ウサギノヴィッチ

 ザックは思い出したように階段を早足で降りた。途中折れ曲がるところがあり、手摺に手をついて曲がった。家を出ると太陽が眩しかった。

 庭に出ると馬小屋に近づくにつれて家畜特有の汗と糞の臭いが鼻を刺す。ザックはその臭いに慣れていて気にしないで前に進む。家は元々農家をやっていたが、ザックの両親が亡くなると同時にやめてしまった。ザックが今なにをやっているかというと、晴れているときに市場で出かけ珍しいものを買って、昔から付き合いのある商人に適当な値段をふっかけて売っていた。商人からは煙たがられてはいたが、時々は彼の持ってくるものにはそれ相当の価値があるものがあったので、無下に断ることもできなかった。ザックは自分が生活ができる最低限のお金しか稼がなかった。だから、家畜の餌は残飯で済ましていたし、ないときはないままだった。もし死んだら新しいのを買えばいいと思っていた。

 彼の飼っている馬は牡馬と牝馬の二頭だった。ザックが隣の町のさらに隣の町に行ったときに見つけた馬だった。なんでも、東洋の島国で生まれた馬で、牡馬の方で毛色は黒、牝馬は茶色だった。馬にしては大きくはなく大体羊を少し大きくしたくらいだった。鳴き声ないが、鞭で打つと「ヒィヒーン」と特段大きい声で二頭とも鳴く。馬にしては走るのは遅いが自分が歩く代わりになるので、それなりに重宝している。もともと、商人が「番で買ってくれ」と言っていて、二頭も飼えるはずがないと思っていたが、向こうに押し切られる形で買った。馬たちはザックを見て怯えたようだった。帰りの道中は案外素直に二頭は並んで歩いた。お互いの顔を見ながら、何か確認しながら歩いていた。まるで、ザックが外敵でいつか謀反を起こすのを見計らっているようだった。家に着いて、彼が最初にしたことは家畜小屋の掃除ではなく、自分の食事だった。隣の、さらに隣の町まで、約三十マイルあった。五時間近く移動をしていたので腹が減っていた。家にあった干からびたトマトを使ってスープを作った。日は沈み、月が眠そうな顔をしながら空に上りだした。馬たちは逃げようと思えば逃れられたのかもしれない。でも、そんな知能は彼らにはなかった。喉が乾いているのか息が荒く、口を半開きしている。自分たちの新しい主人は腹がいっぱいになり、眠気に誘われてソファで寝ている。馬たちは自分たちがどの立場にいるのかは当然理解していない。ただ、今までとは違う主人で、住んでいる場所ではないということは分かり始めている。自分たちの少ない体力を振り絞り首を振る。時々、体にハエが寄ってきて不快に感じるときがあるからだ。ハエはショウジョウバエで大きさにして五ミリくらいなのが十匹常に二頭の周りを旋回し、三匹が体に止まると残りが顔の方に飛んでいき気を外らせようにしている。馬は当然目の前のハエが気になり体に止まった三匹のハエが気にならない。しかし、このやり取りは、ハエが馬たちからなにを奪う訳ではない。また、馬たちのいる環境が悪いというだけだし、逃げようと思えば逃げれるが、その知恵と体力ないだけだ。最初のうちは二頭に「こっち」だの「あっち」だの適当に言っていたが、あるときそれが面倒くさくなって、二頭に名前をつけた。彼に馬を売った商人が一緒に東洋の翻訳した本を売ってくれたのでそこに乗っていた、「ジュンノスケ」と「ルイ」という名前にした。ただ、「ジュンノスケ」は呼んでいて長く感じていたので「ジュン」という名前になった。

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ウサギノヴィッチ @usagisanpyon

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