北条先輩に相談!

英知ケイ

本当の自信って何ですか?

 昼休み、校庭では、男子生徒たちがサッカーでもしているのか、時折あがる歓声のようなものが聞こえる。しかし、校舎を挟んだ逆側の、日陰になっているこの一角では、音がややさえぎられているようで、その音は遠くに感じられる。


 日陰になっているせいもあるのか、こちらは生徒には人気にんきがなく、人気にんきがないから人気ひとけも無い。


 しかし、逆に、そういった状況を必要とするものにとっては好ましい場所ではある。


 今日はそこに影が二つあった――





「今川? 何の用?」


 目の前にいるのは、クラス委員長の遠山。彼女の飾らない率直な言動は裏表が無く、ゆえに男子にも女子にも人気があった。「ここにはこんな時間久しぶりにきたな。風情があるといえばあるのかも」と言いながらきょろきょろすると、栗色のポニーテールがまるで生き物のように揺れ動いて不思議な魅力を放つ。


 そんなことを考えていると当初の目的を忘れそうになる。

 これはいけない、と彼女を呼び出した今川はじめは、覚悟を決めた。


「あ、あのさ、委員長。俺と付き合ってくれないか」

「それはできないわ」


 勇気を振り絞って言った台詞だったが、あっさりと挫かれてしまった。

 普段の言動から嫌味は全く感じられないが、しかし、ここは男として抵抗したくなるものだ。


「なんでだめなんだよ。学年順位だってほぼトップで、部活でレギュラーも逃したことない、図書館の本だってもう読むものないんだぜ俺。どこが不満なんだ?クラス委員長って大変だろ、色々相談にも乗れるぜ」


 まくしたてる元に対し、彼女は軽くため息をつく。


「……いつも言ってるけど、今川は凄いやつだって私は本当に思ってる、でも、それとこれとは別。私にはこれ以上、上手くは言えないや、ごめんね」


 それだけ言うと、彼女はくるっと踵をかえし、校舎の逆側へと去っていった。

 後に、何も言えずポツリと佇む、一人の男を残して。




――――――――――――――



「なーなーはじめ~、どうしたん?」


 ふと顔をあげると、ゆらりとたなびくおさげ、幼馴染の平松しずだ。

 その小柄で人懐っこい話し方と性格から、クラスの愛されキャラなのは間違いない。腐れ縁というべきなのか、はじめとは中学からずっと一緒のクラスでここまで来ている。


 幼馴染というと、恋愛小説でも不動のポジションではあるが、あまりに近すぎる関係のため、はじめしずにそういう感情は抱いていない。さらに、最近は、男子女子の壁のようなものがあり、あまり話をすることも無くなっていた。


 さて、どう見ても、自分の今日の昼休み以降、最後の授業が終わった今に至る態度は不自然だろうし、隠しても仕方あるまい。それにしずは変に他人にいろいろ言うタイプではない。ちょっと吐き出したくもある。はじめは、彼女を手招きすると、廊下に誘い、周りを見て角を曲がった人気のないあたりを確保して、委員長に振られたことを伝えた。


「ふーん、なるほどね、遠山さんか……そうや、悩んでるんやったら、いいとこいかへん?」


 そう言うと、「お、おい、どこへいくんだよ」という元の手を強引に引っ張って、まるで引きずるようにして、彼女は教室のある棟から、図工室や美術室、視聴覚室等がある棟に彼を連れていく。


 気が付くと、「社会科準備室」と書かれた部屋の前に二人は立っていた。

 ようやく落ち着いた元が何かを言おうとするよりも早く、康は扉をノックする。


「誰だ?」


 中からよくとおる女性の声で誰何があった。


「二年の平松と言います」

「……よし、入ってもいいぞ」

「失礼します」


 ここで急にいなくなるわけにもゆかず、元は康に続いて部屋の中へ入った。

 そこには、蔵書に埋め尽くされた本棚が左右にあり、真ん中に細長い机、そしてその机の上には真っ白な毛並みの猫が一匹座っており、その猫の丁度正面にあたる椅子に女子生徒が一名座っていた。


 綺麗で艶のある黒髪は、彼女の肩程まであり優雅さをたたえている。

 胸元のセーラー服のリボンの色から察するに、彼女は三年生、つまり先輩のようだ。


「先輩、恋愛相談お願いしたいのですが、今良いでしょうか?」

「お、おい、康、どういうことだよ、それに誰だよ、この先輩」

「ああ、そうか、話さずにきちゃったな。こちらは北条先輩。占いを使った恋愛相談で、この学校では有名人やよ」

「恋愛相談って……もしかして俺の?」

「そうやよ、他に誰がおるの?」

「……」


 あっけにとられて元はしばらく物も言えなかった。

 この自分に人に相談することなんてない。お前学年トップクラスの頭脳を馬鹿にしていないか? と言いたくなる、言ってしまおうか、そう思った刹那、横槍が入った。


「お前たち、私に何かを相談しに来たのであれば、その私の前で、私を放置して話し続けるというのは、いくら何でも失礼だとは思わないのか?」


 先ほど、廊下で誰何された際も感じたが、凛とした、心にしみてくるような声だった。それでいて、形容しがたい凄みのようなものがある。元は、それに気を取られて、一瞬、頭が真っ白になったが、ハッと我に返る。


「すみません、先輩。康もう帰ろうぜ、だいたい俺に占いなんて必要ないんだよ、中身はこんなにイケてんだから、後は上手くプロデュースさえできれば……」

「なるほど、お前には、恋愛する、しない以前に人として足りないものがあるな」


 康の背を押して出口に向かおうとしていた元は、その一言に当然振り向く、視線が合う。先輩は彼の目をじっとのぞき込んでいた。心の深いところの何かがその目で見透かされているのか? しかし、先ほどの彼女の言葉には納得はできない。


「先輩は知らないのかもしれないですけど、俺、成績学年トップクラスの優等生ですよ? 部活だってレギュラー張ってます。今日は練習休みだからいいっすけど、本当はいつもだったら今の時間はこんなことしてる場合じゃないです。それから……」


「ストップ」


 先輩は右手の人差し指をぴんと元の方に向けつつ、その一言で、彼の口が言葉を紡ぐのを止めた。


「お前は自分に自信が無いのだな」


 この一言は元を困惑させ、一瞬彼の動き自体を完全に止めさせた。

 自信がない? 俺が? ……いや、ちょっと待てそんなはずないだろう。

 むくむくと湧き上がる抵抗したい気持ち。


「そ、そんなことはねーよ、先輩。だからさっきも言ってるけど俺クラスでもイケてる方なんだぜ、クラスの奴が俺のよさをわかんねーほうがわかんねーよ」


 クラスの奴、が特定の誰かを示しているのは、おそらく康にはバレバレであったろうが、それを気にできる状況ではない今の元だった。

 先輩は、フッと軽く息をつくと、やや興奮気な元の両目を見据えた。


「自信のある人間ならば、人に対して必要以上に自分の力をアピールなどしないものだ。直接的、間接的関係無くな。なぜなら自信のあるやつは、自分が持っている力を当たり前だと思うからだ」


 この一言で、元は何も言えなくなった。


 言えば、先輩の言の正しさを肯定することになる。

 もっとも、それだけでなく、何か自分の中でうごめくものを感じたことが大きいが。


「まあ、自信の有無はさておくとしてもだ、自分の力を人に認めてほしいと思うこと、『承認欲求』というのだが、これもお前は人並み以上だな。全く度し難い」

「せ、先輩、待ってください、それ以上は……」


 完全に沈黙し固まっている元を案じたのか、横から康が間に入る。

 先輩は、そんな康の方に目を向けた。そして問いかける。


「平松、別にこいつがどうなろうと私は何の不利益も受けないから、このまま連れ帰っても一向に構わないが、もしこいつのことを思うのであればこのまま続けさせろ。どっちがいい?」

「お、俺は……」

「お前には聞いていない、私が聞いている相手はお前を連れてきた平松だ」


 先輩の言葉の剣は、スパッと元の発言を切り裂き、その切っ先は康のほうに向けられた。

 康は、元の方に少し首を傾け、その様子を確認した後、再び先輩の方に真っすぐ向く。


「……お願いします。続けてあげてください」


 先輩は軽く頷くと、元の方に向き直る。


「よし、では続ける。『承認欲求』が強い人間は周りが見えなくなる。自分のことで精一杯だからな。そんな人間がどんなに人に求めても、人は認めてくれないことが多いだろう。そしてまかり間違って褒められることでもあれば、その人間に依存してしまう。逆に褒めてくれない人間は意図せずとも遠ざけてしまう。しかし、いつまでも褒め続けられることはない。そうした交友関係はいずれ破綻する。悲しいことだがな」

「……」


 まるで、すべてを知っているかのようだった。


 確かに、遠山は、元の言うことに対し、いつも、肯定してくれた。それをいつの間にか心地よく思って……勘違いしてしまっていたのか……。


 他のクラスの人間、部活の人間との今までの関わりを反芻するに、先輩の言は正しいように思える。しかし、正しいように思えるからこそ、それを認めたら自分を失ってしまうようで、……絶対に認められない。


 元は唇を噛んだ。


「さらに、お前の場合は根本的に自分に自信がないから、もし褒められたとしても素直にそれを受け止めることはできない。ゆえに、褒められたことを自分の中でより確かなものにするため、話を聞く相手のことなど全く考えず、さっきのように自分の言いたいこと、自分の優位性につながりそうな内容だけを延々とまくし立ててしまうのだ。違うか」

「……じゃあどうしろっていうんだよ!!」


 叫んでしまっていた。隣では、康が心配そうな顔をしている。

 だが、それほど元は苦しかったのだ。

 認めてしまったら、全否定された自分は無くなる。無くなってしまう。


 一方、先輩は、叫んだ元を変わらずじっと眺めていた。最初から全く変わらぬ、澄んだ瞳のままで。そして、その唇は次の言葉を紡いだ。


「それでいい」

「は、はい……?」

「それでいい、と言っている」


 高度な謎掛けのようだった。何を言っているのかわからない。


 ただ、そんな元にも、先輩の言葉にあるのが自分への肯定であり、否定が一切無いということはわかった。気のせいなのかもしれないが、今の彼女には母性のような温かみすら感じられた。


 だから、彼は、こんな状況であっても、彼女の次の発言を期待しながら待つことができた。


「まず、自分の自信の無さと承認欲求の強さを自覚し認めることが大事なんだ。コントロールできる可能性が生まれるからな。だが、自分でこれをできるようなやつはそもそもそんな状態にはならない。だから、おせっかいかもしれんが、私がお前の感情を揺さぶるように言ってやったわけだ。感謝しろ」

「!!」


 彼女の言い方はとてつもなくキツいものがある。それは誰しも認めるだろう。

 しかし、それに勝る心地良さがあった。

 前の発言にもあったが、彼女の行動に私は無い、全て彼のために言ってくれているのだと思える。


「しかし、これだけでは解決にはならない。喉が乾いた状態がわかったとして、我慢ができるかというと、無理だからな」

「先輩……じゃあどうすれば……いいんですか?」

「ここからは人によって変わるところだから難しいが、ヒントはやれる。できそうならやってみろ」


 元は頷いた。


「まず、過去の自分の凄さを何でもいいから自分で見つけろ。例えば賞状や良い成績の通知表、そこまでいかなくても、先生や友人に褒めてもらったとか、ゲームのスコアで自己ベストを更新したとか、今までの良い記憶を思い出せばいい。結果が出せていなくても努力できていたことがあるならその事でいい。これはお前ならば造作もないことに思えるな」

「あ、ああ……」

「その良い記憶を持てる自分をまず褒めろ。自分なんだから遠慮なんてしなくていい。『過去の俺最高!』それでいい。その褒めの受け手も自分であることを忘れるな。褒められた気持ちを存分に味わえ」

「過去の……俺……」


 先輩はそこまで話すと、机の上にあったティーカップを手繰りよせ、飲み始めた。今まで、机の上におとなしく座っていた猫がそんな彼女の膝の上に移動し、その頭を彼女はなでている。この何気ない行動は、元に考える時間をくれているのだろう。


 彼は、最近のテストの誇らしい順位を思い出し、テスト勉強を頑張っていた自分を思い出した。

 努力していない風で良い点を取るほうが格好いいからと、誰にも言っていないが、部活が終わった後、遊びも断って夜遅くまで頑張っていたのだ。


 それはテストで高い点数を取って他人よりも優位に立ちたいという浅ましい感情だったのかもしれない。しかし、この頑張りは誰にでもできることではないはずだ。

 イメージの中、部屋で机に向かい必死で方程式を解き、英単語を繰り返す自分。自分のことなのに、何だか、こいつの頭をなでてやりたくなる。


 そうか、自分は、なでてもらえるのか……。


「少しは自分を認めてやれそうか? 認めてもらえたか。そうしたら自分に対してでもこういうんだ。ありがとう、と」

「あ、ありがとう……」

「よし、これは毎日やるようにな。自信が無いっていうのは、自分が好きになれていないということだ。自分を褒めて、自分に感謝して自分をとことん好きになれ。

そうすれば、いつしかありのままの自分を愛せるようになるだろう。それが自信となる。覚えておけ」


 不思議だった。自分で自分にありがとうを言っているだけなのに、とても気持ち良いのだ。


「では、次は、お前の周りの人間を思い出せ、誰でもいい、そして、そいつの良さ、凄さをあげられるだけあげてみろ。さっき自分と向き合えていたなら、きっと素直にできるはずだ」


 元は躊躇なく、自分を振った遠山のことを考えた。


 自分だけじゃなくクラスの他の奴にも優しく面倒見のいい遠山、だからこそ皆に好かれる遠山、彼女のことを悪く言うやつなんてどこにもいない。自分とは大違いだ。


 どうやったらあんなに相手のことを考えて接することができるのだろう。

 考えてみると、自分は今日振られたのだが、彼女の台詞を反芻しても、付き合うことについての否定はあったが、どこにも自分に対する否定はないのだ。むしろ褒めてくれてさえいた。


 そうか、単純に委員長としての真面目さもありはするが、この相手自身を否定しないのが彼女の最も凄いところなのかもしれない。


 元はそこに辿り着いた。


「そうしたら、心の中でいいから相手を褒めてみろ。どうだ? できたか? ありがとうは言ってもらえたか?」

「はい……」


 元の心の中の遠山は、彼の慣れない褒め様に、ちょっと困った顔をしながらも「ありがと」と言ってくれていた。


「ふむ、まあ、本当かどうかはお前にしかわからないからな、頼むぞ。もし、できなければ、もう一度さっきのように過去の自分と、とことん向き合う必要がある」

「大丈夫だと思います、先輩」

「お前なんだかさっきと全然態度が違って気味が悪いな……」

「先輩!」

「ふふ、冗談だ、その調子では問題なさそうだな、良い目になった。自分に自信のある人間、自分を褒めて自分にありがとうが言える人間は、当然他人にも同じことができるし、他人のことを尊重し思いやれるようにもなる。もっとも、そんなに簡単に人は変われないからな。心しておけ。思考の癖というやつだ。だから、良い癖で上書きするように、ここは頑張らなければならない」

「はい」

「よし、もう連れて行っていいぞ平松。また拗らせたら、まあその時は私も少し責任を感じるというものだ、仕方ないから少しだけつきあってやろう。でも、なるべくもう来ないようにな、私も忙しい。頼むぞ」

「ありがとうございます、北条先輩」


 元は、ふと、とあることに気が付き、自分の横で、先輩に感謝を述べる康をじっと見た。


「康……」

「どうしたん、元? 私の顔なんかついとる?」

「先輩に紹介してくれてありがとな。……お前、俺よりも俺のことよっぽどわかってたんだな。洞察力っていうやつか。俺には全くないわ、それ。ああこれまた自信がないって奴なのか……チクショウ、上手くいかねーわ」

「元、あんたイイ感じに可愛くなってるんやけど……よしよし。褒めてくれてありがとね」

「上手くいかねーけど、何か今日先輩に教えてもらって、メチャメチャ自分が恥ずかしくなってきたから、これからはいろいろ気をつける。相手を全部見て話すようにする」

「それ、かなり上級者な気もするけど、でも、そやね。そのぐらいの勢いがいいかもしれんね」

「不許可だ」

「えっ? 先輩?」

「そういうイチャイチャっぽいのはこの部室では許さん。お前ら、とっとと帰れ!」

「す、すみません」

「ごめんなさい」



――――――――――――――



「もう出てきてもいいぞ、浅井」


 件の二人が、部屋を辞した後、彼女は入口の方に向かって言った。

 その声とともに入口の脇にある掃除道具の入ったロッカーの扉が開く。


「先輩、ひどいですよ……私雑巾臭くなっちゃいます」


 出てきたのは短髪の小柄な少女。

 セーラー服のリボンの色から二年生だとわかるが、一年生と言われても通ってしまうのではと思われるほど愛い愛いしく、あどけない表情をしている。

 そして、手をパタパタさせながら、北条の非道を責めている。

 猫がそんな彼女に近づいて一緒にニャアニャア鳴き始めた。


「すまない。さすがに見知った第三者がいると、ああ素直になれはしないと思ったのでな」

「確かに、親友の直が珍しく困った顔をしていたので、康ちゃんに根回ししたうえで、先輩にお願いしたのは私です。タイミングが悪くて、こうなってしまったのは、仕方ないですけど……あー雑巾臭かった、もうダメ……パタリ」


 台詞のとおり机の上に彼女はつっ伏した。


「お、おい、しっかりしろ、今紅茶入れるから」

「本当ですか! では、先輩が秘蔵しているカモミールティーなどをいただきたいです」

「現金なやつめ。まあ、明日の分はありそうだから、大丈夫だな」

「明日何かあるんですか?」

「部員が増える。お前も知っている奴だと思うぞ」

「何です~? また占いですか? でも誰だろう……」

「そうだな、お前には言っておくか――」


 窓の外に見える桜はもう葉っぱが多くなっている。

 今日は少し肌寒くはあるが、明日はもっと暖かくなるらしい。

 そして、この部室にも人が増え、もっともっと暖かくなるのだろう。

 陶器のティーポットの茶葉が蒸れるのを待ちながら、彼女は素敵な未来を予感していた。

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