第5話 エピローグ
正直、自分のため、というのはただの口実で、目的はイルキラの乗っ取りだと分かっている。
だが、それでも、自分に死を覚悟させたイルキラが次々と制圧されていくのを見るのは痛快だった。
ただ一つだけ、メイフィは必死で止めようとした。
レイナの髪を剃ることだ。
確かにレイナは今回の件の元凶で、憎くないかと問われれば、殺したいほど憎いと答えるだろう。
だが、泣きながら抵抗している彼女が哀れに思えた。
だから、止めたのだ、もういい、やめてあげて、と。
するとヴェルムは「髪などいくらでも生えてくる。だが、お前が廃人になったら、戻せなかったのだ」と言った。
それは確かに事実で、レイナはあの、メイフィに死を覚悟させた事件の犯人なのだ。
しかも、ヴェルムの目は怒りに険しかった。
だから、それ以上何も言えなかった。
泣きじゃくるレイナから、目をそらした。
この行動は社益のためだが、あの目だけは、自分のためだと思っている。
何しろ、解毒剤を持っていたのに、治ると分かっていたのに、ここまで怒っているのだから。
レイナは今、隣で泣いている。
ヴェルムは専務へ、持ってきた契約書類にサインをさせている。
用済みのレイナはもう放置されている。
もちろん彼女のやったことは許せないので当然の報いだ。
そう思い込むことで、何とか同情せずにいられる。
「あ……!」
そう言えば、彼女に頼みがあったのだ。
この状態で聞いてくれるかどうか分からないが、聞いてくれなければ、ヴェルムに話すと言えば聞いてくれるだろう。
「あの」
「は、はい……?」
泣き掠れの声。
声をかけられ、怯えているのが分かる。
「不安なので、解毒剤を、もう少し分けてもらえませんか?」
メイフィが言うと、レイナは何と言えばいいのか戸惑っていた。
「あの……解毒剤は、最近研究を再開しましたけど……まだ、結果が出ていません」
「……え?」
あれ? おかしい。
彼女が聞いていたことと違う。
「資金が入って研究の目度は付きましたが、結果が出るにはもう少し時間がかかると思います」
「え? え? ってことはつまり……」
「まだ、この世に解毒剤はありません」
おかしい。
それなら、自分はどうやって……?
「メイフィ、帰るぞ?」
ヴェルムたちの話は終わったようで、うなだれた専務が向こうに見える。
「あ、はい!」
メイフィは慌ててついて行く。
その後、
メイフィはシャムレナからのキスの攻防をしたり、されるがままのヴェルムに、笑いをこらえるのに必死だったりで、そんな些細なことは、忘却の彼方に失われてしまった。
■
それからすぐに、ヴェルムの肩書きが増えた。
リクシーナ金融社融資営業部次長兼
次長と課長の兼任だけでも忙しかったのに、これ以上はきついと辞退しようとしたが、社命、であったため、受けるしかなかった。
そうなると、
それに対して、もう、シャムレナもリーナも文句は言わなかった。
イルキラはヴェルムを表面上以上に受け入れてはいなかったが、ヴェルムがあらゆる無駄を指摘して、更に営業や開発の効率化をいくつも提案すると、徐々に受け入れるようになっていた。
ちなみにレイナについては、自分でやったにもかかわらず「彼女は社命の影響で被害を受けた労働災害者だ」と言い、髪が生えるまでのウィッグ代などを社が支給することになった。
これで、イルキラ社内では、少なくとも表面上はリクシーナに敵対する者はいなくなった。
「さて、新規案件があるがどうする?」
いないことも多くなったが、いまだに彼の席はここが主だ。
「どうするって、何がですか?」
「一人で行ってみるか? という事だ」
メイフィは課長であるヴェルムに一番近い席となっていた。
ヴェルムがその方がいいと決めたのだ。
「一人で、新規案件、ですか?」
「ああ、お前には早急に育ってもらわなければならない。もちろんまだ無理だというのなら私も行くが」
「いえっ! やらせてください!」
仕事を任せてもらえる。
それだけで嬉しい。
何しろこれまで、
「難しいならいつでも報告相談しろ。無理はするなよ? まあ、一回くらいなら失敗してもいい。だが、失敗する気では取り組むなよ?」
「分かってます! では、行ってきますっ!」
駆けていくメイフィ。
「おい、まだ案件の説明もしてないぞ?」
「あっ! じゃあ早く言ってくださいよ!」
まるでエサをせがむ犬のようなメイフィ。
「分かった。まずは落ち着いてから話してやる」
それを見て、ただ苦笑するヴェルムだった。
■
例えば、とある金融業に勤める男がいたとしよう。
彼はある者に金を貸した。
担保はその者が親から受け継いだ大切な宝物だった。
もし、期限までに返済されなかったとしたら、彼はそれを売り払うだろう。
泣いて乞われて、それは親の形見でもあると言われても、それが自分にとってどれだけ大切かを説明されても関係ない。
それを見たままの価値で判断する取引先に売り払い、貸した金を回収することだろう。
その担保にどんなに思い入れがあろうと、彼はこう言うだろう「いいえ、これはただの担保です」と。
そして彼はこう評される。
「お前には感情がないのか」と。
それに対して、彼はこう答えるだろう。
「これが私の仕事だ」と。
「私にだって、愛する者はいる」
武装金融リクシーナ 祀木あかね @artmaki
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