20××年 夏休み -幕間4-

 あのとき、窓ガラスを割ったのは眞姫の叔父をおびき出すため……だけではなかった。

 隣の家に住む凜王なら、この音に気がつくだろうと思ったからだ。

 ――実際、なかなか来ねぇから焦ったぜ。

「な、何だ、テメェ!」

 眞姫の叔父は痛そうに顔を歪めながらも立ち上がった。

 階段から落ちた衝撃で気絶でもしてくれればよかったが……

 そうはいかなかったか。

 一方の凜王は何も言わない。

 黙って背に手を回した。

「お前……! 隣のボロ家に住んでいるガキか!」

 凜王のことを知っているようだ。

「何のつもりか知らねぇが……人の家の問題に首突っ込むんじゃねぇ!」

 吠えるヤツに対して見せつけるように、凜王は自身の背後からサバイバルナイフを取り出した。

 俺たちはハッと息を呑む。

 凜王が……このどうしようもない、クズの叔父を殺めてしまうのではないかと、怯えていた眞姫の言葉が、頭をよぎる。

 凜王はゆっくりと、ナイフを片手に階段を下りてくる。

「な、何だ! やる気か!?」

 金色の瞳に見つめられ、やつはすっかり怖じ気づいていた。

 後ずさりをしている。

「――お前が見ているのは、偽物だ」

 ようやく口を開いたかと思うと、凜王はそんなことを言い出した。

「――幻想だ」

 偽物?

 幻想?

 ――何のことを言っているんだ……?

「目を覚ましてもらおう――」

 凜王はナイフを……眞姫に手渡した。

 眞姫はなぜ、自分にナイフを渡されたのか、わかっていない様子だった。

 どういうことだ。と言いたげに、凜王を見る。

「お前そのものが。あいつに幻を見せているんだよ」

 俺には何が何だかさっぱりだ。

 しかし……眞姫はわかったようだった。

 意を決したように、ナイフを握り締め……自分の長い髪の束に刃先を当てた。

 なっ……

「や……やめろ! 眞姫!」

 叔父は顔面蒼白になり、髪を切り落とそうとするのをやめさせようとする。

「これで――終わりだ」

 凜王の言葉が合図だったかのように……眞姫は髪をバッサリと切り落とした!

「あ……ああああ……!」

 頭を両手で押さえ、よろめいている。

 眞姫の髪が短くなってしまったことが、そんなにショックなのか?

 気持ち悪いやつだな……

 自分の甥っ子に何を求めているんだ。

 ……いや、待てよ。

 俺の目にふと、ある物が入った。

 壁に掛かった写真。

 古い写真。

 とある男女が、並んで写っている。

 女性のほうは……髪の長い美人。

 眞姫に似ている。

 眞姫の母親だ。

 さっき眞姫は……叔父が自分と亡き母の姿を重ねていると言っていた。

 ……ああ、そうか。

 眞姫の叔父は、義姉である眞姫の母に思いを寄せていた。

 だが、死んでしまった。

 残されたのは、彼女によく似た子ども。

 彼女と同じように髪を伸ばさせ……永遠に傍に置こうとした。

 確かに偽物だ。

 この男はずっと、幻想を抱き続けていた。

「ああああああ!」

 壊れた人形のように叫んでいる。

 これはもしや……

「――何コレ!? どういう状況!?」

 そこへ……新たな刺客!?

 下の階からキャバ嬢みたいな女が突如、姿を現した。

 いや、みたいなじゃなくて、キャバ嬢だ!

 この変態野郎が連れ込んでいた、キャバ嬢のうちの一人。

 家の前で目が合った女だ!

 ――どうしてここにいるんだ?

「どけ……どけえええええ!

 ヤツは逃げだそうとしたのか、女に向かって行く。

 ――危ない!

「誰がどくかっつーの!」

 俺の心配など裏腹に、女の目つきが変わり……

 なんと!

 背負い投げをお見舞いした!

 激しい音をたて、背を思いっきり床に打ち付けられ……

 今度こそ、ヤツは気絶した。

 呆気にとられる、俺と眞姫。

「やれやれ。こんなもんかね」

 女は、耳に付けた蝶のピアスを揺らしながら、ふぅ。と、息を吐いた。

 ――遠くの方では、パトカーのサイレン音がしていた。

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