さよなら、ホームページ

太刀川るい

さよなら、ホームページ

 君が電話をかける理由はもう解っている。


 <body bgcolor ="#000000">の背景の中に、君は銀の十字架を見る。

それは素材配布サイトで手に入れたもので、お手製のリンク集にはそのサイトへのリンクが貼られているけれど、そのサイトがあったのはもっとずっと前のことで、すでにドメインは売却され、外国の業者が作った怪しげな広告が表示されるだけになってしまったけれど。

 ここにある十字架は、作者の名前も忘れたそのサイトが存在したことをひっそりと伝えている。

 耳を澄ませば、かすかに聞こえるオルゴール調のmidiサウンド。

 gifアニメとなって静かに降り続ける雪の結晶に混じって、下線を引かれてその文字はある。




                [ENTER]




 カーソルはその文字の上をためらいがちに何度か往復する。やがて君は決心し、ノスタルジックな思い出を胸にそこをクリックする。


 ようこそ、貴方は0⃣0⃣4⃣6⃣4⃣8⃣人目の旅人です。


 君の頭にキリ番という言葉がよぎる。反射的に掲示板を探すが、そこはすでにサービスを終了している。


 なんとなく揃った数字が見たくて、君はF5キーを押して、カウンタの数字を上げるだろう。

 おめでとう、これで旅人は0⃣0⃣4⃣6⃣5⃣0⃣人になった。


 レイアウトが左寄りになっているのに君は気がつく。ディスプレイの解像度が変わったからだ。

 あのころは画面全体に広がっていた世界は、今の高解像度のディスプレイで見ればこんなにちっぽけで、意味もなく広がった光のない空間に、君は過ぎ去った時間を見るだろう。


 いつのまにか、カーソルの後ろには、小さなドット絵がついて回っている。

 ジャバスクリプトを切ろうと君は右クリックをするが、残念。右クリックは禁止されている。

 君はブラウザの設定からジャバスクリプトをOFFにする。


 ページ上部にはメニューヘッダー。フレーム機能で作成したものだ。ページの名前がmenyuになっているのを見て君は苦笑する。menuと書くのがわかりにくくてそういう表記にしたのだったね。

 menyuの上を君の視線が動いていく。結局一番長いコンテンツになってしまったプロフィール、設定と最初の数話だけがアップロードされている自作の小説、教室の日常を面白おかしく書こうと思ったものの、滑ってただとりとめのない内容を書き連ねるだけになってしまった日記、サービスを終了した掲示板。永遠に工事中のイラスト。そうだ君はイラストを公開する予定だったのだ。いつかペンタブを買おうと考えて、それで結局今まで工事中だ。あのころの君はペンタブを買えば絵がかけると思っていた。今の君はペンタブを買うぐらいのお金は持っているけれども、あの頃の熱気は君の中から消え失せていて、結局ここは最後まで工事中のままなのだろう。鉛筆書きのラフ画はスケッチブックの中で静かに眠っている。


 君はもう一度ページを見渡す。そこで気がつく。


 600×400のtop_e.jpgの下、更新履歴の一番上に、newの文字が点滅している。


 その日付に君の目が丸く開かれる。君の知らない間に、いつのまにか更新が行われている。

 君は恐る恐るリンクをクリックして……そしてこのテキストを読み、知るだろう。


 君はプロフィールをもう一度確認する。100の質問をスクロールして、君は目当ての情報を見つける。

 それはたった全角4文字、8バイトの文字列でしかない。しかし、君の記憶の扉を開くのには十分だろう。


「副管理人」


 このページが利用している領域に最後の時が迫っている。あの頃が永遠でないのと同じように、サービスも永遠ではない。私達が共に作ったこの場所はやがて全てなかったことになるだろう。

 学習塾の休み時間に机をくっつけて語り合い、パスワードを教えあった。世間知らずで幼稚で、それでも一緒に何かを作るのはとても楽しかった。その思い出が何よりも懐かしい。私達が生きた平成という時代はそろそろ終わりだ。


 久しぶりに君の声が聞きたい。


 君は、苦笑して、電話に手を伸ばす。プロフィールのページに追加された番号を君の指が押していく。

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さよなら、ホームページ 太刀川るい @R_tachigawa

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