第6話:SORA
次の日、親にお腹が痛いとウソをついて学校を休んだ。ベッドから動けない。部屋を出るのが怖かった。真希からメールが来てケータイが鳴ると、飛び上がるほど驚いた。「死ねばいい」という言葉は人の心を殺すんだって事を初めて知った。
璃玖のケータイが通じなくなった日に、かかってきたあの非通知の電話。私が璃玖と付き合ってることを知って妨害しようとした?いや、私は璃玖と付き合ってなんかいないし、あの言葉は私に向けられたけど、身に覚えがない。でも、私の名前を呼んだ。どうやって電話番号を知ったの?何より、どうして璃玖のケータイは通じなくなったの?次から次へと疑問が頭を駆けめぐった。考えないようにしようと思えば思うほど、押し寄せてくる。眠ることもできなくて、部屋のテレビをつけた。午後のワイドショーの能天気さになんだか救われる。布団を頭までかぶったまま、聞くともなくテレビからのざわめきを感じていた。
そして、ぎょっとした。“私の声”が聞こえてきたのだ。なに?布団から顔を出すと「期待の大型新人アーティスト」として「SORA」という女の子が紹介されている。茶髪にピンクのメッシュの入った長い髪。キツい大きな目。外見はまったく私に似ていない。でも声や話し方はそっくりだ。2年前、19歳のときに単身ニューヨークに渡ってダンスと歌のレッスンをし、ついに日本でデビューが決まったのだという。その時私は全て分かった。この人が璃玖と昨日のナゾの女の「ソラ」なんだ。
璃玖が何度か雑誌で言っていた「すごく好きな子がいたけどお互いの夢のために別れた」という言葉を思い出した。私がかけた電話がたまたま璃玖のケータイにつながって、たまたま元カノと同じ名前で同じ声だったから、その子と今も付き合ってる気分を味わおうとしてたんだ。璃玖は私が自分のファンだと分かって、利用したんだ。そしてあの女はきっと璃玖が好きで、私を「SORA」本人と勘違いしたんだ。そう考えると全ての辻褄が合ってしまう。こんな残酷な偶然があるなんて……。私はポスターの中で微笑んでいる璃玖を思いきり切り裂いた。ケータイのメモリーも消して、買ったばかりの新曲のCDを床に叩きつけた。出ている雑誌もビリビリに破った。ひどい。こんなのひどすぎるよ。誰よりも璃玖を想って、璃玖のために頑張って、信じてきたのに。涙も出なかった。私の中の璃玖が全部粉々になるまで、璃玖を壊し続けた。
電話の着信音で目が覚めた。知らない電話番号。何も考えずに電話に出た。もう誰だって怖くない。昨日の女だってひるまない。
「宇宙?」
電話の声は言った。
「俺だけど」
璃玖だった。
「どうしてた? 昨日電話できなくてごめん。ちょっと事情があって番号変えたんだけど」
いつもと変わらない優しい声。でも、この優しさはニセモノなんだ。
「もう電話しないで」
私はきっぱりと言った。涙声なのを気付かれたくない。
「なんかあったの?」
璃玖の声に、かすかなおびえを感じる。
「今日、ホンモノのSORAのこと知ったの」
璃玖は黙った。
「私と声、そっくりだった。あの子が璃玖の忘れられない元カノなんでしょ?」
どうか、どうか否定して。神様。
「……ごめん」
璃玖は肯定した。一気に涙があふれた。
「宇宙の言うとおりだよ」
「私のこと、利用したんだね?」
「そうかも知れない。いや、そうなんだと思う。でも……」
「もういいよ! 何も聞きたくない」
「そっか、そうだよね」
璃玖の声が少しだけ震えていた。
「もう電話してこないで。これ以上璃玖のこと嫌いになりたくないよ」
「わかった。じゃあ、元気で」
電話は切れた。全てが、終わった。
***
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