魔法少女によるタクティカル・シューティング(WTC 2nd)

綾川知也

Dead City Radio And The Chaos Club Of Supertown

 ギル畜って知ってる?


 知らないか。

 そうか、君は素敵な人生を歩めてるんだね。

 世の中って知らないでも、いいこともあるもんね。


 ギル畜を発見しようと思ったら最終電車に乗ればいい。

 切れかかっている車内灯の下、吊革にぶら下がっている物体。

 目の下にはクマができており、ネクタイは緩んで口から魂が全力で脱出を試みている奴がいるなら、それは間違いなくギル畜だ。


 ギル畜達は懸命に毎日を過ごしている。

 だから、時折スマホを見て、ニヤニヤしても、決して不審者だと思ってはいけない。

 カタコトと電車に揺られ、彼らは一生懸命に毎日を生きている。


******


 僕はユウヤ。異世界の中世スコットランドへと飛ばされて、結果的にこちらでもギル畜チックな生活している。電車はないが、毎日が大変なのは世界が変わっても変わらない。


 転生した世界でギル畜は魔法システム開発をしている。

 毎日が戦場。毎朝報告されるバグ報告。減らしていってもキリがない。

 そもそも人間というのは完全な生物ではない。

 コンピューター内にあるプログラムが問題ないと思うのは勝手だが、実際は下層レベルで問題がある。


 そして、どういう訳がまた転送プログラムに問題が発生したらしい。

 仕方なく、僕は現在世界に転送されてゆくことになった。今度はガシュヌアも一緒らしい。




 転送されたのは東京駅。

 赤レンガ造りの丸の内口駅舎は瀟洒しょうしゃで、白い窓枠がいいアクセントになっている。

 時刻は昼十二時。昼時だからか、人通りも多い。真夏に比べて日光は弱くなっており、地面に映された影の色も薄かった。


 ガシュヌアは小姑みたいな上司だ。つまり面倒臭いのが付いてきた。

 彼と僕と同じで日本人。ただ、ムカつくことに僕よりイケメンだ。


 着ているスーツも品が良く、腕を上げても肩のラインが崩れない。出来の良い仕立仕事。

 こんちくしょうgoddamn fuckin’ full of shit

 僕はと言えばフランネル生地。秋口ぐらいには丁度良いけど、見た目がちょっと野暮ったい。


「それでユウヤ。今回のバグ修正についてだが」

 ガシュヌアの髪は長く伸ばされ、目にかかっている。日本人とは思えないほどに鼻梁が整っており、鋭い切れ長の目は僕を既に叱責しっせきしていかのようだ。


「何なんです? 僕はバグ取りに来たんです。小言を聞きにきたんじゃないんですよ!」

「バグ修正するのにPCが必要だろう?」

「そうですけど。あっ、ガシュヌアさん用意してくれます? 前回はそれで大変な目にあったんですよね」※a

「ほら、これでいいな」


 ガシュヌアから渡されたノートPCはスペースブラック。いい感じに軽い。

 ただ、こいつのキーボードが苦手なんだよな。ヘコヘコする感触が特に嫌。


「Wi-Fi接続できますね。これだと」

「ヒントは”チバニアンに愛を捧げる男”なのだそうだ。では、俺は用事があるから行くぞ」※g

「ちょっ! 待ってくださいよ。何なんですかソレ? ハッキリ言って意味がわからなんですけど?」

 僕の言葉なんて振り向きもせず、ガシュヌアは東京駅前の人混みに混じって去っていった。彼の背中が雑踏の中へと消えていった。




 それだけだったらいいのだけれど……


 目の前にアリスが立っていた。彼女の名前は緋山アリス。女子高生で輝く黒髪は伸ばされ、気品を感じさせる。肌は白く象牙のようで、目には静かな湖畔の落ち着きを留めている。


「あら、また会ったわね、ユウヤ。いい加減、私としては被護衛者の所に行きたいのだけれども」


 アリスは別の物語世界からやってきた。

 今日は私服らしい。どういう訳かワイシャツを着ている。

 サイズが大きめだからか、肩幅が合ってない。手の半分は袖で隠されている。

 ただ、ボタンを止め忘れているらしく、胸元が大きく開いていた。胸の膨らみの近くまで白い肌が晒されていた。


 どうも、アリスは女の子という自覚がない。僕としては目のやり場に困る。


 そして、アリスが手にしているは無骨なガトリングガン。

 メンテナンスが行き届いているらしく、表面はガンオイルでテラテラ輝いている。

 狂気的な凶器の圧迫感で胸にシコリを覚える。

 見ているだけでドキドキする。もちろん悪い意味で。


 通り過ぎる人達の視線が気にならないんだろうか?

 アリスは無自覚系らしい。

 短いスカートだったので、あらわになった太股は透明感があり、視線が強制的に引きつけられる。

 白色矮星並の重力はあると思う。目玉が引っ張られる、首が傾くのを何とか踏みとどまっている。※b


「やあ、アリスちゃん。また、今日はどうしたの? シャツのボタンとか止めた方がいいと思うんだけど」

「ああ、これね。動きやすいから、こうしてるのだけれど」

「ええと、後学の為に言っておくね。そういうのって女の子としてどうかなって思うんだ。ちゃんとボタンは留めておこうよ。後、スカート丈が短すぎるって」

「手元にあった服はこれしかなかったのよ。シャワーを浴びたばかりなの。髪を乾かしている時に、突然に飛ばされる予感があったものだから」


 なるほど、髪がシットリしているのはそういう訳か。

 言われてみれば彼女の肢体がかぐわしい。ボディーソープでも使っているのかも。柑橘系、ベルガモットの爽やかな匂いが鼻腔に流れ込んでくる。


 まあ、これだけだった問題はない。アリス単体だけだった問題はないはずだった。



 だが、不幸にして彼女の後ろに井吹佳奈いぶきかなが居た。


 カナの栗毛色の髪は長く眉目秀麗びもくしゅうれい。アイラインはクリアで、睫毛まつげも長く、彼女の美しさにアクセントを付け加えている。彼女はフルーツ系の匂いをまとっている。鼻の奥に残る甘い果実の匂い。

 カナの背筋は伸ばされ、きつとした居住まいは水仙を想起させる。


 ――――水仙の球根には毒がある。見た目に誤魔化されてはいけない。


 これは表カナ。

 彼女もやっぱり別の物語世界からやって来た。アリスとは異なる別の物語世界。

 リバーシブルな完全別人格を持つカナは、自分の物語世界で大暴れをしているのだろう。

 前回、一緒に居た時には、血塗ちまみれのメリケンサックをぶら下げて、随分なことをしてくれた。


「やあ、カナちゃん。君も来たんだ」

「お、ユウヤじゃねえか。アリスも居てるな。元気してたか?」

「……」


 裏カナの出現。

 最初から女をフルスイングで捨てている。前回の登場時には女の子っぽい仕草もしてたのに、その面影がすっかり消えていた。

 もはや、絶望感しか感じられない。どう考えてもバッドエンドだ。


「久しぶりね、カナ。私は元気よ。あなたはそうでもないようね?」

「まあな。話が追加されて、登場できるかと思ったら、最期にチラリだけだったからな」

 カナの目は荒んでいた。憤懣ふんまんが溜まるのはわかるのだが、こういう所で発散しないで貰いたい。


「てか、ユウヤ。今回修正できんのかよ?」

「そうね、ユウヤ。また、PCを強奪すればいいのよね?」

「いや、ちょっと二人とも目を輝かせないで。今回はPCがあるからさ。問題ないよ、ほら」


 僕は手にしていたPCを二人に見せた。何故か二人の爛々らんらんと輝いていた光が消えた。


 ……どうやら二人は暴れたかったらしい。


「ちょっと、アリスちゃん。僕にガトリングを向けないで。カナちゃんもメリケンサックどうするつもりなの? 僕を殴ろうとしてるよね? 暴れる理由を作らないでくれないかな?」


「仕方がないわね。それじゃ修正できるのかしら?」

 鼻息を吐くアリス。

 それに対して、カナは両手を後ろに組み、露骨に舌打ちをした。


「面白くねえ。それじゃ、ちゃっちゃと修正してくれよ」

 何だろうこの娘。容姿端麗ようしたんれいだと、何でも許して貰えるとか思ってるんじゃないだろうか?

「Wi-Fiに接続しなきゃならないでしょ? ちょっと待ってね。喫茶店とか探して、そこで修正しよう。でも、ヒントは”チバニアンに愛を捧げる男”なんだって。何か知ってる?」


 アリスとカナは目を合わせて、肩をすくめて首を振った。

 そうしていれば、二人とも可愛いのに。


******


 そんなこんなで東京駅構内を歩き回る。

 Wi-Fi接続するのに、良い場所がないか探す為だ。構内のドームでは感じなかったのだが、ドームから出ると、構内は天井が低くて狭苦しさを覚える。

 僕が居るスコットランドでは建物の天井が高かったのもあって、今では圧迫感すら感じる。


 昼十二時だからかスーツを着た人が多く、時折外国人を見かける。改札口の所を通り過ぎると、改札口でのピッピッという電子音が耳に残った。



 途中で服屋があったので、アリスとカナの衣服を買わされた。


「ユウヤ、ありがとう。この服も悪くないわね」

 アリスは喜んでくれてるみたい。余り服装には拘りはないみたいだが、やっぱり女の子。

 無表情な中にも、少しだけ喜色が見えた。


「へっ、ユウヤ、金持ってるんだったら。最初から出せって。バイトに行けねえし、今月ヤベえんだよ」

 ……どうしたらいんだろう、この娘カナ


 二人の服の趣味は違うらしい。

 アリスはコンサバ系。保守的で控え目なファッション。丈の長めのスカートにブラウスにも目立った刺繍はない。

 対してカナはキレイ系。ベーシックアイテムで簡素な感じ。シルクニットの艶やかさは彼女の容貌に華やぎを与えていた。


「もっとも僕の財布は寂しくなったけどね」

「文句言うなら、カツアゲするのを止めんなよ」

「だから、それがいけないんでしょ! どうしてカナちゃん、そんなに攻撃的なの?」


 僕が問うと、カナは柳眉りゅうびを逆立てた。声に怒気が混じっている。

「喫茶店があってもユウヤがスルーするからだろ?」

「いや、ハッキングするからさ。カメラがある店はダメなんだよ」※c


 僕の言葉に反応した、二人。

 彼女達は新調した服で、容姿も強調されて綺麗。だが、浮かべている笑顔は決して綺麗なものではなかった。目に影がかかっている。


「そうなの。カメラが問題なのね?」

「早く言えよな。世話が焼けるなあ、ユウヤは」


「えっ、何、何しようとしているの? カナちゃん。何を取り出してるの? メリケンサックよりかヤバいじゃない。対物ライフルって何なの? 人に向けるものじゃないよね? ちょっと、アリスちゃん? 何をしているの? この場面でガトリングガンは必要ないよね?」



******


 アリスとカナによって、東京駅構内にある喫茶店が強襲された。

 あの一連の騒動は余り思い出したくない。


 アリスのガトリングガンが店内を破壊し、カナの対物ライフルが店外をも粉砕した。


 僕は破壊された喫茶店のテーブルでカタカタとPCのキーボードを叩いている。

 粉塵ふんじんがまだ残っており、鼻がくすぐったい。


「どう、見付かりそうかしら?」

 アリスは僕に近づいてきて、そっと語りかけてきた。


「うーん、ちょっと見付からないかも。チバニアンって地層の事を表していて、磁場が逆転してた時代の地層を指すらしいんだけど」


 既に三十分は経過して、パトカーと音が聞こえてくる。

 僕は頭を掻きむしり、朝にはセットした筈なのに、髪型が大きく乱れている。


 以外なことに、カナがそこに注釈を付け加える。

「国際地質科学連合に国際標準模式地GPSSの申請してるんだよな。”チバニアンに愛を捧げる男”って、学会関係者じゃねえの?」

「えっ、そんなのよく知ってね。てか、カナちゃん、そういうの知ってたら教えてよ。SNSは検索除外してたからわからなかったよ」



 この時にまだ引き返せたハズだった。

 だが、全ては遅かった。この時に運命は決定的に変わる。



「ねえ、ここから”チバニアンに愛を捧げる男”って声が聞こえた気がするんだけど」

 透き通ったソプラノ音。そちらを見れば金髪の女性が立っていた。彼女からはローズ系の香りがしてきた。ティーローズエレメントを含んだフローラルの甘い香りは気分を落ち着かせる。

 ブロンドは錦糸を思わせる鮮やかさで、目は珊瑚の海よりも青い。容姿は豊かで背筋は糸杉のように真っ直ぐに伸びていた。白磁を思わせる肌は艶がある。


 高スペックであるのは一目でわかるのだが……


 どうしよう。

 彼女も別の物語世界からやって来たらしい。見たこともない凶悪な兵器を手にしていた。


「ええと、君は誰かな?」

 ブロンドの横毛を払い、彼女はこう答えた。

「私の名前はミリア。ふて腐れて闇雲に歩いていたら、こんな所に出ちゃったのよ」


 出ちゃったじゃねえ。


 どうして、どいつもこいつも、物騒な兵器を持ってるの?

 ミリアが手にしている武器は、凶悪な対戦車ミサイルRPG-7を大きくした感じ。

 僕なんかPCしか所持していないのに、圧倒的に火力が違いすぎる。


 眉をしかめていたら、ミリアが快活な口調で答える。

「魔力はこの世界だと物理兵器に変えられてしまうみたいね」

「そうなんだ。ごめんね。ちょっと頭が理解を拒否してるみたい。ちょっと待ってね。そうなると魔力に合わせて兵器に変換されてる訳なんだ」

「純粋に言えばそうじゃないんだけど。魔法理論を理解したらわかると思うわ」

「……ええと、ミリアちゃん。魔法理論はわからないんだけど、君が手にしているのって何なの? 凶悪そうなのは理解した。理解したくないけど理解した」

「デイビー・クロケットっていうの。スゴいでしょ!」(※e)


 小型化されているといえ、モスグリーンに塗装されているデイビー・クロケットって戦術核兵器。無闇に振り回すものじゃない。凶悪な核弾頭が鈍く輝いていた。


 どうしよう?


 この先、嫌な予感しかしない。


 僕が呆然としていると、女性三人は勝手に自己紹介をしていた。


 方向性がわからない。


******


 女と言う文字を三つ書くと”姦”という言葉になる。意味は騒がしいという意味だ。


 実際、”チバニアンに愛を捧げる男”を知っているというミリアに話を聞いたら、千葉県へと連れて行かれた。


 ただ、チバニアンとはほど遠い世界にいるのは間違いない。


 僕達はどういう訳か、舞浜駅で降りた。

 駅から降りると既にテーマパークの様相になっており、行き交う人々は嬉しそうな顔をしている。子供は嬉しそうにはしゃぎ、親はそんな子供の興奮を、優しげな目で見ている。


 普通の幸せそうな光景が目の前に広がっている。彼らは自分達の生活に満足しているのだろう。構内から出て、道筋を真っ直ぐ行くと大きく開いた空の右側前方に大きな建物がある。


 薄い茶色をしたその建物に、安全な旅BON VOYAGEと書かれているが、僕には嫌な予感しかしない。

 何故なら僕の周りにいる女の子達がかしましかったから。

 勿論、悪い意味で。


「人の幸せそうな姿を見るとムカつくんだよな」

「カナ、メリケンサックは仕舞いなさい」

「カナさん、だったかしら? ”チバニアンに愛を捧げる男”はココに居るらしいの。そいつが諸悪の根源みたい。私も早く帰りたいから、効率的に敵を殲滅しなきゃならないの」


 いい顔してるけど、ミリア。

 君が持っている弾頭を発射させると、目的は達成できないように思うんだけど、気のせいじゃないよね?

 どこか、本末転倒な気がする。


「でも、ミリア、戦術核だと全滅だろ? ”チバニアンに愛を捧げる男”を捕まえないといけねえんじゃねえの?」

「そこは同意するわね。どうしようかしら」

「”チバニアンに愛を捧げる男”っていうのは、どうやらネズミの格好をしているらしいの。大きな耳で、尖った鼻。口元はいつも笑っているらしいの」


 水色のゲートを抜けると、前方に西洋風の建物がそびえ立っている。紫色の屋根は平和そうな色をたたえていた。

 しばらく歩くとその建物は右側になり、陸橋を降りてくと入り口があった。人が大勢並んでいた。いずれの顔も夢の国の入口前で楽しそうだった。


 誰も夢の国の”夢”が、”悪夢”に変わりつつあるのを、気付きもしなかった。


******


 夢の国にいるはず僕達。

 通りにはハニーポップコーン甘い香りが満ちており、目にする風景も賑やかだった。

 ファンタジーランド辺りに僕達は居た。

 目の前にはシンデレラ城が建っており、近くではダンボがグルグル回っている。

 反対側はアリスのティーパーティー。ティーカップが回り、そこからカップルの楽しそうな悲鳴が聞こえてくる。


 ”チバニアンに愛を捧げる男”。

 そいつは世界一有名なネズミだった。

 僕達は広場にいて、75ヤード68.58m先に、ネズミには立っていた。


 ネズミは子供達に群がられ、スマホに囲まれてる人気者。


 夢の国の中にある、ファンタジーランドで犯行は実行された。 


 向こう側にいるネズミを確認し、ミリアが頷いた。

 すると、カナが僕を引き倒した。後頭部を地面にぶつけ、頭の軸がズレた気がする。

 意識が一瞬飛んでしまった。


「えっ、何なの? カナちゃん?」

「静かにしろ。アリスは手を抑えてくれ」

「わかったわ。ユウヤ、おとなしくしてなさい」

「ちょっ! ちょっ! さっきから三人で話してた事って、こうする事なの? 僕はプチ女子会かな、とか思ってたんだけど!」

 ミリアが僕の頭を両手を押さえつける。彼女の金髪は僕の頬をくすぐる。

 ただ、ミリアの目が本気。

 もっとも、彼女がどっちに向いて本気なのだかわからないけれど。


「ユウヤ、あなたに魔法かけるわね。どうもあなただけが、魔法って何かわかっていないようだから」

「やめて! 魔法少女ってこういうのじゃないと思うんですけど!」


 ミリアの白い手が僕の側頭部に当てられた。

 彼女は嫌がる僕に無理矢理タクティカル・シューティング・プログラムをインストールした。

 僕は精一杯暴れた。

 けど、アリスとカナに僕の手足を押さえつけられ、抵抗したけど無理だった。

 

 プログラムがインストールされるにつれ、身体にタクティカル・シューティングの動作が刻み込まれてゆく。神経が拡張されてゆくのは変な気分だ。しかも地味に痛い。


 道行く家族連れは、僕達を奇妙に思ったのか、離れていくのが視覚の隅で見えた。

 子供が手にした銀色の風船が、楽しそうに踊っていた。


 正直に言おう。こういうの止めて欲しい。

 これは一種の人体改造。

 こんなの望んだ覚えはない。

 だが、僕から見える世界はいつだって、悪いほうにブレない。



 ミリアはコンバット・スーツに着替えていた。

 アリスとカナも着替えている。


 カナと僕の手にカラシニコフAK-47があった。

 そして、ミリアの手には六連装のグレネードランチャー。

 アリスは安定のガトリングガン。


 魔法少女達の目は本気。

 ネズミの捕獲に全力を尽くす気迫だけは理解した。

 もっとも、こんなミリタリーな方向になるとは思ってもみなかった。


 通り行くアミューズメント・パークの人々の中には、僕達をアトラクションと思ってる人も居るようだ。

 何人かスマホで写真を撮っていたが、カナがブチ切れた。


「やめろ! 撮影するんじゃねえ!」

 驚いた子供が泣いていた。


 もう僕は何も言いたくない。

 理解したくもない。

 

「これでユウヤも戦力になるわね。目的を遂行する為に必須なのよね」

 ミリアは嬉しそうな顔をしている。

 彼女に罪悪感というのが存在するのか聞いてみたい。答えを聞くのは怖いけど。


「ミリアちゃん。これどういう事?」

「あのね、カナとアリスと打ち合わせしたんだけど、”チバニアンに愛を捧げる男”を捕獲するの」


「えっ、アリスちゃん。それって本気なの?」

 アリスの方を見る。すると、彼女は黒髪を後ろにまとめて、冷え冷えとした口調で言った。

「ネズミが友好か敵性であるか判断つかないのよ。そうなれば武力で解決するしかないでしょう?」

 彼女の白い首筋が綺麗だったのだけは覚えている。

 アリスはそう言ってガトリングガンのスイッチを入れる。ターレットと言われる回転盤が回転し始めた。


 僕の首から紐でぶら下げられたカラシニコフAK-47。外股にはハンドガンが納められていた。

 カナは既にメンタルを切り替えつつある。

 彼女は栗毛色の髪を束ね、両手の人差し指でこめかみにあてていた。

 カナも僕と同じ兵装だ。

 首からワイヤーでカラシニコフAK-47がぶら下げられ、外股にハンドガン。

 近くで僕達の姿を見た、高校生が騒いでいたが、カナにまでは届いていない。


「ねえ、カナちゃん? これってどういう事?」

「ユウヤ、オペレーションを実行するんだよ。まずはミリアから催涙弾を発射。群衆が混乱している所を、アリスがガトリングガンで周囲を制圧。支援射撃をしてもらい、二人でネズミを捕獲する」

 カナは真剣な眼差しで獲物ターゲットを見据えていた。

 続きを聞きたくないが、自分の立ち位置を確認する必要がある。


「……マジで?」

「ユウヤ、オープン・エリアだと残弾数を常に意識しろよ」

 どうしよう。

 カナは本気。僕も順調に巻き込まれつつある。


 できれば脱出したい。

 だが、首から提げているカラシニコフAK-47の重さは、それを許さない。


 カナは変装用マスクを被った。こうなると別人にしか見えない。

「ほら、お前も被れ」

「ちょっと待ってね。カナちゃん、何を言ってるの? 僕も突撃要員に入ってるの?」


 カナは何時だって僕の話を聞かない。

「最期の一発を撃つ前にマガジンを変えろ。薬室チャンバーに一発残っている状態だと、コッキングレバーを引くアクションが省けるからな。打ち尽くしたら遊底スライドが開くから、次のアクションが遅れる」


 縋り付くようにミリアとアリスの方を向くが、二人は既にコンバットモード。

 覆面を被っている。巻き込み完了された事になっていた。

 覚悟を決めて、僕も覆面を被る。



 家族連れが周りににこやかに笑っていた。

 両親に手を引かれ、男の子と女の子が嬉しそうに笑っている。

 父親が若干落ち込んでいるようだが、そこには触れないでおこう。

 風貌から察するに盆栽に愛を捧げてそうだが、チバニアンには関係なさそう。


 ポンッ。

 

 ミリアから発射されたグレネード発射音。

 案外と軽い音だった。目に見えないものかと思ったが、案外と視線で弾道が追えた。


 ネズミとの距離は75ヤード68.58m

 遮蔽しゃへい物は、まずはチュロスの販売店。

 その向こう側は、置き去りにされたカート。その上に黄色い熊のぬいぐるみが楽しそうに座っていた。


 グレネードがネズミの近くで着弾。白煙が噴出し始めた。

 それを皮切りにして、アリスのガトリングガンが火を噴き始めた。ターレットが回り、断続的に射出される圧倒的な火力で、周囲は圧倒された。

 真鍮しんちゅう製の薬莢が地面に跳ね返る音を聞いてると、歯の間に金属の味がした。


 誰かが持っていた銀色の風船が、手を離れて空へと飛んでゆく。

 青い空に吸い込まれてゆく銀色の風船は平和の象徴。もう誰の手にも届かない。


 僕はカラシニコフを点射し始めた。

 ロシアの名銃は黒いハンマー。痺れるような爆発音をさせて、楽しそうに凶悪な弾丸を吐き出し始めた。


 空気を切り裂くような爆発音。

 ファンタジーランドの地面に跳ね返り、耳に圧迫感を感じるほどだ。

 突然湧いた激しい銃声に、訪問客は立ち尽くし、打ち捨てられたカートが僕の前を横切って行った。


 そのカートには黄色いクマのぬいぐるみ。

 トロいケツを蹴り上げられ、さぞかしビックリしただろう。

 ノロマなクマなど、ハチミツビンに頭をつっこみ、息を詰まらせて死ねばいい。


 響く銃声に負けないぐらいの大声でカナに指示を出す。

チュロスの後ろに行けゲット・ビハインダ・チュロス!」

わかったぜガッチャ!」


 カナが返答し、コンクリートの床を蹴る。ゴム底の悲鳴が耳に刺さる。

 彼女は括った髪を揺らし、チュロス店舗にダッシュした。

 移動中のカナが狙われないよう射撃間隔を短くする。ネズミに反撃の隙を与えてはならない。


 チュロス店舗にアリスのガトリングガンが殺到した。

 僕達が取り付く前に制圧をしてるのだろう。いい支援射撃だ。


 道に吞気に建てらてるチュロス店はアルミ製。乾いた音をたてて銃痕が並べられ、剥げた塗料が粉となって散る。

 店先で並べられたチュロスは、着弾する度にダンスを踊って地面へと落ちた。

 再び、ミリアから発射されたグレネード。それは放物線を描き、ネズミの退路を防ぐ。


 射撃を続けている内に、僕は段々と気分が良くなっていった。

 周りから聞こえてくる悲鳴が、僕を余計に喜ばせた。

 何だか楽しくなってきた。

 

 カナは前方にあるチュロス店の右側に取り付き、射撃を開始した。

 カラシニコフAK-47は反動が大きく、細身の女子高生である彼女にはキツいだろう。だが、射撃時の反動で手元をブラさず、肘肩を使ってうまく力を逃がしている。

 良いハンドリングだ!


 カナが射撃を始めたのを見計らい、僕はチュロス店の左側へと移動することにした。

ムーヴィン移動する

 僕の言葉を聞いてカナの射撃間隔が短くなってゆく。

カバー援護!」


 チュロス店のに取り付き、僕が射撃をしているとマガジンが空になった。カナに向かって叫ぶ。

リロード装弾!」

 カナはネズミターゲットから目を逸らさず、射撃をしながら応える。

カバー援護!」


 ネズミターゲットから反撃はない。響くカナの断続的な射撃音。

 僕は装填されたマガジンを交換して、コッキングレバーを引いた。そして、カナに大声で言った。

レディー装弾完了!」

 だが、カナは予想もしなかった返答をした。


「前を取るぞ!」

 背中を駆け抜けるカナの気配。一気に前を狙ったようだ。前にあるカートへと駆けるつもりだろう。

 射撃中の僕はカナの動きを目で追えない。

 何故なら、射撃中は視覚を目標から外せないからだ。



 仕方無い。僕はこちらに注目させるようにできるだけ大声をあげた。

「カナ! 僕を援護して!」


 ガトリングガンが支援すべく、僕の近くを薙いでゆく。銃弾でめくれ上がる地面。

 ネズミターゲットが逃げようとする先には、グレネードがぶち込まれ白煙を上げる。

 もう、ネズミターゲットは何処へも逃げられない。


 距離を詰め、逃げないように威嚇射撃。

 僕とカナはカラシニコフAK-47を放した後、ハンドガンを手にする。


 僕とカナはネズミターゲットの捕獲に成功した。※h


******


 ネズミ捕獲後、カナはメリケンサックを付けて、ネズミに供述を求めた。

 アミューズメント・パークの一角がネズミの血で汚された。


 死にかけたネズミの供述によると、千葉県市原市の養老川にバグの原因が転移したらしい。

 ”キャロライナ・リーパーの空”が次のバグの原因になるのだそうだ。※f


 全てを理解した僕達。

 死にかけネズミのトドメを指したのはアリスだった。

 冷たい目をした彼女に躊躇ためらいはなかった。

 暴力の音がファンタジーランドで埋まり、鼻の奥に残る硝煙の残り香がツンと刺激する。

 爆音の後、残ったのはネズミの残骸だけだった。


 バグは千葉県市原市の養老川へと移動した。

 僕と魔法少女達は悲しい目をして、その場に立ち尽くす。


 周囲には誰もいない。園内を走る列車から憐れむような汽笛が鳴ったのが聞こえた。

 この騒動で誰もが避難した。シンデレラ城が秋空を貫くように建っていたが、寒さに震えているように見えた。 


「おい、ユウヤ! 早くしろ! 次の目標に移動するぞ!」


 振り返る僕と魔法少女三人。


「次のバグを修正する必要がある。とにかく移動をするぞ」


 銀色のSUVに乗ったガシュヌアは僕達を次の戦場へといざなう。背後にはパトカーのサイレン音が聞こえたきた。


「移動するわよ」

 猛々しくミリアがグレネードで車の方法へと銃口を動かすとアリスは頷いた。

「そうね。次のターゲットを刈り取りましょう」

 カナは薄く笑っていた。

「次こそ最後にしてやろうぜ」

 僕は何とも言えない気分になった。

「……」



 僕と三人の魔法少女達は車に乗って移動を開始した。窓からの景色は後方へと消えてゆく。

 車の運転はシャープだった。

 ガシュヌアの説明によるとネズミは別の異世界から来たのだそうだ。

 今回の転送バグはこういったシンボリックなモノが原因らしい。次のバグが送られたのは、この世界の人間には認識できない次元現象だと言っていた。


 僕達には既に追っ手が着いており、ヘリコプターまでもが僕達を追ってきた。

 

 幸いにして、ヘリコプターはアリスのガトリングガンで撃ち落とさた。

 後から追ってくるパトカーの群れ。それはミリアのデイビー・クロケットで壊滅的なダメージを与えられた。

 残ったパトカーはカナの対物ライフルで仕留められてゆく。

 


 僕は一連の所業を理解したくない。

 頭を抱えながら、ガシュヌアに話かけた。緊張感で指が震えている。


「ガシュヌアさん、どういうことなんです? イキナリ意味がわからないんですけど?」

「お前が考えることではない」

「というか、ガシュヌアさん、運転できたんですね。ビックリです」

 ガシュヌアの横顔は相変わらずの無表情。

 この人、本当に表情が変わらない。車は既に山道に入っており、車内は砂利を踏む音で満ちていた。


「色々な事情があってな。お前が手にしているソレと同じだと思え」

「事情って何なんですか? ソレって簡単にいいますけどね。僕はカラシニコフAK-47なんて持ちたくなかったですよ。オマケにタクティカル・シューティング・プログラムを無理矢理インストールされるし。ハッキリ言って意味がわかりません」

「魔法が銃に変わっただろ? 俺の場合、車に変わったと思え」

「えー、何なんですか、それ?」

「ついでに言っておいてやると、最初に用事があるというのは車を借りる必要があったからだ」

「えっ、ガシュヌアさん知ってたの? こうなること知っていたの?」

 僕は疑いの目をガシュヌアに向ける。整った顔をピクリと動かそうともしない。

 外の風景は既に山ばかりになり、既に緑色だらけだ。


「そろそろ敵陣につくわよ」

 ミリアの号令もあって、車は停車した。既に山道の入り口は近い。緑が多く、木々が覆い茂っている。木々の間から秋の日光。地面に映った影は、傾いた秋日で弱かった。


 黒い目出し帽バラクラバを被る。顔全体をマスクするから、呼吸も幾分かしにくくなり、聴覚が遠のいてしまう。

 魔法少女三人も黒の黒い目出し帽バラクラバを被る。僕と魔法少女達と視線で会話することにした。


 その後、僕達は車のステップに足をかけ、SUVのルーフレールを掴む。

 僕と三人の魔法少女達は全員、車の外で戦闘態勢を取った。


 車が移動を始めると身体が後ろに引っ張られる感覚がある。

 山道では枯れ木が左右に並んでいる。樹海を泳いでいるかのようだ。

 膝にタイヤが踏む地面の感触が伝わってきた。


 僕は最初にアリスに目で話しかけることにした。

 彼女の切り揃えられた髪は風に吹かれて、白い額が新雪のようだった。


『アリスちゃん、ちょっと息苦しいね』

『ガトリングガンじゃないのが残念ね。アレなら的を一気に制圧できるのだけれども』

『ちょっと、アリスちゃん! 僕と会話してよ!』

『今回の兵装はカラシニコフAK-47ね。キックがM16より強いからハンドリングが難しそうね。でもガトリングガンより扱いやすいかしら』

『……』


 そうだった。アリスはいつだってブレない。彼女は無自覚系。

 視線での会話が通じる訳がない。



 仕方がないのでカナへと視線を移す。

 栗毛色の毛は目出し帽バラクラバの下に隠されている。


『カナちゃん、首からぶら下げてるカラシニコフAK-47って、結構重くない?』

カラシニコフAK-47のマガジン換装ってテクが必要なんだよな。リリースレバーをマガジンで叩くようにすればいけるか』

『えー、カナちゃん! 僕の話聞いてる? ねえ、ちょっと!』

『マガジンを持つ人差し指が大切なんだよな。指を当てて斜めに差し込む』

『……』


 忘れてた。カナは武闘系。裏カナの脳は筋肉ギッチリ生えている。

 例え、彼女の手足が自由が取れなくても、彼女は脳だけで戦える。



 最期の望みであるミリアの方を見てみる。目で訴えかけた。

 金髪が何本か長い睫毛まつげにかかっていた。


『ちょっと、ミリアちゃん!』

『何、ユウヤ』

『あっ、視線で会話が成功した。視線で会話ってできるもんなんだ』

『作戦前は意識を前に集中させなさいよ』

『えっ、でも何か僕達間違った方向に進んでない? 魔法少女的にオカシイと思うんだけど?』

『そんなのはどうでもいいの。魔法は自分の目的の為に使うものなのよ』

『ええ! そういうものなの? 今回の魔法って火薬の匂いしかしないんだけど。ちょっとオカシイと思うんだけど』

『眼前の目標をクリアする事が大切でしょう。そこからブレてはいけないの』

『……』


 そうだよね。君は目標に対する姿勢は常に真っ直ぐそうだ。

 だけど、目標設定が根本的に間違えて、周りが迷惑したりするって、考えたことないかな?



 もうどうしようもない。

 ここまでくると覚悟を決めなくてはならない。

 もっとも心がチクチクするけれど。


 しかし、何だろう作戦実行時の音楽が聞こえてくる。

 心なしか三人の魔法少女が戦闘兵士に見えてきた。そんな姿を見せられると僕も真剣にならくちゃいけないなと思えてくる。


 道が開けた場所に差し掛かったらしい、車が止まったのを合図にして作戦は開始された。



 銃口を地面に向け、小走りで前進を開始する。

 緑色の芝生が目に眩しく、僕は少しだけ目を細めた。

 腰は落とし前屈みで歩く。運足は親指の付け根付近に体重をかける。着足音をできるだけ小さく抑える為だ。そして、落ち葉は思っている以上に足が取られやすい。

 体重移動を意識しないと、直ぐに転んでしまう。


 前衛は僕とミリア。後衛はアリスとカナで背後に注意をしてもらう。

 僕のカラシニコフAK-47に白ドクロのマークが刻まれている。それが笑っているように見えたのは気のせいだろう。


 ミリアは背嚢リュックを背負っており、ポケットにはグレネードが納められていた。


 僕とアリスとカナは同じ兵装だ。首からワイヤーでカラシニコフAK-47がぶら下げ、外股にハンドガン。アリスの背にはショットガンがぶら下げられている。ガトリングガンだけでは物足りなかったらしい。



 足音を立てずに移動しているが、木の葉が立てる音が耳に刺さる。マスクで息がしにくい。

 先ほどのブリーフィングの内容によると、獲物ターゲットは小屋に閉じこもっているらしい。

 獲物のコードネームは”キャロ空”。名前が既に兵器っぽい。

 本気で臨まないといけないだろう。


 今居る山道から開けた場所に出ると”キャロ空”が閉じこもっている小屋があるらしい。

 焦ることはない。規則的な歩幅を取ることで精神の平静を保つことができる。

 後衛にアリスとカナを置いたのは正解だ。背後の心配をせず、前方に全神経を集中させることができる。


 心の中になる戦闘の音楽は更にスピード感をはらんでくる。


 視界が広がってくる戦場バトルフィールドに出ると空が急に広がった。

 空が開け、小屋はまだ青々しい芝生に囲まれていた。

「ファイヤ!」

 ミリアの号令と共に、僕達は遮蔽物の後方へと向かいながら、相手に先手を打たせないよう発砲を開始する。


 僕が発砲を始めると、僕の隣の遮蔽物にミリアが並んで発砲を始める。

 始まった戦闘音楽に野鳥は飛び去っていった。次にアリスが遮蔽物へと隠れ発砲を開始、カナが一番遠い遮蔽物に取り付き発砲を開始した。

 銃口から排出されるガスでささくれた遮蔽物が削がれてゆく。発砲音でこの地が埋めつくされた。


「前方をとる準備をして」

 

 眼前に広がった地形を読むと右側には崖がある。

 枯れ木で稜線が見えるが、そこに兵士の姿は見付からない。

 崖を盾にして前進した方がいいだろう。射線を横切らないよう、ミリアの後ろを通り過ぎ、一番奥に居るカナの所へと移動する。


 小屋から”キャロ空”が出てこないよう断続的に発砲していると、ミリアがアリスの所へと移動して発砲を開始した。銃口から発せられる爆発音が更に密度を高める。


 ”キャロ空”からの発砲はない。相手は沈黙したままだ。


 これはいけそうだ。


「前進」

 ミリアから号令がかけられると、僕達は右側の崖沿いに前進移動を始める。

 この山々では発砲音が木霊している。耳が痛くなるほどだ。


 そうすると、先ほどの連続した発砲で、ミリアの銃弾が切れたらしい、ハンドガンに持ち替え始めた。

 続く僕も銃弾が切れ、遊底スライドが開いたままになる。慌てずにハンドガンに持ち替え発砲を続ける。


 察したカナ足を止める、片膝をついて膝射しっしゃの体勢をとり”キャロ空”の反撃に備える。この状態だと発砲をするのではなく、残弾数を優先させる。


 警戒感を針のように尖らせ、カナは沈黙を守っていた。わずかでも刺激があると彼女は発砲をする。警戒態勢というのはそういう状態だ。

 アリスは全てを把握しているらしく、後方からの襲撃に備えている。


 静寂の間に僕はマガジンを交換して、コッキングレバーを引く。薬室チャンバーに送られた徹甲弾の感触は確かだった。


レディー装弾完了!」

 ミリアと僕はほとんど同時に叫ぶ。

 ミリアはカナの肩を叩いて言った。

「交代するわよ」

 僕は肩を叩いてアリスと交代し、後方からの襲撃に備える体勢を取る。


 僕とミリアが警戒態勢でいるとアリスとカナがマガジンを換装し終えた音が聞こえた。

レディー装弾完了!」

 カナの声の後、即座にミリアが決断をする。

「前進」


 魔法少女軍団が前進を始めると僕は後方を警戒しながら前進する。

 基本通り僕達は小屋の壁際へと移動した。射撃体勢が十分に取れた後、僕はアリスの脇腹に肘を当て、準備完了のサインを送った。それはアリスからカナ、カナからミリアへと伝わる。


 カナがミリアの背嚢リュックからグレネードを取り出している内に、アリスからショットガンを受け取り扉の反対側へと移動する。


 ショットガンの準備が出来たのをミリアが確認したらしく合図に手をあげた。

 

 それを合図にショットガンをローディングし、ドアノブの所に一撃を食らわせる。

 肩にショットガン特有のキックを感じながら、体勢を崩すこと無くドアを蹴破った。


 ドアが倒れきる前に、ミリアはグレネードを放り込む。


 数秒後、グレネードの爆発音が響くと同時に僕達は行動を開始した。


 圧倒的な暴力でこの場を鎮圧する。銃口から火が出て網膜が焼けるほど、僕達はカラシニコフAK-47を乱射した。この際、”キャロ空”を完全に黙らせなければならない。


 カナもアリスも断続的に発砲をし、ミリアも制圧の為に発砲している。

 もう、魔法少女でも何でもねえと意識の片隅で思ったが、とりあえずそれは置いておく。

 

 ”キャロ空”は完全に黙った。

 圧倒的な魔法力の中で彼は完全に沈黙していた。もう口を開くことはないだろう。

 バグはこうして退治されたのだった。


 銃の状態確認した後に、ミリアが「やったわね」と言って、僕にフィスト・バンプをしてきた。

 僕としては、こんなバグ取りとかないわ、という気分で一杯だった。

 僕と魔法少女三人は小屋を後にすることにした。※i


 車の所へと戻ると、ガシュヌアが待っていた。

「ご苦労だったな」


******


 で、現在の状況。

 僕は車に乗せて貰えなかった。

 いや、正確に言おう。


 ガシュヌアと魔法少女三人は、今回のバグだと東京駅まで戻らなくてもいいのだそうだ。

「俺は先に帰る。いい加減お前も自分の世界に戻ってこい。話が進まん」

 短く息を吐いた後、ガシュヌアは両手を組んだ。

「えー、ガシュヌアさん、僕も連れて帰って下さいよ」


「と、言われてもな。そもそも俺とお前とでは根の所で根本的に異なる。お前も知ってるだろう?」

「えー、マジでー」

「そういう訳だ。じゃあな。先に帰っている」

 そう言って、ガシュヌアは自分の世界に帰っていった。


 僕の所にアリスが来る。黒髪は相変わらずに鮮やかで漆よりも黒い。

「ユウヤ、先に帰るわね。今回のシューティングは勉強になったわ」

「アリスちゃん、気をつけて帰ってね」

「そうね、あなたもね」

 彼女はニッコリ笑って、自分の世界に戻っていった。


 そして、カナがやってくる。もう日も落ちて空は橙色に染まっている。

「よう。ユウヤ。今回はスッキリしたな。ミリタリー路線もいいかもなとか考えてしまったよ」

「いや、カナちゃんの所で銃撃戦はまずいでしょ?」

「新キャラに挨拶すませたし、これからどうすっかな。まあ、いいか。帰るわ」

 彼女は快活に笑って、自分の世界に戻っていった。


 最期にミリアが楚々とやってきた。今回の首謀者はこのミリアだ。

「じゃあ、私、帰るわね。色々とお世話になったけど、早く自分の物語世界に帰らなきゃ」

「うん、僕も色んな意味で世話になったよ。何度か死ぬかと思ったし」

「大丈夫よ。じゃあ、私は帰るから。あなたも早く帰りなさいよ」

 彼女は上品に笑って、自分の世界に戻っていった。


 で、結果的に千葉県に一人取り残される。段々と寒くなってくる。

 仕方がないので、電車に乗って帰ることにする。

 コンバットスーツから普段着スーツに着替えて電車に揺られる。


 今回は色々あったから本当に疲れた。バグ取りって本当に大変だよね。


 今日も本当に疲れた、東京駅に向かう電車に乗ったのは最終電車だった。

 もう立っているのもやっとって感じ。吊革につかまって何とか生き延びている。




 ギル畜って知ってる?


 ギル畜を発見しようと思ったら最終電車に乗ればいい。

 切れかかっている車内灯の下、吊革にぶら下がっている物体。

 目の下にはクマができており、ネクタイは緩んで口から魂が全力で脱出を試みている奴がいるなら、それは間違いなくギル畜だ。


 

 最期に全てのシステム業界に携わるギル畜に応援歌を送ろう。

 君なら問題ないYou Yeah


<Supplement>

 この物語は以下の物語から構成されています。


「退かずのアリス~はじめる編~」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054886727680

 Copyright 正宗あきら

 

「期待していた魔法少女と違うんですけど、他の方になりませんか?」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054886756957

 Copyright 夕凪 春


「単なる書記のはずですが」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885681426

 Copyright 三谷 朱花


「異世界.アンダーグラウンド ー GrayHacker in DarkWeb ー」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885882807

 Copyright 綾川知也



※a 前回

 「ウェルカム・トゥー・ザ・カオス・クラブ」参照

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054887291905



※b 白色矮星

 太陽などの恒星の終末期の状態を指す。

 シリウスの伴星であるシリウスBが有名。地球の重力を1とすると約11万6000倍の重力がある。

 仮にユウヤの身体が固定されたとした場合、目玉が引っこ抜かれるレベルではすまず、頭が千切れて落ちるレベル。

 ユウヤが吸収され、チャンドラセカール限界を越えた場合は中性子星になる。もしくは重力崩壊が発生し、激しく爆発。II型の超新星となる。

 要するに非常に危険であるという状態。



※c ハッキング

 ハッカーがハッキングをする場合、身元を特定されないようにカメラがある店舗でWi-Fiに接続することは余りない。

 映像記録として残るのを非常に嫌うからである。

 違法な野良Wi-Fiを使うこともあり、その場合はVPNと呼ばれる仮想ネットワークに接続。通信を暗号化するケースが多い。


※d 対物ライフル

 元々対戦車ライフルとして開発された強烈なライフル銃。

 射撃時のキック力が強すぎて、射撃姿勢としては伏撃にならざるを得ない。

 カナの場合、魔法の力でなんとかしているものと思われる。

 

 https://ja.wikipedia.org/wiki/対物ライフル



※e デイビー・クロケット

 戦術核兵器。普通は携帯できない。三脚に立てて運用する。

 ミリアの場合、魔法力で何とかしているものと思われる。


 https://ja.wikipedia.org/wiki/デイビー・クロケット_(戦術核兵器)


※f キャロライナ・リーパー

 本物語のメインテーマの一つ。最も辛い唐辛子である。

 兵器と呼んでも不思議では無い。

 尚、このメインテーマが決定したことにより、本物語は武装化することが決定された。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/キャロライナ・リーパー


 しかし、調べてみると更に辛いものが存在しているのが判明。それはPaper X。

 ペッパーXは「キャロライナ・リーパー」のクリエイターである、エド・カリーによって品種改良の上で栽培された唐辛子の品種。 ペッパーXは、複数の唐辛子の交雑育種で、根の中に類をみたいほどの高含量のカプサイシンを含有する。


※g チバニアン

 地球磁場逆転地層を指す。

 本作品のメインテーマの一つ。

 ギル畜が※fを書いている時にチバニアンの説明を文中でしてしまった事に気付き、頭を抱えたのは秘密である。


※h 魔法少女達のタクティカル・シューティング:チバニアン編


 魔法によって外見は異なって見える。

 尚、ガトリングガン、グレネードによる援護も魔法で見えなくなっている。

(尚、魔法によりスロベニア語で会話している)

 https://www.youtube.com/watch?v=seMNyBOF_tY



※i 魔法少女達のタクティカル・シューティング:キャロ空編


 魔法少女達は魔法によって覆面をしている。全員男性に見えるかもしれない。

 それは魔法によって、そう見えるだけである。

(尚、魔法によりスロベニア語で会話している)

https://www.youtube.com/watch?v=KmGL1HYNtR0


カオスChoseクラブClub・メンバー紹介


正宗あきら

https://kakuyomu.jp/users/sabmari53

 カオスクラブ構成員

 父親はギルチックな仕事をしており、耳元で愚痴を延々と聞かされる女子高生。

 本人が嫌がっているにも関わらず続けられる愚痴により、女子高生内にSE的な人格が発生。

 正宗あきらとは、その人格を個別識別する為に付けられた名称。

 尚、先々週にカクヨム上で発生した、近況報告爆撃の被害者の一人である。

 愚痴をキチンと拾うクール・ガイ。


夕凪 春

 https://kakuyomu.jp/users/luckyyu

 カオスクラブ構成員

 カオスクラブの名アタッカー。奇襲攻撃を得意とする。

 まれにピンポイントで不審者テロを引き起こす要注意人物。

 尚、先々週にカクヨム上で発生した、近況報告爆撃の被害者の一人。

 近況報告爆撃の報復としてギル畜をスナイプしたのではないかと有力情報筋での情報がある。

 愚痴に心優しい対応してくれるナイス・ガイ。


三谷 朱花

 https://kakuyomu.jp/users/syuka_mitani

 カオスクラブ構成員

 一日二悪を公言し実行している、不審者テロの主犯。

 近況報告で盆栽を生やす、思いつきで”お題”を振るという行動パターンが見られる。

 前回と同様に本小説の震源地となっている。

 最近は語感のよい言葉をギル畜に植え付けようとしている向きがある。

 尚、毎度毎度ギル畜が愚痴に心のある対応してくれるナイス・レディー。


綾川知也

 カオスクラブ構成員

 別名、綾川知子。

 ギル畜。日夜、バグを修正し続けている同情すべき存在。

 

</Supplement>

<Image Music>

 カオスクラブイメージ動画

 Dead City Radio And The カオスクラブ Of Supertown

 https://www.youtube.com/watch?v=ey-AmU6Nbgk

</Image Music>

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魔法少女によるタクティカル・シューティング(WTC 2nd) 綾川知也 @eed

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