第2話

 そりゃあ、可憐で見目麗しい「敏子って言うなー」的な、お茶目な堕天使が降臨しているんなら、俺だって会員登録契約しても良いところではあるがな。

 どうせ堕天使――ならぬ、堕男子と言う名のおっさんと!

 ニトルデーモンならぬ、頭光るデーモン小……太りで髪の毛……グレーな閣下ならざる「カッカッカー」と変な高笑いしかできない、印籠の代わりに引導を渡したくなるようなおっさん!

 つまりは、おっさんしか存在しない『逆ハーレム』の巣窟……但し、ゲテモノ好きな女性に限る。

 誰が好き好んでそんなところに行くと言うのだろうね。まぁ、身近にいるけど。

 要は、まるっきりおっさんの巣窟ではないけどさ。

 ちゃんと黒とグレーの世界にも紅一点は存在している。不本意ではあるが。

 外見的には、素直に「認められないわー!」的な、素材は豪華なんだが何かを隠し持っている『シャイ煮』のような存在の御仁。

 小豆の母親……すなわち俺達の母親である鷹音さんのことですけどね。

 まぁ、ぶっちゃけ綺麗ではある。そして若い。とは言え、その程度では驚きはしない。 

 某教祖的な、娘さんの方が年上の『お姉ちゃん』や。

 某黒猫的な、お金が絡むと目の色変わるでお馴染みの『彼女』を知る俺には大したダメージでもないのだよ。

 そんなお袋も外見に似合わず親父と同様、巣窟の住人なのだった。

 なんて、俺が拠りつかない理由は別にどうでもいいから先に進めよう。


「……」

「……」


 ひとまず小豆の話が長くなりそうなのを察知した俺。

 本来なら映画のシーンにあやかって、玉子焼きを口に放り込みたいところなのだが、持っていなかったのだ。

 だから妥協案として、俺の非常食で味わって食べていた『リブレイブ!』の聖地の一つ。

 神●明●で買った『かすてらまんじゅう』の最後の一個を小豆の開いていた口に押し込むことに成功した。うむ。あんこではなくてチョコだったけど。

 まぁ、悪くはないと思う。この『かすてらまんじゅう』も美味しいとは思う。

 でも俺としては普通にあんこの方が良かった気が――おおーっと、いけねぇ! 俺はあんこに飽きていないとダメなんだった。

 俺は慌ててキョロキョロと周りを見回しながら訂正した。だから誰もいないし、心の中で言っているだけなんだが。

 

 そんな感じで苦笑いを浮かべながら小豆を眺める。

 しかし、アレだな。餌付けされたみたいに上目づかいでモゴモゴしている俺の目の前にいる小動物。

 普通に可愛いんだが? 

 なんだこの生き物?? 

 いまだにモグモグしているぞ??? 

 しかも潤んだ瞳で見つめながらのモグモグなんてよー!? 

 フラグ立ちまくりじゃねぇか!!! 

 それこそペットショップのケースの前で――

「おかーさーん、コレ飼いたい! 買って買ってー」

 って恥も外聞もなく、ダダをこねる童心に返って、両親におねだりしたいレベルの可愛さだろ。

 ……いや、本気でウチの親共にやってみろ。 

「ちゃんと最後まで責任もって飼うのよ?」なんて言って、俺の部屋に小豆の家財道具一式を持ち運んで、責任取らされるのがオチじゃねぇか!

 うーむ……。


 あなどれん げにおそろしき もぐもぐよ――霧ヶ峰善哉。


 ひとまず心を落ち着かせる為に、未だにモグモグしている小豆を見下ろしながら、辞世を回避するべく、自制の句を詠んでいたのだった。


◇2◇


 未だにモグモグしている妹を眺めていると、やっとゴックンして一息ついていた。

 しかし何か言いたそうにしながら、未だに上目遣いで口をモゴモゴしている小豆さん。


「――だからねっ? お――ぅ!」


 やっと口の中に何もなくなったようで、話を再開しようとしていた。

 だけどまぁ、こうなることくらい、予言者の著書プロフェーティン・シュリフテンのごとく察知していた俺は、小豆がモグモグしている間に、セ●ンイレ●ン・さぁ社員コラボで――

 クリアファイル買ったら貰えた『た●のこ●里』の封を開けていた。

 ――しかし、なんで同じクリアファイルが値段違うんだろう。あれじゃ、まるでお菓子買ってクリアファイル貰っているようなもんじゃねぇか。誰も疑問に思わんのかね……まぁ、良いけど。


 そんな、●け●この里。俺がいない真夏の日中もずっと、俺の部屋に放置してあった代物である。

 そのパッケージと中の袋を開ける。外パッケージに絵柄がない以上、普通に開けても問題ないんでモグモグを鑑賞しつつ適当に。

 そして、チョコが溶けて『リブレイブ!』劇場版のクライマックス。

 全国のスクールアイドルを集めて共通通貨『アイドル』の素晴らしさをもっと知ってもらおうと開催された祭典。

 そこで歌われた彼女達の『あの曲』状態になっている『みんなで固まったものだったり?』を小豆の口に、あたかも宿屋の百円を入れて映るテレビのごとく、投入して延長してみた。

 そしたら再びモゴモゴし始める。うむ、実に面白い。そして可愛い。癒されるの~。

 なんてことを、一箱分楽しんでみた俺。

 だけど直後に取った俺のあやまちで、事態が急展開して俺達兄妹の廃校。いや、倫理の危機に瀕していたのだった。主に俺が。

 

 ちょうど、た●のこ●里を一箱空にして、小豆がモグモグしているのを鑑賞していた俺。

 とは言え、いくら相手が『ウチのお袋シャイ煮』よりも、はるかに新陳代謝と言う消化性の優れた焼きそば、的な『ヨキソバ』ボディの持ち主だとしてもだ。

 こんな深夜に、大量に食わせるのはイカがなものか……いや、侵略でもなくチョコなのだが。

 そんな風に思った俺は――


「ほらよ?」

「……あーん? ――ぅ!」


 不憫ふびんに思って、食べかけのポテトチップスを……いや、ウチの妹は干物妹ひもうとではないし「あずきーん☆」なんて擬音も鳴らないから普通にポテトチップスで大丈夫だ!

 あと、食べかけと言っても袋からである。

 ……以前、本当に手に持っていた食べかけのポテトチップスをフォックス・シンばりに強奪スナッチされたことは心の中にしまっておこう。

 まぁ、甘いものばかりでは飽きるだろうからな。なんたって、俺はできるお兄ちゃんなのだ。

 ジェントルメンとして対応してあげようとしていたのだった。


 そう、あくまでも優しく紳士的に対応しようと思っていた俺。

 なのに目を閉じて「あーん」とかやられたんで、お兄ちゃんテンション上がっちゃいました。

 本来ならば、一枚にするところを……今ならドドーンと、あと八枚お付けして、お値段なんと据え置き!

 音楽の女神にちなんで九枚セットでご奉仕中!

 こんなチャンスは滅多にないですよ? いつやるの? ……今でしょ!

 と言う訳で、九枚の女神が憑依合体ひょういがったいした代物を……あな~たのお口にプラグイ~ン。


「ぅぅぅぅぅぅぅ……」

 

 うっさい、小豆! 今大事なプレゼン中なんだから静かにしてなさい!

 ……そして今なら手数料全額、私が負担します! お電話番号は――


「ぅぅぅ……○※■△●!」

「――って、どうした小豆!」

 

 いきなり手足をバタバタさせて顔を茹で小豆のようにしている妹。どうしたんだろう。

 旅立ちの日なのか……いや、ごめん。本当に苦しんでいる時に、何たるお兄ちゃんなんだ。

 と言うよりも、本当にどうし――ん? う゛ぇえ!?

 あいててよかったー! もとい、しまったー!

 コレ、親父が置いていった『ハバネロ』じゃねぇか! 

 さすがに俺でも二枚も食ったらリタイアする『絶剣』に匹敵するくらいのレベルの代物じゃねぇか!

 こんな、スライムでも小指で倒せそうなレベルの妹が立ち向かえる相手じゃねぇ!

 それも九枚重ねて食べたとなれば……辛いの大好きな某女性声優さんならば「ん? 美味しいニャー♪」と言ってくれるかも知れんが。

 小豆には、某みてるアニメに登場する男性恐怖症の『お姉様』が、柔道部やら相撲部やらボディービルダー部の筋肉マッソーな猛者どもの『ふんどし祭り』を眼前で繰り広げられるくらいに卒倒もんだろう。

 まぁ、そんなもんが眼前で繰り広げられたら、俺でも卒倒するがな。だが、それ以前に……。


「う……ふぅん……ふぉわ――はぅ……あぁ……んん……」

「……」

「ん……ほあ、ほあ、ふぉ、ふぅ~ん……」


 さ、さすがはポテトチップス界の松岡●造アニキ。いや、西川●教アニキかも知れない存在だけはある。

 きっと小豆の身体の中を灼熱しゃくねつのような風が吹き荒れているのだろう。

 そう、部屋の温度をすべて小豆の体内に奪われたような室内。俺は全身が凍えるような感覚に陥っていた。まぁ、自分の過ちに戦々恐々せんせんきょうきょうとしていたのだが。


 辛さで全身が茹で小豆のように赤くなって、煮汁のように甘い香りを俺の鼻腔に注ぎ込む。

 しっとりと汗で濡れた顔の中央にある、普段ならぱっちり大きく開かれているたれ目は、少し瞼を落として涙で潤み、虚ろな瞳で俺を見つめている。

 そして半開きになった口からは、少し口内の水分が顎へと垂れ出している。

 そして、声にならない吐息まじりの音が漏れていた。そんなコイツの吐く息は、甘さと辛みの合わさった甘美な香り。

 その香りは、睡魔に襲われながら深夜アニメを鑑賞しようと眠気に打ち勝つ為、ブ●ック●ラックを噛んだ時のように、俺の脳を刺激していた。

 そんな俺の目の前で、小豆は覚醒の一途をたどっていた訳なのだった。



「……ほぉひぃいひゃん……はぁ……ほぁふぅい……」

「――ッ!?」


 辛さで麻痺しているのか、呂律ろれつの回らない言葉を熱のこもった視線で送る小豆さん。

 空調で快適な温度を保っている部屋にいながらも、小豆のTシャツ……この時は自前だったのだが。

「その格好でプールに落っこちたのかよ!?」って思うくらいにビッショリと濡れていた。

 濡れているせいで、シャツがピッタリと小豆の肌へと張り付いている。

 そのせいか、更に身体のラインを強調して『本日の目玉! スイカ』なんてポップを出して、大売り出しをしている青果店ばりに、俺の前へと陳列されているのだった。

 そんな濡れた白いシャツにうっすらと浮かんでいる、二つの小さな丸いピンクい――ろぉ?

 い、いやお前――え? もっと大きい面積の色はどうした?

 あ、あれだ……突然の通り雨とかで、雨宿りした男女がさ? 


『あー、もぉ、ビショビショ……』

『ほんとだ……な?』

『――え? ……って、どこ見てんのよっ!』

 

 なんて、雨で透けたブラウスから浮かび上がる、色鮮やかな大きな面積。

 それに気づいた女子が顔を真っ赤にして両腕で隠すと言う、お約束のイベントの必需品はどうしたーーーーーーーーー!

 ……あっ、床に山脈発見。


 俺が慌てて、視線を小豆さんの足元に逸らすと、床の上に知らない間にできあがっていた山脈を見つけた。

 いや、いつの間に脱いだんだ? 学校の体育とかプールとかで磨き上げた女子のスキルはあなどれんな。

 しかし、この山脈。色鮮やかな緑地に黒いストライプって……。

 どうやら本当にスイカだったようだ。

 でも、これ、絶対小豆さんのチョイスじゃないよね? 店員さんの策略だよね?

 まったく、その店員さんに一言申し上げたい。店員さん……オメガグッジョブ!


「……ふぅー。ふぅ~ん……にゃぅ――むぅ~」


 店員さんをたたえていられる場合じゃなかったんだ。は、早いとこ小豆を楽にさせないと。

 って、い、いや、小豆さん……苦しいのはわかります。いや、実際にはわからんが。

 ですが、シャツの裾をギュッと握って下に引っ張るのはやめてください!

 シャツが更にラインを強調して、ピンク色が8Kスーパーハイビジョンしているじゃないですか!

 しかもピンク色が炊きたての新米のように主張しているじゃないですか!? 

 ……これはなんてエ●ゲですか? なんて言っている場合じゃねぇ。


「――ッ!」

「……ふぁ? ……あっ……あぁう……ふわぁ……」


 目隠しをしようと咄嗟に床にいた、ほとりちゃんと世里ちゃんを押し付けて小豆さんのシャツを隠した俺。

 ふー、とりあえず難は去ったか――って、なんなーん!

 こともあろうか、妹は二人を上下に揺すり始めやがった。そして甘美な声を漏らしながら、更なるレッドゾーンへと突入したのだった。 

 やめてー! ほとりちゃんと世里ちゃんにそんなこと覚えさせないでー!

 とは言え、二人を救出したいのだが、それをしてしまうと再び8Kの世界へ舞い戻る訳で。

 

「……あうい~。……」

「――ッ!?」


 こするのをやめて二人を床へと解放した小豆さんのピンクは、摩擦と張り付きによって更に勢力を拡大していた。

 そしてボーっとしながら呂律の回らない口調で「熱い~」とつぶやくと、両手でシャツの袖を掴んで上に持ち上げようとしていた。って、俺の部屋は風呂場じゃねぇ!

 やばやばやばやば! エマージェンシーですぞ!

 小豆、活動限界まであと一分です! やばい、暴走を始めちまう。と言うより、もう暴走しとるんだが。

 どっちかと言えば、お兄ちゃんの活動限界まであと一分です!

 言いたくないが、俺のエクスカリバーが「オラに元気を分けてくれ!」って体中の血液を集め始めちまっているのだった。

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