西瓜堂のおまけ =いもけん おまけ集=

いろとき まに

小豆誕生日

第1話

※本編第一章第五話 小豆誕生日回の詳細です。



◇1◇


 今の時刻は九月十二日。深夜〇時を少し経過した時間。

 そう、今日は俺の妹――霧ヶ峰 小豆の十六歳の誕生日。

 何故か今日は、普段なら二三時五九分に聞こえてくるはずの、隣の部屋から漏れてくる小豆の声が聞こえてこなかった。

 別に変な声ではなくて、とある決意の声なのである。言っている内容は変なのですが。

 数日続いていたから、やっと飽きてくれたのかとホッと胸をなでおろしていた俺の耳に、突然扉が勢い良く開かれる音が聞こえてきた。


「お兄ちゃ~ん♪」

「――って、ノックくらいせんかー!」


 そして満面の笑みを浮かべて、当たり前のように俺の部屋へと入ってくる我が妹。

 まったく、お兄ちゃんが毎夜恒例の「今日も一日がんばるぞい!」をしていたら、どうすんだ。

 ……いや、それはないけどよ。 

 さすがに妹の声を聞きながら、お兄ちゃんが「今日も一日がんばったぞい!」だったら変態じゃねぇか。

 そんな俺の心の声など知りもせず……まぁ、知られたら恥ずかしいから知らなくて大丈夫です。

 

「お兄ちゃん……私、ついに矢天やてんの主になったよ?」


 俺の苦言をあっさりと無視して、満面の笑みで言い放っていた。しかも疑問形で。聞かれても知らねぇよ。そんな妹の言動が、まったく理解ができないでいた俺。


「……何、やってんだ?」


 まったくもって理解不能な行動だったんで、怪訝な表情で問い詰めようとしていた。


「あー、お兄ちゃん上手~い♪ 矢天に、やってん、だなんて――さすがなんです。お兄様♪」

「ダジャレを言った訳じゃねぇ! あと、千雪ちゆきちゃんはお前ほどブラコン……かも知れねぇが、俺はお兄様ほど劣等生……かも知れねぇけど、別に能力的に優秀じゃねぇから!」


 それなのにコイツときたら、俺がダジャレを言ったのだと勘違いしたらしく……アニメ『作法科高校さほうかこうこう劣等生れっとうせい』の主人公。

騎馬きば 勝也かつや』くんの妹の千雪ちゃんの名台詞。

 通称『さすおに』……あまりに有名だから作品の略称にまでなっている台詞を、ウットリした表情で俺に囁くのだった。

 だが、俺はダジャレを言った訳ではなく、小豆の行動に疑問を持っていただけだ。そして小豆の格好に疑問を覚えていたのだ。そのことを否定しようと思っただけですよ?

 だけど残念なことに、千雪ちゃんも小豆に勝るとも劣らないほどにブラコンな訳で……。

 俺も『とある事情により、本来は優秀なんだけど、周りから劣等生だと見られているお兄様』に勝るとも劣らないほどに……いや、たぶん勝っているほどに劣等生な訳だ。認めると虚しいだけなんだが。

 だがしかし、お兄様ほど能力的に優秀ではないから、なんとか遠回りだったけど否定できたのだった。

 別に乗っかる必要はないんだけど、アニメ好きの悲しきサガなのである。


「俺は何をしに来たのかと訊ねたんだ……あと、その格好はなんだよ?」

「……ん?」


 改めて小豆に訊ねることにした俺。そんな俺の疑問を受けて「どう言う意味?」と言いたそうな表情でキョトンとしている小豆。俺が意味を聞きたいんですけどね。

 いや、さ? お前、なんで『リブレイブ!』劇場特装限定版を左手に持って、右腕で――

 ほとりちゃんと……ほとりちゃんと同じく『リブレイブ!』に登場する『茅瀬かやせ 世里せり』ちゃんと『田澤たざわ みこ』ちゃんと、アルパカ――って、アルパカなのかよっ!

 そんな三人の寝そべりクッションと一匹のヌイグルミを抱えているんだよ。しかも、抱ききれていなくてアルパカ落ちそうだし……。


 とは言え、現在は小豆の十六歳の誕生日になったばかりの〇時ちょっと。

 コイツの格好と、コイツの台詞にあった『矢天の主』から推察するに……いや、推察も何もないんだけどな。それしか考えられんから俺もツッコミを入れているのだけど。

 どうせアレだろ。ほとりちゃんがキャマル先生で、世里ちゃんがリグナムさん……みこちゃんがディータちゃんだな。 

 まぁ、わからんでもないがアルパカをザ・ティーラさんにするのは、どうなんだろう。

 彼は立派な狼なんだしさ? そもそも召還された時は人間形態だったんですよ。

 とは言っても、コイツの持っているぬいぐるみは可愛い女の子しかいないしな。唯一の男性がアルパカのオスなんで、勘弁してやってください。ザ・ティーラさん!


 三人と一匹に置き換えられた人達は『リブレイブ!』と同じくらい、俺が愛するアニメ。

『罵倒笑女キキタルかのは』と言うアニメ作品の第二期作品――『罵倒笑女キキタルかのは えぇっす!』に登場する人達だ。

 彼女達は、かのはちゃんと敵対する矢天の主である『三神さがみ あやて』ちゃんに仕える四人なのである。……そう、なのである。

 まぁ、理由ワケありの敵対だし、続編では友達になるんだけどさ。 


 って、そこまでは理解した。だけどさ。

 いや、まぁ四人を『リブレイブ!』で揃えたからってのはわかるが、せめて矢天の書――あやてちゃんの持っている魔法のアイテムくらい劇場版の『2nd えぇっす!』を持って来いよな。……かのは要素が何もねぇじゃねぇか。

 そもそも小豆さんの歳には、あやてちゃんはとっくに足も治って、チッドミルダに行っちゃっているよ? 随分と遅咲きの開花ですよね。


 本作の主人公である『坂町 かのは』ちゃんと同じ市に住む……とある事情により、両足が不随ふずいで車椅子生活を余儀よぎなくされていた、天涯孤独。そして薄幸の美少女である、あやてちゃん。

 彼女が九歳の誕生日を迎えた深夜〇時。三神家で大事にされていた謎の本『心の闇の書』が突然動き出す。

 その現象を驚いていた彼女の目の前に突如と現れた四人。

 その『心の闇の書』の正式な名称が『矢天の書』と言う訳だ。

 そんな心の闇の書の魔法によって作られた存在の四人は、あやてちゃんの前でかしずき、彼女を『矢天の主』と呼ぶのであった。

 四人は自分達のことを『主誤しゅごビシッ!』と名乗っていた。主に降りかかるボケをツッコミで護るのが役目だと言う。そんな四人は――


「……ていっ!」

「――って……ザ・ティーラさんを投げ捨てんなー!」


 俺が調子に乗って心の中で愛する作品について語っていると、こともあろうか、我が妹はザ・ティーラさんを床に投げ捨てていたのだった。

 まぁ、最初から落ちそうではあったし、ただ落下しただけかも知れないが。

 だけど俺は妹の「ていっ!」と言う言葉を聞き逃さなかった。


「ていっ!」って何だよ?

 ――「ていっ!」と言うのは近所のおっちゃんが子供を叱る時に言う言葉で……って、某漫才のネタをやっている場合じゃない。


 そんな小豆の「ていっ!」に条件反射で思わず浮かんだネタを繋げようとして、慌てて言いよどみ、俺は小豆に抗議をしていたのだった。


「お兄ちゃん、コレはアルパカさんだよ~?」


 そうしたら、普通に正論を言われたのだった。確かに、ね。アルパカさんだよね。

「矢天の主」って言っただけで、別に深い意味はないんだよね。


「……アルパカさんの皮を被ったザ・ティーラさんだけど~♪」

 

 なのに、無言で苦笑いを浮かべていた俺に向かって満面の笑みを溢しながら答える小豆さん。

 何、その……「わぁー、お兄ちゃん、私の考えていること、わかってくれてるぅ~♪」って言いたそうな表情は。あと、やっぱりザ・ティーラさんでした。 

 そして何ですか、そのグッズ化できそうなプランは。少し見てみたいじゃないですか。

 元ネタはたぶん『羊の皮を被った狼』だろうけど、言いえて妙だと感じるのだった。


「……」


 重ね重ね申し訳ありません。ザ・ティーラさん……とアルパカさん。

 小豆の言動と俺の変な考えの件につきまして、代表して心の中でお詫びしていた俺。

 

「……何で突然、机の方を向いて土下座してのぉ? 変なお兄ちゃん~♪」

「……」


 そんな俺に向かってクスッと笑いながら声をかけてきた妹。って、誰のせいだ!

 俺は今、自分の机の方。正確には机に置いてある『2nd えぇっす!』の円盤に向かって、土下座をしていたのである。アルパカさんは俺の部屋には不在なので心の中で目の前のアルパカさんに謝っておく。

 事の発端を作った本人は、俺の睨みを無視して次の行動へと移っていたのだった。



「♪ふぅ~ふっふ~ん ふふふぅふぅふふ~ふん ふぅふふ~ふふふふふぅふふふっふ~ん……」 


 俺が眺めていると、床に三人を鼻歌まじりに並べていた。

 そして先に落下していたザ・ティーラさんを手に持って……床を拭いてから近づけていた。って、おい!

 そんな三人と一匹を綺麗に自分の前に並べる小豆さん。

 いや、わかるけどよ? お前、ここで『あの曲』とかやめてくれません? 

 ……俺が泣くから。

 そう、今小豆はアニメ版『えぇっす!』のクライマックスシーン。

 とある事情によりお別れしなくてはいけない子との別れのシーン。雪の降り積もる中での感動的なシーンを彩った名曲。その曲を鼻歌で、かな……でていたのだった。

 いや、そこだけ『かのは』にする必要ねぇだろ。 

 揃えているんだから『リブレイブ!』で良いじゃねぇか。劇場版特典の『あの曲』とかさ。

 ……悪い、泣けるから却下だ。


「♪ふぅ~ふっふ~ん ふふふぅふぅふふ~ふん……ぐずっ……」


 あっ、小豆のヤツ、自分で鼻歌奏でているのに泣きそうになって鼻すすってるな。まぁ、お兄ちゃん、お前のそう言うところはキライじゃない。だけどな。

 そんなお前を見ていると色々な意味で泣けてくるから、やめたまえ。


 俺の悲しい……『心が叫ばなくちゃだめなんだ!』が、繰り広げられていることなどお構いなしに並べ終えた小豆は――


「あのね? お父さんは王子さまだったんだよ! 山の上のお城から出てくるところを見たから! だから――ぅ!」


 などと、俺自身が喋っちゃいないのに、玉子の呪いでお腹がキリキリと痛みを伴うようなことを、当然のようにぬかしていやがった。うむ、今朝食べた卵が古かったのかも知れない……。


 今の小豆の台詞は、俺がその前に考えていた劇場アニメ『心が叫ばなくちゃだめなんだ!』の主人公『春瀬はるせ ゆん』ちゃんの台詞。


 ゆんちゃんは思ったことをすぐに口に出してしまうクセがあった。そんな彼女の住んでいる場所の山の上に建てられたお城。彼女はそこへ行って眺めるのが好きだった。

 きっと、中では素敵な舞踏会が開かれているのだろうと目を輝かせて眺めるのが好きだった。

 そんなある日、いつものように眺めているとお城から父親が出てくるのが見えた。

「お父さんは王子さまだったんだ。お城の舞踏会に行っていたんだ」

 彼女は嬉しくなって家に帰って、別の女性と父親が出てくるのを見たとお母さんに話した。そして、そのことが原因で両親は離婚する。

 実のところ……その建物は外観こそお城なのだが『男女の愛の巣』なのである。つまり、そう言うことなのだ。

 父親が離婚が決まり、家を去る時に言った一言。

「全部お前のせいだ」が彼女の心に突き刺さる。

 そんな父親の一言に呆然としていた彼女の前に、突然玉子の妖精が現れて、彼女の口をチャックした。そして、喋ろうとすると玉子の呪いで『お腹が痛くなる』のだった。それ以降彼女は喋れなくなる。

 ――そんな悲しい設定なのだった。

 

 と言うよりもだな。なんでコイツは人の思考を読みとるんだろうな。

 やっぱり時代を先取りしている説は正しいのだろうか……まぁ、そんなことはどうでも良いが。

 ただ、小豆さんには悲しいお知らせがあるのです。

 ウチの親父は王子さまではなくて、単なるおじさ――いや、アレにさま・・なんて付けたら検索のさまたげにしかならんだろ。別に誰も検索なんぞしないがな。

 あんなのは、ただの『じじぃ』で十分だ! あとな。

 ウチの近所の山の上のお城……ありゃ、ただのネットカフェだから。


 なお、山の上のお城とは言っているが、ウチの地域に山などない。

 ただ、オーナーの名前が『山の上』さんなのである。

 俺達が呼んでいたと言うよりも、元々親父達大人が「山の上の城」と呼んでいたから俺達も同じように呼んでいるだけなのだ。

 まぁ、元々は映画の通りの利用価値があったらしいが。

 世代交代した今のオーナーが「リア充爆ぜろ!」とか本当に周りに叫んで、ネットカフェにしちまったそうだ。

 ――いや、それこそ心の中で叫んでおけよ……。

 そんなこんなでネットカフェにしたらしいんだけど、かなりのマニアックな品揃えらしいのだ。

 そこは詳しくは知らんが、外装も相まって、マニアな人間の巣窟になっているのだとか。

 だから俺や小豆のような普通の人種は――ん? 普通の人種……。

 何か引っかかる気がしたんだけど、特に何もおかしな点は見当たらないな。

 駅前にある、近代的な何の変哲もない直線的なコンクリートの塊の中に存在する『普通の人種』向けのネットカフェを利用している。

 ちなみに城のことをちまたでは――あぁ、男子共の間では『堕天使の巣窟』なんて呼んでいる。

 最近では『堕天使の涙』なんて呼ぶ者も出てきた訳だが。いや、涙なくしては語れないような場所だからなのだろう。

 きっと、あの巣窟には無数の『堕天使もどき』やら『ニトルデーモンもどき』が、ネットリウヨウヨ……ネトウヨと、はびこっているんだろうから。ネカフェだけに。


「……むぅ~」

「……」


 自分では上手いことを言ったつもりだったのに、目の前の小豆さんは「面白くない、座布団取っちゃって」と言いたそうに、アルパカさんを掴んで動かして、俺の部屋のジャンボ寝そべりクッションのこのかちゃんを強奪していた。きっとアルパカさんが座布団運びの係なのだろう。

 そして、自分の後ろに置いた。いや、使わないなら取るなよ。

 と言うか、いちいち俺の心に反応しないでくれなかな。疲れるから。

 とりあえず、このかちゃんは我慢して、続きを考えているのだった。

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