教室にいる私を見たら、そんな風に笑ってからかうこともないんだろうな、と思いながら。
「ここが職員室です」
「ありがとう。助かったよ」
笑顔で彼は中に入っていった。私は職員室前に置かれたスリッパの山からひとつ取り出し、履いた。職員室から教室までに歩いていく廊下で、生徒たちの視線にさらされた。小声で何かをささやいているようだった。朝だというのに、視線の主は暇らしい。
教室に入ると、ざわっとしていた教室が一瞬静まり返った。それが私のせいだと、私以外に入っていく人がいなかったためわかった。静寂はすぐに騒音に戻った。私は自分の席に座る。少し不安になって机の中をあさった。幸い、何も入っていなかった。
私は、またイヤホンを耳に入れ腕を枕に眠りにつく。鐘が鳴るまで。
わたし 宮町 @miyamachif
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