20××年 夏休み -幕間3-

「……とりあえず、凜王の話は置いておいて……。ここから出よう」

 俺たちが閉じ込められているということは、聞かなくともわかっていた。

 ……何のために閉じ込められたのかは、わからないけど。

「ここは何の部屋なんだ?」

「物置だ」

 道理でダンボール箱が多いわけだ。

 しかし、よくある薄暗くてほこりっぽい物置とは少し違う。

 片付ければ普通の部屋として使えそうな広い物置だ。

 天井に付いている丸窓からは光が差し込んでおり、明るい。

「厄介なことにこの部屋は……外からしか鍵が開けられない」

「マジかよ……」

 何でそんなつくりにしたんだ……

「お前の叔父さんは何がしたいんだよ。お前と俺をこんな所に閉じ込めてよ」

「わからない。何せ、ずいぶん酔っ払っているからな。何をしでかすかわからない」

 とんでもねぇやつだな……

「さっきはしてやられたが……次、もし襲ってこようものなら容赦はしねぇつもりだ。お前はそれで構わないか?」

 一応身内である眞姫の許可を得る。

「構わない。先に手を出してきたのは向こうだ。俺も……こうなった以上は黙っているわけにはいかない」

 眞姫は、反抗する意志を見せた。

 よし、きた。

「そんじゃあ、ここから出るとしますか」

 出て、警察に突き出してやる。

 俺はゆっくりと立ち上がった。

 少しふらつくが……耐えるんだ、俺。

「何か策はあるのか」

 眞姫にそう尋ねられたが、そんなものはない。

 行き当たりばったりだよ。

「扉を突き破ってもいいけど……体力はいざってときにとっておきたいしな。こうなったら開けてもらうしかねぇな」

「……どうやって?」

 そうだな……

 俺は周囲を見回す。

「ここにある物って、使ってもいいか?」

 眞姫は頷く。

 よーし……

 俺はダンボール箱を開けて、中を漁りだした。

「何を探している?」

「んー……なんかこう……いい感じの……お! これいいじゃん!」

 早速野球ボールを発見。

 ラッキー!

「これ、いるやつ?」

 念のために確認すると、やつは首を左右に振った。

「サンキュー。使わせてもらうぜ」

 俺はマウンドにでも立った気分で――大きく球を振りかぶる。

 そして! 井瀬屋選手! ボールを窓に向かって投げました!

 パリン!

 と、ガラスがいい音をたてて割れた。

「貴様……遠慮なしか……」

 眞姫の呆れた顔。

 うるせ。

 緊急事態なんだから許せ。

けど、これでやつにも伝わったはずだ。

 俺は急いで、扉の傍に積み上がったダンボール箱に身を隠した。

「俺はどうすれば」

「そこに立っていろ。立っているだけでいい」

 そう指示をしていると、階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。

「何してんだ!」

今度はガチャガチャと、扉を開けようとしている音が聞こえてくる。

 かなり乱暴だということは、その様子からわかった。

 今にも壊れそうな勢いで扉が開く。

 男が……入ってきた。

 一体どんな悪人面をした男なのかとあれこれ想像していたが……思ったより普通だった。

 さすがは眞姫の親戚と言ったところか。

 黙っていればモテそうな優男だ。

 だが、そんな優男も今は鬼のような形相をしている。

 いくら外見が良くとも、中身がまともでは意味がない。

 だが、外に出りゃこっちのもんだ!

「勝手なことをするなっつただろ! なぜ大人しくしていられない!?」

 眞姫の叔父とやらは、怒鳴り散らし、眞姫に詰め寄る。

 俺のことなんかすっかり忘れてしまっているようだ。

 ――だったら思い出させてやろう!

 俺はやつをめがけて、山積みになったダンボールを押し倒した!

 中に何が入っているのか知らねぇが、結構重さはあった。

 眞姫のの叔父の叫び声は、ダンボール箱の中身が散らばる音にかき消された。

「行くぞ!」

 倒れた叔父をあ然とした様子で見つめている眞姫にそう言い、俺たちは急いでこの物置きから脱出した。

 あとはこの家から出るだけだ!

 ダッシュで階段を駆け下りる。

「待てコラァ!」

 上から怒号が響き渡る。

 くそっ!

 あの程度じゃ足止めにならなかったか!

 けど、外に出りゃこっちのもんだ!

 ――と、思ったそのとき。

 俺の横を何かが通り過ぎた。

 その何かはガシャーン! と、大きな音をたてて、階段の下で粉々に砕け散った。

 割れ物か何かを投げつけてきたようだ。

 危ねぇな!

 上を見上げると、やつは大きな壺を手にしていた。

 信じらんねぇ! 殺す気かよ!?

「とにかく走れ! 逃げろ!」

 俺は叫ぶ……が。

 ――何とタイミングの悪いことか。

 頭を殴られている俺は、突然目眩に襲われた。

 まだまだ下りなければいけないというのに、途中でひざまずいてしまう。

「惣一!」

 眞姫はそんな俺に気がつき、助け起こそうと駆け寄ってくる。

「俺はいいから早く行け!」

 追い払おうとするが、そんな力もなかった。

「逃がさねぇぞ、眞姫」

 もたもたしているうちに、すぐそこまでやつは来ていた。

 階段の上から聞こえてきたその声にゾッとする。

「そんなやつから離れるんだ。穢れるだろう」

 眞姫を見下ろす目は、正常ではない。

 異常者だ。

「お前は俺のモノだ。どこへも行かせない」

 こいつ、様子がおかしい!

 変だ!

 眞姫もおかしいと察したのか、俺を支える手がわずかに震えている。

「こっちへ来い。お前は永遠に俺と暮らすんだよ」

 手を差し伸べるが、眞姫は首を左右に振った。

「俺に逆らうのか――!」

 拒否され、激昂する。

 俺はビリビリ! と、背中に電撃でも走ったかのような衝撃を感じた。

 やつがこちらに向かってくる。

 ヤバい! 早く逃げないと!

 俺は眞姫を強く揺さぶる。

 ――ああっ! クソッ!

 最早ここまでか!

 と、諦めかけた俺だったが。

 階段のところに、一つだけ付いている窓が。

 そんなに大きくない窓が。

 誰がそんな所から入ってくると思うだろう。

 ゆっくりと下りてくる眞姫の叔父をまるで狙っていたかのように。

 ガラスを突き破って何者かが、やつを蹴り落とした――。

 階段の上からやつが降ってきたので、俺と眞姫は慌てて避ける。

「おっせぇぞ!」

 俺は、いつもの読めない表情で立っているあいつに向かって言った。

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