第4話



『怪異調査』




 現地住民から調査依頼のあった怪異関連と思しき事件や怪奇現象の原因を探り正体を見極める、このご時世では毎日絶えることなく依頼として張り出される最もポピュラーな請負人業といえる。



 しかしあくまで怪異とおぼしきというのは怪奇現象を体験した人物の自己申告なので、狐に化かされたあるいは河童に川に引き釣り込まれたなどの報告が酔っぱらいや寝ぼけた人の妄言であったり、コレクションの骨董品が付喪神になって逃げ出したという報告が、実際は妻が勝手に質屋に持っていっただけだった」など怪異と関係ない場合も往々にしてある。




 なので、今回が特別というわけではない。




「つ、つかれた……」


「だらしのないやつだ。まだ後一件調査依頼は残っているぞ」



 すでに真っ暗になった土の道路に両手両足を投げ出して、全身で疲労感を表現する大沢木に呪井は逆に全く疲労の色を見せずにべもなく言い放った。




 ◇




 今回の調査対象は5件と少なめだったがこれまでの4件は全て怪異は関係なく、そればかりか直前の1件は『依頼者の男の部屋に鬼女が現れ襲われる』という詳細がわからないばかりか緊急性の高そうな内容だった。


 3件の調査を早々と終わらせ、話を聞こうと男性の部屋を尋ねたらまさにその時、彼は鬼女に襲われているその最中だった。



 取っ組み合いになった男女を引き離すと鬼女だと思っていたものはものすごい形相をした人間の女性で、どうにかその場を落ち着けて話をすることができた。



 話を聞けば依頼者の男は複数の女性と同時に付き合っていたらしく、つい先日の彼の誕生日に5人の女性が一堂に会し修羅場に発展。なんとかその場はごまかして帰ってもらい後日全員を集めて改めて話をすることになったそうだ。


 協会に嘘の依頼を出したのは、第三者を間に挟むことで最悪の事態を回避するため、またあわよくば上手く女性を丸め込む手伝いを持ちかけるつもりだったようだ。


 ちなみに緊急性を要する討伐ではなく調査で協会に依頼した理由はそちらのほうが安くつくからだそうだ。


 ※調査の相場は数万円。討伐は十万から数十万円。



 なぜわざわざ嘘をついてまで協会に依頼したのか、友人知人に仲裁を頼まなかったのかというと本人いわく。



「俺は自分で言うのもなんだが表向きは品行方正な好青年ってことになってるのさ。会社でも出世株で信用が落ちるのはまずいしな。なのに5股だぜ?俺の築いたイメージが壊れちまうだろ!?幸い彼女たちはネットなんかで知り合った関係で、俺の職場や友人たちの外のつながりだし、上手く話がまとまればこの件で俺のイメージが壊れることもないだろ?だから頼むよ、このとーり!」



 などと最低の言い分を披露してくれた。



 彼を襲った女性はその一人で、彼の言った後日を待ちきれず自宅に突撃しのらりくらり追求をかわそうとする男の態度に腹を据えかねて、取っ組み合いになったところで大沢木たちが来たという話。




 その後、都合のついたほかの4人の女性を自宅に集めて最低男の釈明会見が開かれた。


 依頼を受けたのは大沢木なので内心は、最低男がどうなろうと知ったこっちゃないと思っていても放っておくと血を見ることになりそうなので渋々間に入って話をまとめることになった。ちなみに呪井は見てただけである。



 その後の詳しい内容は省くが会見は荒れに荒れ、最終的に最低男の顔が1.5倍に腫れあがり預貯金を全て巻き上げられる形で決着がついた。




 ◇




 時刻は既に深夜になっており、罵詈雑言飛び交う修羅場でひたすら仲裁に回った大沢木は精根尽き果てた様子で恨みがましそうに隣に立つ呪井を見上げて嫌味を言う。



「そりゃあ呪井さんは見てただけだから疲れてないでしょうね!少しは手伝ってくれたって……」


「阿呆。俺はただの付き添い、仕事を請け負ったのはお前なんだからお前がやるのは当然だろう?」


「それはそうですけど……」



 もっと請負人らしい仕事がしたかった……とうなだれる。



 不謹慎な話ではあるが、探偵という仕事に難事件や謎の怪盗などのイメージがつきまとうように、請負人という仕事に奇々怪々な心霊現象を求め憧れてしまうのは仕方のないことだと思う。


 しかし現実の探偵業がそうであるように実際は謎が謎を呼ぶ難事件も華々しい活躍の場もそうそう転がっているものではない。請負人業も『請負人は怪異との命を賭けた駆け引きの中で互いの落としどころを探り、時に人びとの安寧のために刃を振るう』と、そんなイメージを一般的には求められている。


 が、実際には復活祭以降、特区からは手の届きにくい外区の問題を民間で解決させる便利屋でしかないという身も蓋もない現実とのギャップにやる気を失いかけていた。もっとも大半は修羅場の仲裁でやる気を失ったのだが。



「なんだ怪異関係の調査がやりたかったのか?なら喜べ、つぎは確実に怪異関係だ」


「―――ええっ!?マジですか、なんでわかるんですか!?」



 いつもどおりやる気なさげに何気なくつぶやかれた呪井の言葉を一瞬理解できず、ナメクジのように地を這っていた姿勢の大沢木は驚いて飛び起きた。



「長くこの仕事をやってると経験でなんとなくわかるようになるもんだ。だからこの1件は一番最後に回したってのもある。危険性の高い仕事を先にやって怪我でもしたら後の調査ができずに依頼不履行になるからな」


「おおお……手際が良くてなんだかプロっぽい!」



 何もしていないと思いきや、密かに効率を考えた回り方をしていたらしい。修羅場の仲裁は予定外だったろうが。


 ともあれ、それが大沢木の思う、それっぽさの琴線に触れたのかみるみるやる気を取り戻し、はやく行きましょう!と散歩中の犬のように呪井を引っ張っていく。




 ◇




 場所を移して住宅街から離れた、建物もまばらな郊外へとやってきた二人。既に深夜も深夜だが本物の怪異が現れるとするとむしろ絶好のシチュエーションだ。


 途中で軽食を買い、道路脇の古びたベンチに座って別段隠れるでもなく遠くから聞こえるバイクのエンジン音をBGMにして調査を求められた怪奇現象の発生を待つ。



「で、ここの怪奇現象ってどんな事が起こるんですか?」


「お前が受けた依頼なんだから自分で読んでおけよ……深夜に女の笑い声が―――」




 ◇




『深夜の笑い声  ~通り過ぎる女~』




 これは私が先日、実際に体験した出来事です。


 私は外区の郊外の小さな一軒家に住んでいるのですが、たまに暴走族って言うんですか?実際は違うのかもしれませんがとにかく爆音あげて夜中にバイクで走り回る連中がいるんですよ。


 で、その日もバアーッッ!!ってものすごい音がして夜中に目を覚ましましてね。あの音って聞いたことがある人ならわかると思いますけど、かなり遠くまで響くから家の横を走り去ったあとにもしばらく音が響いてね、完全に目が冴えちゃったんですよ。


 迷惑だなあ……って思いながら寝直そうとしたんですが、その時ですよ。



 女の笑い声が聞こえたんですよ。ケタケタケタケタ、って



 何がそんなにおかしいのかってぐらいの大笑いです。それだけならまあ酔っ払いかおかしな人がいるってだけでどってことないんですがね?



 通り過ぎるんですよ。すごい速さで。



 さっきの暴走族のバイクみたいにケタケタケタケタ……って遠ざかっていくんですよ。変でしょう?


 バイクや車に乗ってたんじゃないかって?それならエンジン音がしないのがおかしいです。私は聞こえませんでした。


 だからね、ちょっと外を覗いてみようと思ってね、窓を開けようとしたらね?


 また聞こえてきたんですよ。ケタケタケタケタってあの笑い声が。


 しかも紺田はひとりじゃない、大勢の声が。





 ケタケタケタケタ


 ケタケタ   


 ケタケタケタケタ





 ケタケタ






 ケタケタケタ


 ケタケタケタ



 ケタケタケタケタ!!!!





 あ、これはやばい。



 そう思ったら、もう窓から一気に離れて音の聞こえる方向とは反対の部屋まで一気に走ってそこで笑い声が消えるのを待ってましたね。


 一時間ぐらいそうしてたかな?


 実際は笑い声はすぐに遠ざかってそのあとはばったり聞こえなくなったんですけど、だからってすぐ戻るのは怖いですから。


 とりあえずその日はそれで終わったんですね。



 けどね



 その日から、毎日ってわけじゃないんですが


 あの女の笑い声がたびたびするようになったんですよ。


 しかもね、


 日に日に増えてる気がするんですよ、


 声の数が。


 最初は数人だったのが今はもう10人分ぐらいになってるみたいで



 ああ


 きょうもくるのかな


 よるがこわい




 ◇




「―――って話だそうだ」


「なるほど……ですけどどうして怪談話みたいな内容と口調なんですか?」



 ここにそう書いてある、と呪井が見せる資料には先ほど語った内容が依頼者の直筆で書かれており、しかも『P.S 臨場感たっぷりに読んでください』付け足しがされていた。



「……結構余裕あるんじゃないですか?」


「そうでもない。依頼者は体調不良のせいで病院送りだ」


「そ、それは女の声を聞いたせいで呪われた、てきな?」



 いや、ただの寝不足という答えに大沢木はいよいよ、もうどーでもいーかなーという気になってくる。



 と、そこで二人の耳に遠くから女の笑い声が聞こえてきた。



「いまの――聞こえました?」



 大沢木の問いに呪井は短くああ、とだけ答えて手早く荷物をまとめて道路脇の草むらに身を隠す。


 その機敏な動作と表情に先ほどまでのだれた雰囲気は欠片もなく張り詰めた真剣さだけが感じられる。


 大沢木は普段とは違う呪井の機敏な動きに驚き動きを止めていたが、慌ててそれに続くように草むらに身を隠す。



 そうしているとすぐに、まだ少し遠いが風に乗って女の笑い声がここまで届く。



(来てる……『怪異の相手は命がけ』……わかってたはずなのにッ――)



 大沢木の背にじわり、と汗が噴き出し体が自分のものではないかのように重力を感じず、心が弱っていくのを感じる。



 考えてみれば大沢木が危険な怪異と直接対峙するのはこれが初めてのこと。


 大沢木の無責任とも思える発言は自分が請負人として怪異と相対する存在になったことを正面から受け止めていなかったがゆえの、心霊スポットでいきがるような行為。本物を知らないからこそできる恥知らずな振る舞いだった。



 これではいけない、そう思って大沢木は大きく息を吐き出す。


 数度の深呼吸で気持ちを落ち着け、荷物からおにぎりを取り出し一口で食べて水で流し込む。



「もぐもぐもぐ……っぷは!よし、元気出た!」



 ネガティブな考えを振り払い、胃にものを入れたことで体に活力が戻ってくるのを感じる。


 これでいい。余計なことを考えずに目の前のことに集中する。来るなら来い!とばかりに肝を据えた。



 ふと隣を見ると呪井がいつもの眠たげな目で見ている。目が合うとすぐに視線を笑い声のする方へ戻し、もうこちらを見ることはなかった。



(ひょっとして認められた?)



 世話になった人の娘ではなく、同じ請負人として隣に立つことを認められたように感じた。


 奇妙な連帯感と高揚感、それでいて浮かれているわけではなく、静かな闘志が体に満ちていくのを大沢木は感じ、気づけば恐怖は消えていた。



「来たぞ」


「はい!」



 そしてついに笑い声の主が道の先から姿を見せ始める。


 しかしそれを照らすように強い光がそのうしろから放たれていて目がくらまされてよく見えない。


 それに笑い声に集中していて意識の外に置いていたので気付かなかったが。、遠くで響いていたバイクの音が笑い声とともにすぐそこまで迫っていた。


 バイクの爆音と光に視力と聴力をやられながら必死に目を見開き、声の正体を確認しようとする。



 そうしてみたものは―――



「これって――!!」





 ケタケタケタケタ!!!!





 そこにあるのは光り輝く顔、顔、顔!



 20台以上のバイクが狭い砂利道を隙間なく埋め尽くし、そのバイクのヘッドライトの位置に女の顔が張り付いて笑い声を上げながら、さながらサンタのトナカイのように夜道を顔全体を発光させて照らしている。




「――――――」




 完全な思考停止。大沢木にとって眼前の光景は理解の範疇をはるかに超えていた。


 猛スピードで次々走る奇形のバイク集団は一分もかからずにその場を走り去って後には静寂だけが残された。



「なるほどな……改造ってのはそういうことか。熊革め、面倒な真似を」


「はえ?」



 どれくらい呆然としていただろうか。


 草むらから立ち上がって、吐き捨てるように呟いた呪井のセリフに大沢木はようやく真っ白になった意識を取り戻し、間抜けな声で応じる。



「見てなかったか?今のバイク全てに『辺留競流苦』のチームロゴが入っていた。あれは熊革のチームだ」



 熊革というとアパートの一号室の住人の不良のことだ。彼の情報は『辺留競流苦』のリーダーで不良、そして―――バイクの改造中。



「お前は知らないだろうがこの業界では機械と怪異の融合技術がある。付喪神など万物に魂が宿る考えがある為、器物につく怪異を有効利用した特別性の乗り物や武器をつくる技術開発がこの国では進んでいるんだ」



 それがあれだ、とバイクの走っていった方に顎をしゃくる。



「え、……と。それってつまり怪異の正体はあのバイクですけど……実際は暴走族の暴走行為が原因……ってことですか?」



 呪井は無言で首を縦に振り、いつの間にか撮っていたポラロイドカメラの写真を取り出し、白紙の報告書とともに大沢木に渡してくる。



「これで依頼は終了だ。後の報告書作成はお前の仕事だ。じゃ、おつかれ」



 呪井は早口でそう言って大沢木を一人残し早々と帰り支度を済ませて帰っていく。



 その背が見えなくなり一人ぽつん、と残された大沢木はしばしそのまま立ち尽くしていたが、時がたつと肩を震わせ始めそして―――




「なんじゃそりゃーーーーーーー!!!!」




 ◇




「まいどあり」



 協会からの帰り道、項垂れた大沢木に対して源さんは特に何も聞くことなく送り届け、また水中に帰っていく。


 大沢木の手には封筒。その中には調査依頼の成功報酬がかなり色をつけられた額入っている。


 4件目の依頼者の不正依頼による罰金分や危険な不良グループとの接触など報酬が加算される要素が多かったため約20万ほどの稼ぎとなった。しかしそれで大沢木の気分が晴れることはない。



「わたしの請負人の初仕事が……はあ~……」


「戻ったか、さあ家賃の回収だ」


「え、あっ!」



 スリルと危険を求めるわけじゃないが、もう少しなにか……と初仕事の内容に腑に落ちないものを感じていたが、突如横から伸びてきた手に考えを中断させられる。


 伸びてきた手はひょい、と封筒を大沢木の手から抜き取り中身をほとんど取り出し、随分薄くなった封筒が再び大沢木の手に戻された。



「の、呪井さ~ん!」


「なんだその顔は?もともと家賃の代金を稼ぐための仕事だっただろ」



 そりゃそうですけど、とつぶやいたが踏んだり蹴ったりな出来事の連続にその続きを語る元気もないらしい。その様子を見て呪井は顎鬚をいじりながら何かを考えて手に持った札束を見せて大沢木に言う。



「……そうしょげるな。初仕事の祝いにこいつで焼肉でもおごってやろう」


「えっ、いいんですか!?そういえばわたしお腹ペコペコですよ~。言っときますけど私手加減せずに食べますからね!」




 あれ、でもそのお金ってもともとわたしの―――


 早く行くぞ舞来。俺も腹減った。


 あ、ちょっと!待ってくださいよー!……あれ、いま舞来って……?




 そんなことを話しながら朝日の登り始めた砂利道を二人で歩いていく。


 今日はもうゆっくり休もう。


 焼肉をお腹いっぱい食べたら家に帰ってぐっすり眠ろう。


 そしてお父さんの位牌に報告するのだ。


 私の請負人としての初仕事を。


 思い描いていたような格好いいものじゃなかったし死ぬほど疲れたけど。


 それでも、明日もまた仕事をしよう。



 これがこの世界のわたしの日常だから。





 ――――けど、今日はもうむり





「く、くるしい……」



「食いすぎだ大沢木」





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復活祭 ~この世界の日常~ @2007

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