第2話『対魔法使い戦術―Anti Magic System―』
頷いて、幸太郎は掌を見つめた。そこに、本当に力が宿ったのかがわからなかったからだ。
『さて……。久々に、実戦と行きますか。あんたにも、これをとりあえず、教えとかないといけないしね』
「なんのはな――しッ……!?」
瞬間、幸太郎は、いきなり後ろに放り投げられたような感覚に襲われた。まるで、自分の視界を画面越しに見ているようになり、体の自由が効かなくなってしまった。
「体、ちょっと借りるわ。あいつらぶっ倒したら、すぐ返すから」
『えっ、ちょっと! 何をどうするつもりなんだよ!』
体が幸太郎の意思に反して動き出し、ヤブから出て、先程の二人組と対峙した。
「あぁ?」
「マジでタフなやつだな……」
地面に座り込んで、昼間のティーブレイクでも楽しんでいたのか、二人の傍らには紙パックの紅茶や昼飯の菓子パンの袋が置かれていた。
ハチェットはそれを見て、呟く。
「まあ、学生なんてあんなもんよね……」
首を捻り、体中の関節を少しずつ動かして、ダメージを確認。この程度なら、問題は無いと判断し、構える。
「……なにやってんだ、あいつ」
口々に、似たような意味の言葉を二人が口にする。それもそのはずだろう。幸太郎の体を借りたハチェットの取った構え、それは、ボクシングのデトロイトスタイルであった。
体を相手に向かって半身にし、右拳を顎に添えるように、左肘を下げて拳を地面と平行にするような形。ただし、拳は握りきらず、両手とも軽く指を曲げた状態にしてある。
あまり格闘技に明るくない三人でも、それが人を殴る事に特化した構えである事くらいはわかった。
「なんだぁ? その構え! お前まさか、殴り合いで俺達魔法使いと戦おうっての!?」
「その通り。魔法の勉強しかしてないから、こんな簡単な事も訊かなきゃならないわけ?」
唇を小さく歪めて、三人をあざ笑うハチェット。
「てめえ……。さっきまで的だった癖に、急に態度がでけえなオイ。いいぜ、勝負してやるよ」
と、一人目が一歩踏み出す。彼と、ハチェットの勝負になった。
彼女自身は、落ち着いていた。だが、中にいる幸太郎は違う。
『おい、魔法使って倒すんじゃねえのか!』
(その辺の事は、後で説明するわ。あんたには、魔法と並行して覚えてもらいたい技術があんのよ)
『なんだよ、その技術って……』
(魔法使いと戦う戦術。まあ、そうね……
「なにボーッとしてんだコラァッ!」
三年生は、先程と同じ様に掌をハチェットに向け、魔力弾を放った。その威力が身に染みている幸太郎は、思わず目を閉じてしまう。
(閉じるな! 全部ちゃんと見なさい!)
だが、ハチェットの叫びに驚き、幸太郎は目を開いた。
「遠距離魔法に対する心得その一! 相手は一番真上を向けている指で照準を取っている。そこから着弾地点を予測できる」
ハチェットは、スウェービングで横に飛び、難なくその魔力弾を躱してみせた。
先程まで為す術無く食らっていた男が魔力弾を躱したという事実に、放った本人は驚いていたようだが、それは一瞬で鳴りを潜め、すぐに二発目を放った。
「遠距離魔法に対する心得その二! 躱せず受けるしかない時は、体の末端で受けること」
そう言って、ハチェットは光弾をジャブで掻き消した。
「はぁッ!?」
さすがに、その光景には放った三年生も驚いたらしい。体に当たれば悶絶するしかない威力の物を、先程まで痛めつけられていた人間が、拳で叩き落としたのだから。
「勉強不足ねえ。その魔力弾は、衝撃を内部に伝える物で、内臓が詰まった場所に当てない限り大きなダメージは望めない。だから、拳や肘を先に当てれば、ほぼノーダメージで済むのよ」
少ししびれるけど、とは言わない。
幸太郎は体を共有しているので感覚でわかっているだろうから、説明の必要がないというのもあるが、敵に少しでもマイナスの事を喋る必要はほとんど無いのだ。
精神的に優位に立つ事。これは、勝負の鉄則でもあった。
「ほらほら、どんどん来なさいよ。遠距離魔法じゃ、あたしは倒せないけどね」
「だっ、だったら、これでどうだよ!」
すると、今度はもう一人の方が、懐から拳銃を取り出した。遠距離魔法をアシストする道具であり、マガジンに魔力を込めて射出する魔法銃だ。
「あれま。学生でも持ち歩くなんて、やな時代ねえ……」
ハチェットは、両手を上げて降参の意思を見せた。
「なっ、なんだよ。ずいぶん大人しいじゃねえか……」
少年は、油断から一瞬、魔法銃の銃身を下げた。そして、それが勝敗を分ける一瞬でもあった。
ハチェットが両手を上げたのは、彼らの視線を、できるだけ上に持っていきたかったから。こっそりと視界の外で幸太郎の履いていた靴を片方脱ぎ、それを思い切り、銃に向かって蹴飛ばした。
「うわッ!」
銃を落とし、少年は慌てて拾おうとした。が、それはつまり、ハチェットから目を切るということでもある。そんなことをすれば、すぐさま接近したハチェットに鼻先を思い切り蹴り上げられ、鼻血を吹いて地面に倒れても、まったく不思議な光景ではなかった。
「ったく。魔法戦闘のいろはもできてないわね……」
倒れて気絶した男を見下ろし、ハチェットは髪を掻く。男の子って髪、短いなぁ、なんて思いながら。
「うっ、動くなッ!」
と、先程魔力弾を放ってきた上級生が、ハチェットのすぐそばで、発射の構えを取り、威嚇を始めた。苛立ったように、ハチェットは少し大きめなため息を取る。
「なんだその態度ッ! いくら俺の魔力弾の威力でも、この距離なら頭蓋骨割れるかもしれねえんだぞ!」
「あぁそう。だったら、そういうのは割ってから言うのよ」
ハチェットは彼の手首を取り、脇に挟んで、思い切り人差し指をひねった。ボゴッ、という、重々しい割には妙に軽い音が耳に届き、彼が脱臼したことを告げる。
「いってぇッ!」
ダメージを確かめるべく、思わず慌てて脇から手を引き抜いて、自身の手を見る。が、当然それは悪手である。
魔法使いが相手に接近を許し、さらに目を切るなど、自殺志願もいいところ。
「もうちょっと勉強しないと、落第しちゃうぞッ!」
打ち下ろすような右ストレートでキレイに顎を撃ち抜くと、彼の目がぐるりと白目になり、膝から崩れ落ちた。
この間、一分足らず。素手の人間が魔法使いを制圧する時間としては、冗談にしても盛り過ぎなほどだった。
『なっ、なんだよこれ……』
幸太郎は、自分の目に映る光景が信じられず、思わず呟いた。ただの人間が、魔法使いを倒す。
確かにこれも、圧倒的な力ではある。だが、これがほしい力ではない。
『ハチェット、お前……俺に何をさせるつもりだ』
「アンタへの協力。なんか、ほっとけないからね……。でも、魔法を覚える前に死なれちゃ困るの。だから、魔法より強い力も覚えてもらおうって思ったわけ」
信じてよ、とハチェットは幸太郎に体の主導権を渡して、微笑んだ。そこでやっと見せた姿は、幸太郎よりも年上だった。
赤い髪を腰まで靡かせた二〇歳そこそこの女。
黒いズボンとベストに、白いワイシャツとループタイ。猫のように丸い瞳は、活発かつ利発という風体で、知性と野性が同居しているような女だった。
「……嘘がねえんなら、それでいいさ。親友を助けられるなら、相手が誰だろうと信じる」
封印されていた事情も、幸太郎にはどうでもいい。
魔法使いが助けてくれないのだから、悪魔に頼るしか無い。
親友の為になら、魂だろうがなんだろうが、差し出す。それが、荒城幸太郎という少年だった。
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