弐
部屋の中でうたた寝していた老人──政方は懐かしい記憶と共に起きた。
(あれから数年経つのか…。時間とは早いものだ…。自分の身体が日ごとに老いていくのに、若い者は日に日に成長していく)
哀れなものだ、と思いながら先程少年が帰った方へと視線を向ける。様々な出来事や偶然が重なり、あの少年を引き取った。
そしてこの家に来てから数年経っている。政方以外の屋敷の住人は農民生まれの卑しい子ということで嫌われている。
来てから早々、陰口などの辛い日々を送っていた。政方から止めるよう注意をしたが、それは結局無駄であった。しかし効果は少しあったのか嫌がらせは減っているように見えた。だからといって無くなるわけではないので、政方も気づいたときは注意をするが、知らないところでだと難しかった。
最初は政方の部屋に泣きながら来ては慰めていた。どうしたら泣き止むのか考えた末、
「泣くな、泣くな。今ここは君にとっては辛い場所かもしれん。だけど成長の場でもあるんだ。君自身がここを突破すれば、この後起こる事にも対処できる。素晴らしい経験の場なんだよ」
と言って少年が泣き止むまで付き添った。
そんなことも日が経つごとに回数が減っていった。
なぜだろうと思ったが、簡単なことだ。少年自身が少しずつ強くなっていったのだ。
何を言われてもへこまずに努力し、いつか認められる存在になるために。
あの頃とは違う自分を知らず知らず探していることを。
だから政方はあの子の成長を見守ることにした。少年自身が切り開く新しい道を支える立場にまわったのだ。
(時間が残されているのなら、あと数年は引退なんかせんぞ。なんだかんだ言いつつも、後ろから付いてくる粘り強いやつがいりからのぉ。やり甲斐があっていいのぉ)
そう穏やかに微笑んだ。
「……っは、はっくしゅん!……風邪でも引いたかな?」
政方の思いは露知らず、少年──しゅうは部屋に戻ってから書物を読んでいた。
読んでいた、というより何でもいいから集中していたかった、が正しいかもしれない。
「あー……、駄目だ。集中できない」
そう言ってしゅうは床に寝っ転がった。
(……。成長したな、ってどういう意味だ。そりゃ、体つきや考え方とか、今までの過程で学んだことは多いけど…。)
あの小さくて弱かった自分を振り返る。
出生が農家で多家の養子。世に知られないように必死な養父母たち。不安が大きく、おじさんとなら我慢できると思ったのに、現実は甘くなかった。
──毎日、孤独との戦い。
おじさんに甘えたいけど、心配かけちゃ駄目だ、ぼくが我慢すればいいんだ。気づけば、泣いていることが少なくなっていた。
そして、大きくなったら独り立ちしようと決めた。その為に必要なことは何だろう、と考えれば考える程たくさんあった。
だが、しゅうにとって一番大切なことは、楽士としての技術だと結論づけた。今はまだ自分の納得いくような演奏はできない。
人を惑わし幻想の世界へ連れていかれる、あの不思議な感覚。
幼い日に見た政方の演奏みたいな。
あれはまだ多家の養子になる前、そして自分の夢を見つけたときだった。
少年楽士 紫桜 黄花 @usamahura-flute
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