第3話『魔臓と魔染』

「じゃ、とりあえず授業フケて、すぐシンのところに行こうぜ。治せるんだろ」

『あー、それは無理』


 校門に向かおうと踏み出した足がぴたりと止まる。


「はぁッ!? さっそく嘘かよ!」

『嘘じゃないわよ! 単純に、今はまだできないってだけ』


 ハチェットはそう言って、幸太郎から幽体離脱するように出てきて、彼の前に立った。体が透けている事から、何か霊的な物なのだろうと、幸太郎は推測した。


「いい? 今までのアンタは、魔力そのものを持ってなかったの」

「……なんだと?」


 ひどく傷つく事を言われたような気がして、眉をひそめる幸太郎。というか、面と向かって才能がないと言われているので、怒るどころか殴りかかってもおかしくはないのだが。


「まあ、いろいろな方法で後天的に魔力を得る方法もあるし、まったく希望無しってわけでもなかったけど」


「別に、今更俺が魔法の才能に恵まれてないとか、そういう話はいいんだよ。どうやったらシンを助けられる」


「いいから、黙って聞く。魔法使いっていうのは、その名の通り、魔法が使える人間の事。じゃあ、どういう人間が魔力を使えるか」


 腕を組み、幸太郎は考え込んでみた。彼の頭では一つしか答えは出ないが。


「そりゃあ、体内に魔力を有してる人間だろ?」


「半分正解。正しくは、魔力を有し、かつ、魔力を外に放出する体内構造を持っている人間のこと。俗に、魔臓マハトなんて言われてたりするわね」


 だいたい、体のこの辺にあるの、と、心臓より少し下辺りを指差すハチェット。その魔臓が魔力を作り、体全体に送っているのだ。


「そして、先天的に、魔力がない人間には、魔臓が無い。後天的にできる事もあるけどね。盲腸みたいに」

「……お前、それもうちょっといい例えねえのかよ」


「つまりね、今は魔力体のあたしが、アンタの中に入って、アンタの魔力になってるのよ。そうすると、アンタの体がどんどん、魔力に適応してきて、魔臓も作れる」


「理屈はわかったんだけど……。何も、俺に取り付く事はなかったんじゃねえの? お前が直接、シンを治してくれりゃあ……」


「それができりゃ、あたしもそうしてるわよ。でもね、さっきも言ったけど、あたしは魔力体なの。幽霊みたいな物。生前の力は自分じゃ出せない。取り付かれた人間が、私を使いこなすしかないの」


「じゃあ、もしかして、俺じゃなくて、他の魔法使いに取り付かせりゃあ……」


「それは嫌。あたし、魔法使い大っ嫌いだから。あんたも、あたしと同じで魔法使いが嫌いだって言うから、協力してあげただけ。これはアンタへの試練でもあるんだから」


「……わかったよ」


 普段の幸太郎であれば、うだうだ言ってねえで言うとおりにしろ、と怒鳴るだろう。しかし、今回に関しては事情が特殊な上に、ハチェットも彼と同じ様に魔法使いが嫌いだと言っている。嫌いな人種に取り付くのが嫌な気持ちは理解できたので、素直に頷いた。


「じゃあ、結局のとこ、今まで通り授業を受けて、魔法を使える様に頑張らないといけないのか」

「そゆこと。安心しなさい、特別コーチもしてあげるから」


 それだけ言い残し、ハチェットは再び幸太郎の体へと戻っていった。彼女が一体どういう存在なのか、気になるところではあるが、彼にとっては親友を助けられる希望。これだけで十分だった。



  ■



 人はすでに遅刻が確定していると、遅刻を取り戻そうと慌てて行くタイプか、今更慌てても仕方ないとゆっくり行くタイプに別れると思うが、荒城幸太郎は後者のタイプである。


 そもそも、服も体もぼろぼろなので、よく考えたら授業どころではない。だから、教室に向かわず、保健室へ向かった。


 初めて行った保健室は、保健医がなかなか美人だったし、ちょっと雑談している間に魔法でササッと怪我と服を治してもらえるという手際の良さで、幸太郎はまた怪我してもいいなぁ、などと思いつつ、やっと教室へ向かう事ができた。


 幸太郎の教室は、一年C組。


 後ろのドアを、ゆっくりと開け、申し訳なさそうに頭を軽く下げて入った。


「すいません、ちょっと遅刻しました」


 五限の魔法薬学の教師は、いかにもお人好しという風体をした、えびす顔の男。遅刻くらいでとやかく言わないだろうと、高を括る幸太郎。


「あぁ、荒城くんですか……。早く席に――」


 言いながら、教壇に立っていた白衣の男が、幸太郎を見て、固まった。まるであるはずの無いものがそこにあって、動きまで気を配れないかの様。


 そしてそれは、なぜか教師だけでなく、授業を受けていた生徒達も同様だった。教師の同様を目で感じ取り、視線を追ったら、見たことのない物があったようにざわつき始める。


「なっ、なんだ?」

「荒城、お前……」


 と、幸太郎の近くに座っていた男子生徒が、なぜか幸太郎の頭を指差す。


「昼休み前、髪、黒かったよな……?」

「……今でも黒いだろ?」


 幸太郎は前髪を摘んで、目の前まで軽く引っ張る。そこにあったのは黒い髪ではなく、赤い髪だった。


 一瞬ハチェットを思い出したが、しかし、ハチェットの物とも違う。錆、あるいは乾いた血のような、くすんだ赤色。


「なっ、なんでこんな色になってんだ!?」

「荒城くん、それは魔染ませんですね……。それも、赤色とはまた、高濃度な……」


 教壇から、幸太郎の立っている教室の後ろまで歩いてきて、幸太郎の髪をまじまじと見つめていた。


「ま、ません? なんですか、それ」

「簡単に言うと、魔力による色素異常です。目や髪の色、珍しいパターンでは肌の一部などが本来の色ではなくなるのですが……」

『ちなみに、そういう魔法使いはエリートだから、色持ちカラードなんて言われてもてはやされるのよ』


 教師とハチェットの説明を聞き、やっと幸太郎は納得した。なるほど、これはハチェットが体内にいる影響か、と。


「荒城くん……一体、昼休みに何があったんです?」

「えっ、えーと……」


 なんとなく、正直に言うのはまずい気がして、言い訳を考えてみるが、そう咄嗟には上手いことが言えず、しどろもどろなものになってしまう。


「まあ、なんつうか、俺、昼休みは昼寝してて。寝て起きたら、こうなってたみたいっす……」


「……魔染が、そんな急に目覚めた、っていうのかい?」


 頷くしかない幸太郎。


 教師は、幸太郎以外の生徒達に「みなさん、今日は自習していてください。私は、荒城くんとちょっとお話があるので」と、冷静さの奥に動揺が見え隠れする声で言った。


 だが、動揺しているのは幸太郎も一緒だった。


 有無を言わさず手を引かれながら、一体何がどうなっているのかを考えるのに必死だった。

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赤い悪魔と魔法使い殺し 七沢楓 @7se_kaede

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