ある女のこと

夏藤修吾

第1話

女は必要とされたかった、ただそれだけだった。だから女は身を落とした、そうしてこの仕事をしている。毎日毎日違う人間の劣情を満たすだけ。仕事と言っていいのかわからないけど、それで毎日食い繫いでいる。他の仕事なんて出来なかった。女の母もそうだった、同じ仕事をしていた。女の身体は劣情によって産まれて、劣情によって育った。であればだ、であれば劣情によって育った身体はまた劣情にかえる、それが道理だと思っていた。



女は必要とされているつもりだった、毎日の仕事の中で。でも本当は違うこともわかっていた。女は知っていた。彼らが必要としているのは“私”ではない、ただ劣情を満たす為の“私の肉体”だけだと。けれどそれで満足していた。



女は美しく生きていたかった、いつかきっと幸せになりたかった。そんなことはできないこともわかっていた。女の身体は最早汚れきっていたのだから。けれどもせめて魂は美しいままでいたかった。いつからか魂も汚れてしまったみたいだった。もしかしたら産まれたときから汚れていたのかもしれない。最初はあれほど嫌だった顔にまとわりつく精液にさえ嫌悪を抱かなくなっていた、それが普通になっていた。



毎夜のように女の元へ来る男がいた。ある日男は女に折り入って話があると言った。なんとなく女はもう男は自分の元には来ないのだと思った。男は女を解放したいと言った。劣情、途方も無い悲しみ、孤独、そう言ったものから解き放ってくれると言った。女は知っていた。そんなのは嘘だと分かっていた。劣情によって育った女と劣情によって繋がった男と女が幸福になれるはずなんてなかった。あろうことか劣情からの解放など不可能だった。けれど女は嬉しかった、誰かに必要とされたのだと、そう思った。その時女の魂は浄化されたのだった。そんな気がした。ならばせめて魂が美しいままで死のうと思った。最後に美しい瞬間があればそれで充分だった。そうして女は死んでしまった。

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ある女のこと 夏藤修吾 @natsukawa_shugo

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