第4話 乗っ取り

「これは一体どういうことだ……?」

 イルキラ魔兵商会専務兼開発本部長キャルハンは状況を把握し切れてはいなかった。

 現在、非常事態が発生していることは分かる。

 何者かがこの本社を襲撃していることは報告で理解している。

 だが、ここは世界にその魔装兵器を販売する総本山。

 例え列強国が攻めて来ても、そう簡単に潜入は出来ない。

 当社の武器は他社の武器で敵うわけがない。

 もちろん、列強国クラスが当社の武器を携えて攻めてきたら、人数も兵の錬度も敵わない。

 だが、決して負けることはない。

 イルキラの武器で、イルキラは攻められない。

 だから、少なくともイルキラの武器を使っている国が攻め入ってきても、制圧されることはまずない。

 だとすれば、襲撃もすぐに制圧されるはずだ。

 世界に冠たるイルキラの武器に敵う武力など存在しないのだから。

 ならば、何が起こっているというのだ?

 ただ、慌てる事しか出来ない専務。

 目の前のドアが開く。

 そこにいたのは、リクシーナの課長だった。

「失礼します。急な訪問ですので、多少乱暴なことをさせていただきました。受け入れていただき、幸いです」

「受け入れた? いや、そんな事は聞いていない! 何なのですかこれは? いや、それよりもどうやってここまで来れた!? 衛兵は?」

 おそらくこの騒動の主犯であると思われる目の前のヴェルムが、非常に落ち着いているので、専務は不安になり、声を荒げる。

「衛兵の方や開発の方には下がって頂きました。反抗する方には多少乱暴なことをいたしましたが、お許しいただけますよね?」

「いや、だが、彼らはそこらの兵には負けない程の武器を手に──」

「それは、貴方が、自社の衛兵すら信用していなかったのですから仕方がありません」

 いつもと同じ、慇懃な態度。

 彼は何を言っている?

 衛兵の信用も何も、衛兵など、名前も知らないし、気にかけたこともない。

 信用している、してない以前の問題だ。

「手短に申しますと、彼らの武器も、無効化出来てしまいました。そして、魔装武器なしでは、うちの兵装課リュークスの練度には到底及びません」

「な……何故それを!? どこで知った!」

 うろたえる専務。

 イルキラの武器は全て、自らが攻め込まれた時のために、無効化する事が出来るのだ。

 もちろんそれはトップシークレット、イルキラを使用している各国はもちろん、社員ですら、一部の者しか知らないはずだ。

 それを、何故こいつは知っている?

「うちには諜報課ラクシルという部署がありましてね。御社の機密など、こちらでは把握しているのですよ」

「…………!」

 その機密を知られているなら、衛兵はもう無力だ。

 開発部署に無効化されない開発中の武器があるだろうが、開発者と鍛えられた兵士では練度に差があり過ぎる。

「本日の用件ですが、うちの者が御社に被害を受けまして、その報復に来たのです」

 ヴェルムは彼の背後にいるメイフィを顔で指しながら穏やかな声で言う。

 なるほど、こいつは出来るとは思っていたが、部下に対する感情が交じると、冷静になれないタイプのようだ。

「……そんなことは知らん。証拠でもあるのかね?」

 ならばやりやすい。

 ここを制圧したことで、世界が敵に回る。

 そこを責めれば高額の賠償で例の融資を返済しないことも可能だ。

「証拠、ですか」

「ああ、証拠だ。それがなければ君のやっていることはただの強盗行為だ。全ての列強国が敵に回ると考えた方がいい!」

 リクシーナ金融社にいくら諜報部署があっても、傀儡諜報員パペットエージェントの事を知っていても、イルキラの犯罪を証明することは出来ない。

 これは既にイルキラ内でも議論され、コンプライアンスの観点からも証拠がないようになっているはずだ。

 だからこそ、手強いであろうリクシーナにも使ったのだ。

「証拠なら、ありますよ」

 だが、ヴェルムは狼狽うろたえることなく、そう言い放った。

「入れ」

「うう……っ!」

 引き立てられてきたのはレイナだった。

「彼女が全てを教えてくれました」

「私が……彼女に……ううっ……呪いをかけました……」

 泣きながらも、レイナは、彼女の犯行を吐露した。

 相変わらず不健康そうな様子は、泣き腫らしていても変わらない。

 哀れみはいつもの比ではない。

 その原因は、泣いていることだけではなかった。

「レイナ……お前、その髪は?」

 レイナの長い髪。

 その一部が、無くなっていた。

 いや、先が切断されているのではない。

 中心部分、額の上から脳天を通って後頭部に抜けるその部分、その部分の髪が、無くなっていたのだ。

 まるで刃で剃られたように、坊主になりかけのように。

「ああ、これですか」

 穏やかな口調のまま、ヴェルムがお気に入りのアクセサリを指摘されたような口調で話す。

「なかなか教えていただけませんでしたので、お話をしやすいようにこちらで加工させていただきました。そのおかげで快くお話しいただきました」

「…………っ! 女の子の髪を剃る、だと!?」

 考えられない、何故それを平然と出来るのだ。

 それは、もはや、痛みのない拷問と言ってもいい。

 その証拠に、レイナは泣いている。

 多くの兵士に捕まり、死ぬかも知れない恐怖がなかったら泣きじゃくっていただろう。

「髪が、どうかしましたか?」

 何事もないことのように、ヴェルムが訊く。

「いや、お前、女の子の髪を剃るなど、酷いなどという問題ではないぞ……?」

「髪なんてまた伸びてくるでしょう。何か問題でも?」

 あまりにあっけらかんと答えるヴェルムに、殺意を抱く。

 うちの社員に、優秀な社員に、何という事をしてくれたのだ。

「──弊社の社員は。私の大切な部下は、廃人にされかけたのです。髪くらいであなたに文句を言う資格はありますか?」

 射るような、鋭い目つき。

 先ほどまでの穏やかな表情から一転して、人を殺しそうなその表情に、専務は何も言い返せない。

「ま、遊戯あそびはこのくらいにしましょうか」

「…………」

「弊社はこの件を収める用意がございます。私共といたしましても、御社とは末永くお付き合いしたいと願っておりますので」

 この件を収める用意、つまり、条件を呑めば許してやる、という事か。

「弊社がお預かりしております例の金剛石ダイアモンド、あれを頂くことでもうこの話はなかったことにいたしましょう。よろしいですよね?」

「む……ま、まあそれくらいなら……」

 あの金剛石ダイアモンドはかなり高価で、しかもかけがえのないものなので、失うのは辛いが、それでリクシーナが怒りを収めるのなら致し方がない。

「ご理解いただきありがとうございます。さて、それでは、次のお話に入りましょう」

「次の……?」

「御社の融資に関する担保がなくなってしまいました。ですから、新しく担保を戴く必要があります。でなければ、融資させていただいた資金を返却いただくことになりますが」

 ぞくり、と背中に寒気が走る。

 ああ、そうか、そういう事か。

「そんなものはないし、資金ももう手を付けている。全額返済は不可能だ」

「ほう、そうですか」

 こいつは、そう答えるのが分かっていた。

 分かっていた上で、予定をなぞるように口にしたのだ。

「それならば、別の担保をご用意いただきましょうか。最適なものがございます」

「……それは、何だ?」

 分かっている、この悪魔の言いたいことはもう、分かっている。

「御社の、経営権です」

「…………っ!」

 やられた。

 始めからそのつもりだったのだ。

 だからこそ、兵を引き連れて来たのだ。

 後悔、今はそれしかない。

 イルキラはリクシーナをなめていた。

 列強国も恐れるイルキラには、誰も敵わないと思っていた。

 だが、リクシーナは、リクシーナだけは、戦ってはいけなかったのだ。

「それでは、手続きをいたしましょうか?」

 ほとんど表情を変えないまま、話を進めるヴェルムに、もはや、何も言い返せない。

 もはや、黙って乗っ取られるしかなかった。

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