第7話:璃玖の想い
宇宙が日本に帰ってきた。2年間待ち続けたことだ。だけど僕は愕然とした。それを知ったのが宇宙からの連絡ではなく、インターネットの情報だったからだ。
宇宙と僕は高校1年のときから、同じダンススクールの仲間だった。僕より3ヵ月遅れでやってきた彼女は、小柄で棒のように細い身体をしていて、壊れそうに見えた。けれど大きな強い目はあらゆるものを威嚇するように輝き、ダンスは信じられないほどダイナミックで、ハスキーな細い声は金糸のようにキラキラしている。僕はひと目で彼女に恋をした。彼女もすぐに応えた。ちょうど空と陸のように、僕たちはひとつになった。宇宙はスクールいちのエリートだった。誰もが一番早くプロになると踏んだ。だけど高校3年になる直前、レッスン中に突然、心臓発作を起こして倒れた。医者の診断の結果、心臓に異状はなかった。ダメージを受けていたのは、身体じゃなくて心だった。周りから「すぐにでもデビューできる」と、「絶対に売れる」と言われ続けたことが宇宙を苦しめていたのだ。1年半も一緒にいて、僕はそのことに気付いてやれなかった。宇宙はスクールに行くのがイヤだと泣いた。
「みんなが怖い。璃玖以外は誰も信じられない」
その時僕は決めた。命を賭けて宇宙を守ると。幸せにすると。
その年の夏、僕のデビューが決まった。宇宙は喜んでくれた。デビュー曲は売れ、予想もしなかったほど周囲が盛り上がった。すぐにテレビのレギュラーが決まり、毎日忙しくなった。当然のように宇宙と一緒にいる時間が減る。宇宙の病状は悪くなる一方だった。
2年が経った。その頃には、まともに会うことも難しくなっていた。せめて「クリスマスだけは一緒に過ごそう」と約束した。宇宙は「ベタなデートがしたい」と言う。
「キラキラな東京タワーの下で、“愛してる!”って叫んでよ」
でも結局仕事が入ってしまい、約束は守れなかった。翌日、宇宙はいなくなった。置き手紙に「今までありがとう。いっぱい困らせてごめんね。私はニューヨークに行きます。歌とダンスの勉強をもう一回やります。もっと実力つけて自分に自信を持てるようになって、きっと璃玖と同じステージに立つよ。それが私の夢だから。璃玖は璃玖の選んだ道を突き進んでね。日本に戻ったら連絡します」とあった。
宇宙の実力は僕なんかの比じゃない。大スターになれる器だ。それは僕が一番よく分かってる。だけど心に空いた穴は果てしなく深かった。宇宙を守ってるつもりだったのに、逆に重荷になってたんだ……。何をしていても、宇宙のことが頭から消えない。宇宙とは時々メールしていたけど、半年ほどして急に返事が来なくなった。僕にも宇宙と同じような症状が出るようになり、3人でよく遊んでいたメンバーの遼次に、ひどく心配をかけた。
そして今日。「新ディーバ誕生か?期待の大型新人SORAデビュー」のニュースをネットで発見した。ということは、随分前に日本に帰ってきているはずだ。いつの間にか、宇宙の事務所の前に立っていた。宇宙が今、ここにいるかは分からない。でも身体が勝手に動いた。受付で名前を名乗って「宇宙を呼び出してください」と頼む。しばらくしてガタイのいい男が現れた。
「マネージャーのです。SORAはあなたに会いたくないと言っています」
「ウソだ……」
「本当です。彼女から連絡がありましたか?」
「……」
「それが真実です。受け止めてください」
気付いたら杜多に殴りかかっていた。きゃー!と受付嬢の悲鳴が響く。だけど僕より杜多のほうが力が強かった。あえなくねじ伏せられた。
「あなたの気持ちは分かります。だから通報はしません。このままお引取りください」
ふらふらと外に出た。完敗だ。
「カッコわりぃ……」
あまりの惨めさに笑えてきた。笑いは途中から鳴咽に変わった。タクシーを拾って家に帰った。ソファに転がって、もしかしたらあの騒ぎを聞いて、宇宙が電話してくれるんじゃないかと期待する。その時、ケータイが鳴った。
「もしもし……」
「あ、もしもし? 璃玖?」
宇宙の声がした。
「ごめんなさい、私……」
あやまらなくったって、いいんだ。
「もしかして、宇宙?」
宇宙は黙った。YESなんだ。
「俺だよ。ずっと電話待ってた」
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