第一部 完
唇が震えるまま、
「あなたは、誰だ?」
僕は問う。
「天使としてではない、あなた"個人"としては、誰なんだ?」
嫌な予感に息をのむ僕の前で、天使は覆面を脱いだ。
目に鮮やかな“青色”が、さらりと踊った。
現実にはあり得ない、青い髪を持つ男だった。
やや面長の、整った顔立ち。目鼻立ちがはっきりしていて、西洋人のようでもあるが、日本人だ。瞳の色も、人間の虹彩にはありえない紫色。
ここから見ても柔らかな口唇が、ゆるりと開かれて。
「
そんな音を、紡いだ。
もう何度目か。僕の心臓がびくりとはねた。
如月光輝……その、名前は。
「誰だ?」
天田が怪訝そうに問う。
僕は、力なく後退りをしてしまう。
「覚醒サークルの、キャラだ」
そう、如月光輝は、僕の創った人物だ。
「は? そんなキャラ、あの漫画には出てこなかったろ」
僕の漫画を全て読んでいる天田が、異論をはさんだ。
そう。覚醒サークルの中で、如月光輝は一度も登場していない。
まだ、登場してなかった。
「漫画が続けば、登場するはずだった。
ライバルの
けど、僕にそんな複雑なストーリーを扱いきれるはずもなく。如月光輝は出すに出せないまま、漫画自体がエタった。
つまり、彼の存在を知るのは、この世でただ一人。僕だけなんだ。
これこそが、僕が天使の生みの親である事の証拠。
「我が主が、遂に私を見て下さった」
徹頭徹尾、無感情だった如月が、少しだけ興奮を露にした。
僕は、頭を振るしかできない。
僕はこれからも、無意識のうちに、何を引き起こすかわかったものじゃない。
僕はこれから、周囲や世界をゲームのように弄びながら、生き続けるしかないのか。
そして如月は、僕に何を求めてるのだろう?
「今一度、考えて見て下さい。
この僅かな期間、我が主は世界の法則を幾つも覆された。
架空の生物を――完全な構造で――現実に生み出し、時を自在とし、次元を超え、死をも打ち負かした。
そして遂には、世界を滅亡させるだけの御力を示された」
隕石落としは、金輪際使うつもりはない。
けど、彼が言ってるのはそういう事ではないのだろう。
それを"できてしまう"事こそが問題なんだ。
力は持つだけで驚異となる。それをすっかり忘れた僕は、目先の事を解決するために、取り返しのつかない魔法をたくさん作ってしまったんだ。
「さあ、彼を見なさい!」
如月が、不可解なことを言う。
すると。
それに引かれたかのように、四方から人々が歩いてきた。
皆、何がどうなっているのかもわからないまま、茫然自失になってさまよっている。
翼を拡げた如月の姿を見た人から、ぎょっとなって、顔色を変えていく。
「ば、化け物!」「もう、いやだ!」「殺される!」
「静まりなさい! 主の御前ぞ!」
鋭く言いながら、如月は発光した。
光は四方に放射して、僕らや、他の人々をすり抜けた。
瞬間。
僕が今まで繰り広げてきた戦いの全てが思い出された。
瞬時に映像を伝達する、テレパシー魔法の一種だ。
「こ、こ、これは……」
自衛隊の人が、口をパクパクさせて狼狽える。
僕が今まで何をしてきたのか、余さず伝えられたんだ。それも、一瞬のうちに。
当然の反応だろう。
「こちらにおわす方こそ、神が遣わせし御子にして、新世界の統制者。
我等が主・神尾です。
これからの世界秩序は、彼が創ります」
如月が、僕の意向なんて全く無視して、話を進める。
けど僕は、何も言えない。
うつむく事しかできない。
「何を、勝手な!」
春花さんが、血相を変えて叫ぶ。
如月は、僕を祭り上げる気だ。
そうなれば、僕の平穏は永遠に失われる。
けれど。
「全ては、我が主の為です。
世界革新の力にお目醒めになられた以上、主がこの世界の主導権を握らねば……迫害に遭って命を落としかねない」
春花さんは、息を詰まらせて、後ずさった。
「そん、な」
「確かに、その点に関して言えば、そいつの言う事に一理ある」
天田が、舌打ち混じりに言った。
「もう、後には退けない。半端に足踏みしている状態が一番やべえ。
こうなったら、この力とうまく付き合いながら、やっていくしかない」
そして、僕の隣に立った。
僕のあるべき場所は、こいつの隣である気がしてならない。
ちょうど、すっぽり収まるような感じだ。
……けど。
「貴方がたが、無理に主に付き合う必要はありません。
これから、主が人々に力をお与えになれば、貴方がたの力は
パソコンも、広く普及してしまえば珍しい物では無くなったでしょう?
貴方がたの力とは、その程度のものだ。このまま俗世に戻るのが身の為です」
そう。僕の本能は、これから大勢の人を魔法に覚醒させるだろう。少しでも、迫害を免れるために。
そして、僕が天田や春花さん達に与えた力は、特別なものでは無いはずだ。
僕のいやしい本性が、僕を脅かしうる力を他人に与えるとは思えないからだ。
これからの僕が、大勢の人々を覚醒させれば……いずれ超戦士・天田の力も、平凡なものとされる日が来るかもしれない。
彼らが異端として迫害されない為には、魔法がもっと認知されるまで力を隠す必要がある。
元凶となってしまった僕の側に居続ければ、危険ばかりだ。
少し、さみしいけど。
僕の蒔いた種だから、お別れした方がいいと…………思う。
「下らない事は考えるなよ、神尾。
こうなったら、お前に付き続けて、この道を極めてやる。
わしの凝り性は、嫌というほどわかってるよな? お前が新世界の統制者なんぞになろうが、二年でボンクラに落としてやる」
天田が、恵体を突きだして宣言した。
「どんな世の中も、適合の早い奴が勝ち組になるしな。せいぜい、今までの腐れ縁を利用させてもらうわ。“我が主”よ」
最後の言葉は、とても嫌味ったらしい。
この極限状態でも自分のキャラを保てるこの阿呆を、今日ほど尊敬したことはない。
「私も、他に選択肢無さそう」
穂香が、嫌そうに言った。
「こんなとんでもないのが血縁者である以上、どうやったって私に皺寄せが来るだろうし。こんな事をしでかしたアンタが、責任を持って何とかしてね。
私さえ平穏に生きられれば、あとは何も要求しないから。それすらも出来ないなら、その時は死んで」
いつも通り、冷たく突き放した言い方。
どんな形であれ、変わらないものがある。
それが、どれだけありがたい事か。
「私は離れない」
春花さんが、僕の腕を取る。
痛いほどに、握りしめてくる。
「誰だって、自分の理想を妄想するくらい、あるでしょう。
まして、会社での日々を思えば、人として当然の事。
それを、あなただけが、あなた独りが罰せられるなんて、私は認めない」
まだ涙の溜まった瞳は、けれど突き刺さるほど真っ直ぐだ。
「人は、必ず誰かの洗脳のもとに育って行く。
犯罪を起こしてはならない、人の嫌な事はしない、言わない。
困っている人は助ける。弱い者を守る。隣人を大切にする。
そうしたモラルだって、広く言えば、この世の最大公約数的な洗脳でしょう。
だから。
私は、例えこの世の摂理が変わってしまっても、あなたと共に戦う。
例え作られたものであっても、この気持ちを選ぶのは、私だから」
僕は、僕はどんな顔をすればいいのだろう。
僕は、すごい、幸せ者なはずだ。
少なくとも。
何一つうまくいかず、将来に希望も持てず、いじめられて、ただただ鬱屈悶々と生きてきた、あの頃よりずっと。
だから、
「俺は神尾君を信じる何故なら昔の
台詞を棒読みする沖村さんの存在が、僕に逃げる事を許さない。
ここにはもう、僕の敵は一人として存在しない。
春花さん達、沖村さん、如月。
形は違えど、僕の味方ばかりだ。
僕は、都市破壊級の魔物を無尽蔵に生み出し、隕石で世界を滅ぼす事も出来るようになった。
僕は、自分でも自覚がないまま、気づいたら“魔王”みたいなやつになっていた。
どうして、こうなった?
この荒野で生き延びた人達が、僕の周りに集まって、ひざまずいた。
まるで、何かに対して祈りをささげるかのように。
僕は、どうすればよかったのだろう。
陰キャ、覚醒す 聖竜の介 @7ryu7
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