20××年 夏休み -幕間5-

 この後、俺たちがすべきことは言わずともわかるだろう。

 まず、通報を受けてやって来た警察官に保護された。

通報したのは、眞姫の家の元使用人……ではなく、なんと狗山だった。

 心配になった狗山は一人、この家までやって来た。

 そこで俺が戻るのを待っていたジーさんから事情を全て聞いている最中に、俺が窓ガラスを割った音を耳にする。

 何か起きたに違いないと、通報するか否かで二人で話し合っていたところに例のキャバ嬢が登場。

 彼女の登場により、さらにまた事情を説明しているうちに、二度目のガラスが割れる音。

 凜王が飛び込んできたときのものだ

 女は狗山に通報するよう指示し、自身は家の中へ入っていたという。

 このキャバ嬢、実はただのキャバ嬢ではなかった。

「うっそ。私のこと忘れちゃった?」

 きょとんとしている俺を見て、彼女は驚きの声をあげた。

「悲しいねぇ。私は何度も君のことを助けてあげたのに」

 助けた?

 俺を?

「私だよ、私。蝶乃舞美の姉、蝶野舞衣でーす」

「――ああああーっ!!」 

 何年ぶりかに会ったその女は、まさかのキャバ嬢になっていた。

 情報通ギャル、蝶乃には年の離れた姉がいた。

 あいつの情報収集は、この姉の影響である。

 中学が一緒だった狗山も、もちろん面識があった。

「あの男はなんか臭うって店に来ていたときから思ってたのよ。聞けば地元の名家じゃん。怪しいなぁって。甥っ子と二人暮らしってのは聞いていたけど、私らが家に行ってもその甥っ子とやらの姿は見かけないし……何度か張り込みをしているうちに、あいつ、甥っ子に虐待しているんじゃないかって思い始めてね。そこに君らが現れたってわけ」

 そうだったのか……

 思わぬ人物に助けられたわけだが、この姉ちゃん、キャバ嬢よりスパイのほうが向いてんじゃねぇのか。

「ともかく、みんな無事でよかったよ。もし何か困ったことがあったら、いつでも連絡ちょうだい」

 高校生に店の名刺を渡すのはいかがなものか……

 俺と狗山は、“蝶々”という源氏名の書かれた名刺をもらった。

「狗山……ありがとな。色々と」

 蝶乃の姉ちゃんが警官と話し始めたので、俺はようやく狗山に礼を言うことができた。

「ううん。勝手に動いてごめん。井瀬屋が何とかするって言っていたのに……」

「気にすんな。お前のおかげで助かったんだし」

「ありがとう。でも……」

 狗山はチラッと背後に目をやった。

 ……ああ……

「な、何てことをしでかしたんだぁぁーっ! 井瀬屋惣一ぃぃーっ!」

 青ざめた表情でむっちゃんが走ってた。

「君ってやつは……! 何てことを……!」

「俺、別に悪いことしてねぇし」

 何をそんなに荒てているんだろうか。

「君は本当にトラブルメーカーだな……」

 いやいやいや。

 俺じゃねぇし!

「君たちにはこれから、警察署で事情を受けてもらう。――もちろん、君も」

 むっちゃんはずっと黙っている凜王にも目をやった。

「君らはすぐに帰してもらえるだろうが……あのお友だちはそうはいかないだろうな……」

 むっちゃんの視線の先には、おいおいと泣いているジーさんとそれをなだめる眞姫の姿があった。

 二人はむっちゃんよりも位の高そうな警官に付き添われ、パトカーに乗り込んでいった。

 俺たちの所へも何人か別の警官がやって来た。

「大丈夫だ。俺も一緒に行くから」

 俺たちを安心させるためか、むっちゃんはそう言ってくれた。


 俺だけは頭を殴られたため、まずは病院へ連れて行かれた。

 俺への事情聴収は、後日行うらしい。

 検査の結果、大事はなかったが、経過観察のためにまた日を改めて病院へ行かなければいけなくなってしまった。

 検査が終わる頃に、むっちゃんが事情聴取を終えた凜王と狗山を連れて迎えに来てくれた。

 俺たち三人は、彼の運転するパトカーでそれぞれ家へ送ってもらうことに。

 最初は狗山、そして次が……

「俺は惣一や狗山みたいに事情を説明するような両親はいないから、ついてこなくていいぞ」

 古本屋前にパトカーが止まったところで、凜王がむっちゃんに言った。

「え!? いや、そういうわけには……」

「あまり話の通じない姉しかいないからな。――送ってくれてどうもありがとう」

「ちょっ……待ちなさい!」

 さっさと車を降りて本屋の中に入っていく凜王。

 むっちゃんは大急ぎでエンジンを切り、慌てて後を追っていった。

 俺は面白そうな予感がしたので、ついていく。

 店のレジカウンターで、ミツバさんはいつも通り退屈そうに雑誌を見ていた。

 黒猫は、カウンターの上に敷かれた座布団の上で丸くなっている。

「やっと帰ってきたわね。……あら、惣一君。怪我は大丈夫?」

 俺は彼女の問いに領く。

「お巡りさん、愚弟がご迷惑をおかけしました。詳細は聞いておりますので」

 遠回しに早く帰れと言っているのは俺でもわかった。

 なのに、むっちゃんときたら……

「……おい」

 

 ボーッと突っ立っているもんだから、俺は肘で小突いてやった。

「え!? あ、ハイ! とんでもない! 何かありましたらいつでもご連絡ください。それでは失礼します!」

 声が裏返っている……

 さては、見蕩れていたな?

「惣一君、寄っていかないの?」

「今日はさすがに大人しく帰るよ……。また来ます。じゃあな、凜王」

 さすがにクローバーに挨拶はできないので、スルーした。

いつまでもぽやーっとしているむっちゃんの背中を押して、俺たちは古本屋を後にした。


 むっちゃん、ミツバさんに惚れたな?

 なんてからかってやろうかと思ったけど、優しい俺はそっとしておいてやることにした。 ――面白いから黙って見ていよう。

 最後に自宅へと送り届けられた俺は、青ざめた両親に出迎えられたのだった。

「あああああの……息子は今度は何を……」

 不良息子がとうとう何かしでかしたと思い込んでいる両親の声は、震えている。

 ――ちなみに、病院で付き添ってもらった警官の人の話じゃあ、警察署から親に連絡を入れてくれたらしいが、二人とも繋がらなかったそうだ。(うちは共働きである。)

 いつもの交番ではなく、警察署から着信があったことに、親たちはすっかりビビってしまったのだろう。

「落ち着いてください……」

 むっちゃんは二人をなだめる。

 ここは俺が何か言うより、むっちゃんに任せたほうがいいだろう。

「息子さんは何も悪いことなんかしていませんよ。ただ、友だちを助けようとしただけなんです――」


 むっちゃんのおかげで誤解は解けた。

 父と母は俺に根掘り葉掘り質問してきたけれど、俺は曖昧に答えておいた。

 全てを話す必要はないだろう。


 眞姫とはそれきり連絡は取れないまま、俺の夏休みは終わった。

 聞くところによると、何かと手続きに忙しいそうだ。

 凜王ですら会えていないのだとか。


 結局のところ、眞姫の叔父は眞姫という幻、偽物を見続けていた。

 眞姫が自分の理想ではなくなったとき――

 ヤツは正気に戻ったのだ。

 そう。

 狗山の親父や、日之旗陽子のときと同じ。


 人は、偽物に踊らされている。


【To be continue...】

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黒猫は今日も偽物を喰らう ホタテ @souji_2012

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