第8話『宇宙との出会い』

 この宇宙は僕の宇宙じゃない、ということにはすぐに気付いた。宇宙と同じ名前、そっくりな声でも確実に違う。宇宙の話すときのテンポや言葉尻のクセ、そんな細かいことも僕は忘れていないから。分かってる。今、宇宙から電話がきたことに意味がある。僕と話すことを心待ちにしていたのが、ひと言で伝わった。僕を「好き」だと言った。「また電話する」という言葉に喜んだ。そのことに大きな意味がある。そうやって宇宙はまた、僕の日常になった。

 仕事が終わって宇宙に電話をしようとしたら、珍しく母親から電話がかかってきた。「風邪引いてない?」とか「ゴハンはちゃんと食べてる?」などというよくある母親の質問攻めの後、彼女は意外なことを言った。

「今、宇宙ちゃんがお店に来てるのよ。」

「なに、それ?」

「母さん、おばちゃんの喫茶店にたまに手伝いに行ってるって言ってたでしょ?そこに最近、宇宙ちゃんて子がバイトに入ったの。あんたのすごいファンよ。」

「へぇ。」

僕は関心なさげに返事した。本当は心が騒いでいた。母には何度か宇宙を会わせたことがある。二人は仲が良かった。だから事の顛末も知っている。だけど、僕の心の奥は知らない。

「いい子よ。若いのによく働くし、気がつくし。休憩時間も自分が休む前にあんたたちの新曲を有線でリクエストしてるの。で、バイトしたお金でいっぱいCD買うって言ってたわよ。」

「ふぅん。」

母は一方的にしゃべり続け、最後にこんなことを言った。

「その子ね、宇宙ちゃんに声もそっくりなの。あの子、ちょっと珍しい声してたから、もう母さん、驚いて。」

「いるんだ、そんな人。」

「これも何かの縁じゃないかって思ったの。かわいい子よ。覗きに来る?」

「行かないよ。別に興味ないし。」

「気が向いたらおいで。宇宙ちゃん、毎日9時頃までお店にいるから。」

そう言い残して、母は一方的に電話を切った。


「プリンと紅茶。ミルクで。」

僕は小声で美乃おばちゃんに注文した。おばちゃんは意味ありげな笑みを浮かべながら、大きな声で復唱した。僕は無言で人差し指を口に当てた。翌日、母が来ていないことを確認してお店に来たのに、おばちゃんは明らかに何か察している。姉妹というのは、恐ろしい。

 僕は以前からリサーチ済みの目立たない席に座り、キャップのつば越しに観察した。若い女の子は一人しかいない。肩までの少し茶色い髪、ごく普通の身長に、普通の体格。えんじの決しておしゃれじゃない制服を着て、てきぱきとよく働いている。「いらっしゃいませ」とか「ありがとうございました」と歯切れよく発せられる声には、確かに聞き覚えがあった。目線以上に耳に神経を集中させていると、不意に女の子は僕のテーブルの横に立った。

「お待たせしました。プリンと紅茶をお持ちしました。ご注文は以上でよろしいですか?」

よろしかったですか?と言わない。ちゃんとした日本語だ。僕は顔を上げずに、軽く頷いた。顔を見られること以上に、肩に震えがきてるのを悟られたくなかったのだ。マジかよ?俺、緊張してるよ。

 やっぱり、だ。僕は彼女のことを知っている。僕らがまだ路上をやっていた頃。毎週必ず、最前列で見ていた、あの子。最前にいるのに、終わったあと他のファンの子たちみたいに近くに来ることはほとんどなかった。だから彼女が僕に手紙をくれて、その封筒に“宇宙”と書いてあったとき、「頑張ってください」といううわずった声を初めて聞いたとき、驚いたのだ。僕は4年前から、彼女のことを知っていた。


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約束のカケラ ZorA @RiKuZorA

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