第4話 覚醒の時は近い






ドゴォッという轟音と共に舞台の地下から何かが出てきた。


「人類の敵……?」


「ああ、もう出てきやがったか。来る前にお前にちゃんと全部説明してやりたかったんだがな。ちょっと裏舞踏会シャドウダンス解除するぞ」


裏舞踏会の解除とはすなわちこの世界に自分という存在を認識させるということだ。今のままでは生徒や教師はもちろん、人類の敵とやらまでもがこちらに気づかない。

そうなればここは敵のやりたい放題となってしまう。



——それは悪の塊というべきものだった。

ホールの天井につくかつかないかという巨体が床の下を壊して出てきた。もともとその床の上にいた者たちは宙へ浮きあげられ、地面に落ちる。その際に血を撒き散らしていたのは言うまでもない。


死。


それが目の前に広がり周りの生徒らは悲鳴をあげ、我先にとホールの出口へ向かう。

もちろん紅も向かおうとしたが——



「お前は残るんだよ」


「えっ!?!?!? な、なんででふかあっ!!? 私も!」


「あのでっけぇのはこの学校にいる全員の負の心から生まれてるもんだ。だからこそ、ここまで大きくなってしまう」


負の心だからなのか、そこから生まれてる巨体の体は真っ黒に染まっている。口から漏れ出てくるうめき声や凶悪な顔つきもあってそれを見た紅は悪魔を連想させた。


「ああ、そうだな。ありゃ悪魔だ。だが悪魔ってのは一人じゃ生まれてこれねぇんだ。……ここに悪魔が誕生してるってことはそいつを作り出した張本人がいるはずだ!」


と、言われても紅にはさっぱりわからない。

現状として確認できるのはこのホールにいるのが自分と男と——一匹の悪魔ということだけだ。


(え? もうみんないなくなってるの?)


「(俺が裏舞踏会を使ってヤツが気づく前に退散させた)」


「じゃあ私も! 私も逃げる!」


「だからお前は残んなきゃいけねぇんだよ! お前しか悪魔を倒せる奴はいねぇんだよ!」


「なんで!? なんで私が!?」


「それは後で説明してやる!」


数人の生徒を死に追いやった巨体を無視し、口論し続ける二人。随分と場違いな行為だったが


そこに、



「なんだなんだ? 仲間割れか?」



巨大な悪魔の肩から声が響いた。


「おぉ? まさか本人が自分から出向いてくれるたぁな。探す労力が減ったぜ」


肩に乗っているのは、体全体を覆うことができる布を被っている男か女かもわからない人物だった。……人と呼んでいいのかも不明である。


「俺は一番目の魔人——って言えばそっちの兄ちゃんはわかるよな」


「世界を闇に染めるために来たんだろ。知ってるよ、俺はそれを止めるためにここに来たんだからな」


魔人と男、二人の視線が交錯する。

そしてそれを見守ることしかできない紅。確かにここから逃げ出したい気持ちは存在しているのだが先ほどに男に言われた言葉が体の中で駆け巡る。


——お前しか悪魔を倒せる奴はいない。


それはつまり、自分がこの場にいないと悪魔は被害を大きくしてしまう。今ここで悪魔に突き上げられ殺されてしまった生徒だけでない、二年生や三年生たちも、今日初めて友達となった黒鉄切無までも。


そして何より、自分は今誰かに頼られているということだ。


自分が必要とされてる。


自分がいなければ困ってしまう。


そんなことになったのはたった今殺されそうになっている状況のおかげだ。


(私が……私が……)


「んー? なんだその後ろにいる女は。逃げ遅れた……ってことじゃねぇよな」


魔人が紅を凝視する。この位置からでは紅は魔人の目を確認することができるはずもないのだが紅には魔人から漂う殺気を明確に感じ取った。強烈な殺気に体が動かなくなる。

男から逃げる時はぎこちない様子だったがそれでも一応体は動かすことはできた。だというのに何故、この魔人に見られただけで動かなくなってしまうのか——


「わかるか、これが本物だ」


男が背中越しに言った。

説明もクソもない間欠的なものだったが紅はそれで悟った。

男から出ていたのは殺気なんてものじゃなかった。あくまでそう見せてるだけの紛い物だったんだ。


自分が狙われてる……いや違う。

自分が殺されそうになってる事実がこの殺気というものなんだ。


「まあ、いい。女もろともお前を闇に染めちまえばいい話だ。——やれ! 悪魔ベリアル!」


あっ、やばい。


瞬間的にそう思った。

ここでやられてしまうとも思った。なのに体が動かない。頭ではサイレンを鳴らしてるのに体がそれについていってくれない。


ベリアル、と呼ばれた悪魔がその巨腕を紅に向かって振り下ろす。

もちろん当たればそれだけでこの世から去っていく必死の一撃。


「——馬ッ鹿野郎!!」


自分の体より数十倍はあるであろう腕を男は紅に当たる寸前で止めた。男の手にはいつのまに握ったのだろうか、和服とよく似合う刀を持っていた。


「ぐッ……! 結構重いなぁ、オイ……!」


ドシッと何かが砕けるような音がした。

男の足を支えている床があまりの重さに耐えられなくなったのだ。


「っ……!」


「どうした、受け止めてるだけでは俺はおろか悪魔ベリアルすら倒せないぞ」


男はぎゅっと口を噛み締めてたままで言葉は出ない。必死に止めてはいるがその体は徐々に、着実に沈んでいく。


その度に悪魔の腕が自分へと近づく。



「ねぇ! 私しかあれを倒せないんでしょ!? どうやったら倒せるの!?」


「ああ!? 今そんな状況じゃねぇだろうが! 見りゃわかるだろ! 俺はお前を助けるために体張ってるんだっつうの!!」


「じゃあさっきみたいな力を使えばいいじゃない!」


「(あれはあくまで認識されなくなるだけで体が消えるってことじゃねぇんだよ!!)」


「なんで小声なの!?」


「敵に聞かれたらまずいことだからだよ!! …………あー、でもお前あれなんだな! こいつと戦う覚悟ができたんだな!? 俺から言っといてナンだがこれを期にお前はまたこいつに襲われる危険がある! 終わりがあるかもわかんねぇ、命の保証もできねぇ、人生が狂うかもしんねぇ、それを全てひっくるめた上での覚悟はできてるかッ!?」


覚悟……。

今までの覚悟という言葉は意味なんてない、無価値のようなものだった。だが、今男から口にされた覚悟という言葉はそれまでのものとは全くの別物だ。


男は暗に紅にこう言っているのだ。


——死んでも責任は取ってやらねぇぞ、と。


——苦しんでも悲しくても、このせいで不幸になったとしても、全ては自分の責任だ、と。



「……えぇ、そんなの、上等よ」



今まで死んだような毎日を過ごして生きてる価値もないような日々を送って生も死もわからないような状態だった。だからこそ、この状況は本当の意味で紅を『生きてる』ものにしたのだ。


生まれて初めて生きてる感覚を味わった。

それはおぞましくて、気持ち悪くて、吐き気が出るようなものだったけど同時に心が満たされていく感じがした。


——苦しむ?

————そんなの今までと比べたら、

——悲しむ?

—————無いようなもの。

——人生が狂う?

—————それは過去の話。

今、この全てが私を普通の人間に戻してくれた。


覚悟?

そんなの必要ない。

結局はこの覚悟も意味のないものだ。だけど一つだけ違うところがあるとすれば、それは私の何かを変えてくれるものだったということだけ。


何があろうと何が起きようと私は『生きてる』限り決してくじけたりはしない……!!



「あなたが言う覚悟……そんなのとっくの昔に決まってます!」



人間、紅飛沫は男に向かって言い放った。


「……なんだよ……芯の強い、良い女の子じゃねぇか……。そんな子をこの世界に引きずり込むとは俺も堕ちたもんだ」


今の男の目に、悪魔は映ってなかった。

ここじゃないどこか——まるで異世界を見つめているような。



「——紅飛沫ィッ!! てめぇの覚悟、しかと心に刻んだぞ!! 今のてめぇは最ッ高にかっけぇんだよおお!!!!」



「なっ……なんだと……!? 悪魔ベリアルが……押されているだと!?」


気合と共に、男の姿がだんだんと変貌していくのがわかる。少し細いと思っていた腕は膨らみ、元の三倍以上。沈み始めていた体を支える足も同じように膨らみ始めている。


「てめぇみたいな奴は死なせねぇ! 俺が必ず守ってみせる! だから安心しろ、覚えとけ、てめぇは一人じゃねぇってな!!」


刀を持つ手に力が加えられる。

そして、

圧倒的なまでの力が悪魔と呼ばれたそれを吹き飛ばした。


「ク……クソが……! ただの人間にあんな力があるはずないというのに……!!」


悪魔と共に吹き飛ばされた魔人はホールの座席に体を打ち付けられた。

その隙を見逃さず男は紅の手を引いてホールの裏へと走った。


「な、なんで逃げるんですか!? 私、あの悪魔を倒さなきゃ……!!」


「そのままで倒せると思うな。あれを倒すには力がいる、それを今からお前に与える」


走りながら男は紅に説明を行う。悪魔を吹き飛ばした際は巨人と言ってもおかしくはないほどの大きさだった男だが、現在は普通の身長に戻っている。持っていた刀も消えていた。


「力……ですか?」


「そうだ。そしてあれは今から与える力じゃねぇと倒すことができない。……おぉっと、その力を自分に与えればいい、なんてことは言うなよ? 俺じゃ力を制御できずに暴走しちまうだけだ。けど、お前なら制御ができる。確証なんてもんはとっくに証明されてる」


「じゃあ……その力ってなんなんですか……」


走っていた男が止まるのを見て紅も走るのをやめる。


「これだ」


男は振り向き、再びどこからかともなく取り出した。


「これ、ですか……?」


紅がこのようなリアクションを取るのも仕方がない。男が取り出したものは武器でも防具でもなく、一枚の紙だった。端がぼろぼろでところどころが汚れている、そんな古びた紙。書かれている文字は明らかに日本語ではない。


「これに自身の血を一滴でもいいから垂らすんだ。そうすれば、ここに『契約』は成立される」


「血、ですね……」


このホールの裏にも悪魔の被害が出ており、床には折れた木材やガラスの破片が落ちている。それを紅は全く躊躇わずに拾い上げ、自身の指を傷つけた。


流れる血を紙の上に一滴垂らした。


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「もう適当」→もうてきとう→きとうもうて→亀頭も撃て。 三木 @kagigigi

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