第3話 攻勢開始
きちんと食事をして、十分に睡眠を取ったら、かなり体調は回復した。
完全回復とは行かないまでも、ここ数日の頭も身体も遠かった状態ではなくなった。
これならもう大丈夫だろう。
問題は、ヴェルムに会うのがつらい、ということくらいだ。
出勤すると、やたら
すると、彼女が一番顔を合わせたくない人物に、素っ気なく「今からイルキラに行くぞ」とだけ言われた。
またいつもの馬車だと思い、準備していると、
もちろん、返済の期限はまだまだ先なので、取り立てではない。
それに担保として
となると、もしかすると自分の感染が原因なのだろうか?
シャムレナが話を聞いて、キレてくれたのだろうか。
だが、これは大事過ぎる、こんな事をヴェルムが認めるわけがない。
何しろ
彼にもちゃんと人間性があることは分かったのだが、だからと言って見方が変わるだけで本人が変わるわけではない。
仇討ちなどという非効率かつ非合理なことを許すわけがない。
「あの、今日は何しに行くのですか?」
「昨日、打ち合わせた結果、イルキラを乗っ取ることになった」
「はあああああぁぁぁぁ!?」
想定すらしていなかった答えに、メイフィは呆れたような声を出してしまった。
昨日と今日の間に、一体何があったのか、何をどうすればそうなったのか、全く理解できない。
話の本筋はどこへ行ったのだろう?
昨日あれから何があった?
そして、大企業をどうやって乗っ取るのか?
「乗っ取るって、何をするつもりなんですか? そんな事出来るんですか?」
「
「え?
いや、
そっちでない。
「その……
ヴェルムとシャムレナは犬猿の仲、いや、シャムレナが一方的にヴェルムを嫌悪しているから、彼女が協力してくれるとは考えにくい。
「まあ、ちょっとな……弱みを握られたかも知れないが仕方がない」
少し困ったように、いつもより小声で言うヴェルム。
いや、向こうに弱みを握られたのなら、協力してくれるわけがないのではないだろうか?
言っている意味が分からなかったが、それ以上聞いても、教えてくれそうな雰囲気ではなかった。
とにかく、これからイルキラを乗っ取るつもりのようだ。
それが自分のためなのか、自分をきっかけに乗っ取る算段がついたのかは分からない。
だが、とにかくこれが自分きっかけであることだけは、想像出来た。
確かに
イルキラ本社に到着する一行。
当然アポイントはない。
吊り橋が上げられていると、周囲は湖のような堀になっているので、入ることすら難しい。
どうするつもりなのだろう?
「作戦通り始めろ!」
シャムレナの号令で、
「え? ええっ!?」
驚くメイフィをよそに、堀はどんどん埋まっていく。
「え? こ、こんなことしていいんですか?」
「こんなことも何も、これは籠城戦のセオリー通りだと思うが?」
「いや、知りませんけど!」
そんなことを言われても、戦術の事など知らないメイフィは、ただ唖然とするだけだった。
何しろ、これは戦争ではない。
宣戦布告もしていない。
いきなり兵が来て、前触れもなく堀を埋め始めただけなのだ。
慌てたのはイルキラの方だ。
橋を下ろして警備兵が数人で走って来る。
それを待っていた
警備兵たちは邪魔だと勢いよく堀へ投げられていた。
おかしい。
呆然とそれを見ていたメイフィだったが、よく考えてみたら、ここは魔装武器の総本山であるイルキラ魔兵商会本社だ。
その警備兵が、強力な武器を持っていないわけがない。
「よし、一班二班は残って堀を埋めろ! 残りの班は中に入れ! 魔装武器を持ち出してくるから、作戦通り対応しろ! 開発部から攻めろ。大型武器を持ち出すまでにかかる時間は十七分と算出された、それまでに制圧しろ!」
シャムレナの命令で、勢いよく入って行く
「馬鹿が……現場で命令しないための事前作戦会議だろう」
シャムレナが作戦指揮をしているのを見ながら、ヴェルムがつぶやく。
現場で命令をするのは非効率だし、敵に作戦がばれる可能性もあるのでヴェルムが正解だ。
だが、メイフィはシャムレナの性格から、命令の確認を兼ねているのと、戦場で号令を出すのが格好いいからそうしているのだろう、と想像する。
シャムレナはとにかく派手なことと格好いいことが大好きだ。
「開発部制圧で連絡しろ! 我々が出る」
シャムレナは命令したらそのままこちらに走って来る。
「よし、後は準備待ちだ。待たせたな?」
そう言って、馬を降りて馬車に乗り込んできて、メイフィとヴェルムの肩に手を回す。
「別に待ってなどいない」
「おいおい、そんな事言うなよ、暑苦しいくらいに熱い男がよ」
シャムレナがヴェルムの側の腕を揺らす。
果たしてヴェルムは熱い男だっただろうか?
彼は不機嫌になってはいるが抗議はしない。
「連絡があったら出るぜ? すぐに出られるようにしておけ」
なんだ、このやりとり?
シャムレナはヴェルムが嫌いではなかったのか?
メイフィにはもちろん、ヴェルムにも親し気に身体を寄せるシャムレナ。
ヴェルムは多少迷惑そうだが、もちろんそんなことを気にするシャムレナではない。
「あの、お二人の間に何があったんですか?」
あまりにも昨日からの変化が大きいので、これは聞いてもいいだろう、と思いシャムレナに訊いてみた。
「ま、色々あったんだよ。で、私はこいつが初めてリクシーナに来た時を思い出してよ」
「そんな古い話は今することではないだろう。戦闘中だぞ?」
「いいだろ、このくらい。昔は融資営業課で、今の部長が課長だったんだが、こいつはまだ十歳のガキのくせして入社してきやがってよ」
シャムレナは、ヴェルムと組んだ肩を揺らす。
「お前も十歳入社であの時は十一歳だっただろう」
「そうだな、あの時は私よりも小さかったくせに、こんなに大きくなりやがって」
ばんばん、と背中を叩く。
シャムレナも女としては長身なのだが、ヴェルムはそれ以上だ。
「で、その時こいつは本当女みたいな見た目だったからよ。私も同じくらいの歳の女が来たって喜んでたら男だって言いやがってよ。信じられねえから裸にしてやったんだ」
「え? ていうか……えぇっ!?」
子供とは言え、あまりにも野蛮な確認方法だ。
だが、目の前のシャムレナの子供の頃、と言われると納得できてしまう。
「それで、まあ、私も子供だったから逆切れしたんだよ、なんで女じゃねえんだって」
「は、はあ……」
子供の頃の話なのに、何故かシャムレナの方がどう怒ったかまで想像できてしまう。
一方ヴェルムの方は想像もつかない。
女の子みたいだった?
「で、しばらく私はこいつに女の服を着せてたんだよ。あの時は涙目で仕事してたよな?」
「……そうですか」
どうしよう。
面白い。
笑いたい。
心の底から笑いたい。
けど、目の前に本人がいて、しかもその人は自分の上司で、更に昨日余計なことを言ってしまうという弱みも握られている。
ここは笑うわけにはいかないと、せきをするふりをして、口元を隠す。
ヴェルムの言っていた弱みとはこれの事だろうか?
いや、こんなことは前々から知っていたことだ。
「今さらそんなこと言い出して、何がしたいんだ?」
「てめえが可愛いってことを思い出しただけだ!」
「やめ……んぐっ……!」
来るのが分かっていて抵抗するが、力の差であっけなくキスされる。
少し前までは、いや、昨日までは絶対に見ることが出来なかった光景だ。
「師団長、開発部制圧の連絡がありました」
「よし、遊びは終わりだ、行くぞ!」
そう怒鳴るシャムレナの後ろにヴェルムが続き、メイフィが慌ててそれを追いかけた。
結局何があったのか、聞けずじまいだ。
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